小説『数ページ 読みきりもの』
作者:下宮 夜新()

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          『僕の世界と雲の上』

 僕は辻音楽師のソレー、「暗闇階」と呼ばれる四六五階に住んでいる。師匠(じいさん)の頃の「煙突決壊事件」でみんな逃げ出したススだらけの街だけど、おかげで路上暮らしだった僕らも小さな家に住めた――――

 ある日、いつものように四八〇階の「空中庭園街」で演奏していると……

 自然豊かなこの場所なのに人影が見えない。
「今日は人がいないなぁ。眠気を誘うくらいいい天気なのに」
 ソレーはタンポポあたりの綿毛を優しい目で見つめる。
「お前達も行ってしまうんだね。どこへ行くんだい? 塔の頂上? それとも雲の下?」
 
 そういえば僕はこの塔について上も下もまるで知らないまま生きてきた。
「帝国の威信を賭けた千層高層計画(サウザンドタワースキーム)は結局は絵に描いたモチじゃった」
 ガス塔の点灯夫が訳知り顔で答える。 戦争で金がつきて八百階で打ち止め、その代わり地下は二百階まで掘っているらしいと語ってくれた。 次は作業に必要なゴーグルと作業着を身にまとっている技師に聞く。「八百階? バカな。技術的に見通しが立ったとかで上は千二百階まで伸ばしているみたいだぞ?」
 話を聞いてソレーは内容をメモしていく。風力発電技師は得意気に話していたかと思うと思うと困った感じを表情に出していた。
「雲の上は水力発電技師(アクアエンジニア)の縄張りだからワカンネエなぁ……」

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