小説『赤い渚に浮かぶ月』
作者:UMA.m(UMA.mのブログ)

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 第11話 呪歌 



 夢を、見ているみたい。
 ジーロがいて、コリオがいて、レノがいて、エリオットがいて。
 お姫様みたいに、アシェルに髪を飾ってもらって。
 歌って欲しいとカリムにお願いされて。
 皆の前で、私は今、歌っている。

 歌を聞きたいって言われた時はビックリして、恥ずかしくて、やめてーって思ったけど、でも、不思議とイヤな気分じゃなかった。
 ドキドキして、ゾクゾクして、フワフワする感じ・・・なんて言ったら笑われちゃいそうだけど。
 ジーロに「歌って」ってお願いされる時も、ほっこりしてくすぐったいけど、今は・・・また少し、違った感じ。
 誰かにお願い事をされるのは、ちょっと嬉しい。
 自分がちゃんと認められているみたいで。
 カリムにとっては、他愛の無い気まぐれなんだろうけど、それでも私には・・・・・・。

 こんな瞬間が来るなんて昨日までは、ううん、さっきのさっきまで、夢にも思っていなかった。
 アシェルとカリムに会ったあの時から、夢のようなことばかりが次々起こる。
 ずっと、こんな時間が続けばいいのに・・・・・・。

 だけど、それは無理なこと。
 どんなにリピートを繰り返しても、歌はやがて終わってしまう。
 歌声なんて、すぐに風に吹き消されて無くなってしまう。
 誰かと一緒にいる時の時間は、一人の時とは比べ物にならないくらい、あっと言う間に過ぎてしまう。
 それに、ここにいるのは数日だけだって、カリムは言ってた。
 明日まで? 明後日まで? もう少し後?
 だけど時間はすぐに駆け去って、アシェルとカリムは、いなくなってしまう。
 私には決して手の届かない、遠い遠いところへ行ってしまう。
 そうしたら。
 また、いつもの日々が戻ってくる。
 コリオもレノもエリオットも私から離れて行って・・・・・・ジーロだって、いつも一緒にいてくれるわけじゃない。いつまでも、一緒にいてくれるはずがない。
 そうしたら、私はまた一人になる。
 いいえ。昨日までよりも、もっともっと一人になる。

 ああ、でも、お母さんがいる。
 私には、お母さんがいてくれる。
 いつも私を心配してくれて、大切なイリィって言ってくれる、大好きな、たった一人の私の家族。
 だから、平気。大丈夫。
 一人になっても、ちゃんと笑える。
 ここでだって、暮らしていける。

 だけど。
 この歌が、ずっと終わらなければいいのに。
 今この瞬間が、永遠に続けばいいのに。

 そんなこと、考えてはダメ。
 願ってはダメ。

 でも、だったら、このまま時間が止まってしまえばいいのに・・・・・・。

 歌は、終わる。
 ジーロやコリオやレノやエリオットが、夢から覚めたように、また食べ物に手を伸ばす。
 こっそりカリムの方を気にしていたアシェルが、しまったという顔でそっぽを向き直す。
 瞳を閉じて歌を聞いてくれていたカリムが、身じろぎして顔を上げる。

 イヤだ!
 お願いだからもう少し!
 もう少しだけ、このままで!

 その瞬間、ホールの空気が激しく身震いした。



余 韻を残してイリィが歌い終えた直後、突如としてホール中央に高密度の気圧の塊が出現したかのような、波動の爆風が吹き荒れた。
(何だと!?)
 身体よりむしろ、感覚という感覚全てに、見えない拳で殴りつけられたような衝撃が走る。
 少しでも気を抜けばたちまち持っていかれそうになる意識を、ほとんど意地だけで繋ぎとめ、背にしていた壁を支えに体勢を立て直すと、カリムは、あまりにも馴染みのあり過ぎる波動の源を凝視した。

 イリィが立っている。
 糸に絡め取られて倒れる事を許されない操り人形のような、奇妙で危ういバランスで。
 ぼんやりと虚ろな表情の中、僅かに動かされる口からは、声ならぬ声がとうとうと溢れ続けている。
 それは、歌。
 先刻までの澄んだ歌声とは似ても似つかない、空気そのものが震え奏でる呪文のような、低い旋律の子守唄。

 幻のような羽根のイメージが、イリィの姿と重なって視える。
 呪歌が翼となって広がるように。
 だが、それはただの幻ではない。
 きっとすぐ近くに、確かに”羽根”は存在していて、急速に力を具現化させようとしている。
 目的もなく闇雲に、ただ、高圧の波動という形で、その力を誇示ようとしている。
 イリィの生命力を代償にして。

 そんなイリィのそのすぐ傍には、頭を抱えてうずくまるアシェルの姿がある・・・・・・・。

 現実の時間の流れの中では、カリムはほぼ瞬時に事態を把握し、目標を定めた時には既に床を蹴って飛び出していた。
 吹き荒れる波動に逆らい、その中心に立つイリィに向かって一気に距離を詰めると、彼女の鳩尾に掌底を当てて正確な一撃を放つ。
 ショックでイリィの呼吸が一瞬止まり、紡ぎ手を失った旋律がプツリと途切れる。と同時に、波動の奔流は、嘘のように雲散霧消した。

 糸を解かれた人形のようにくたりと崩れ落ちるイリィの身体を、カリムは腕を伸ばして受け止める。
 が、うまく堪えきれずに、そのまま床に膝をつく格好になる。
 大きく息を吐いたカリムの額に、汗が玉をつくっていた。
(・・・・・・たく、大した仕事じゃないんだがな)
 初心者の暴走を止めることくらい、羽根使いであれば簡単にやってのけて当然の、ごく初歩的な技なのだが。
 自嘲するように呟いて、その場にイリィを横たえると、カリムはすぐさま傍にいるはずのアシェルの方に目を向けた。
 至近距離から羽根の波動を受けたアシェルは、舞台から砂の上に落ちた格好のまま、完全に気を失っている。
 アシェルが波動を受けていたのはごく短時間だったはずだが、何しろ距離が近すぎた。
 しかも警戒すらしていなかった状態で、とっさに防御することは不可能だっただろう。
 羽根の波動は、今のアシェルにはとても危険だというのに。
 カリムはざわめく鼓動を抑えて、ぐったりしたアシェルを出来るだけそっと抱き起こすと、血の気の引いた頬を包み込みように手を添えた。
「・・・アシェル、大丈夫かアシェル!」
 その瞬間、アシェルの瞳がカッと見開かれ、放たれた灼熱の光がカリムを捉えた。

 カリムの喉を、ガッと重い衝撃が襲う。
 甲冑のように硬質な黒い腕の先、節くれだった長い指を持つ巨きな手が、カリムの喉を押しつぶしながら万 力の強さで締め上げていた。
 骨が軋むよりも先に、空気を絶たれた肺が悲鳴を上げ、頭の奥がじんと痺れる。
 暗転しかける視界の端に、刃物のような鋭さを持つ五本の爪が閃いた。
 ずぶり
 肋骨を砕き、胸膜を突き破り、肺を切り裂いて、凶刃と化した爪先が狙うのは、カリムの心臓部。
 心臓そのものではなく、それと同化して存在する、カリムの命の源であるもの。

”炎の結晶”と、それは呼ばれる。
 普通の目には見ることも出来ず、多少のことでは傷つけることはおろか触ることも出来ないが、視ることの出来る者の”眼”には、高次元の強い力を更に極限まで凝縮させたような、炎の塊のように感じられることだろう。
 数ある”塔”の魔道技術の中でも最高峰のものであり、それを授けられるのは羽根使いの中でも、厳しく定められた条件をクリアしたほんの一握りの者だけだ。
”炎の結晶”を身の内に抱えるが故の多大なる恩恵と、決して軽くはないリスク。
 そのリスクを制して自らの力に変えることこそが、上級天使の第一条件である。

 だが、万能であるかのような結晶も、時には脆く砕け散る。
 例えば、生命力を高次元の魔道力に変換し発現する”羽根”の力によって。
 あるいは、高位の魔物が有する魔力によって。
 高位、高次とは、世界に及ぼす影響の深度のこと。どんなに大きな力でも、空の高み、水の深みに届かなければ意味がないように、何層にも重なった世界にも、次元の高み、空間の深みに似た概念が存在する。
 高位の魔力をまとうアシェルの爪は、結晶に影響を及ぼす次元に十分到達するに足る力を秘めている。
 無慈悲なまでに正確に、カリムの内の結晶を目掛けて刃を突き立てていくアシェルの顔には、ただ、冥い虚無が広がるのみ。

(羽根が無くて良かった)
 反射的に自分の羽根の気配を探り、近くには存在しないことを確かめて、一番最初にカリムの頭に浮かんだのはそれだった。
 でなければ、攻撃を受けるより先に、羽根はアシェルの身体をあっさりと引き裂いてしまっただろう。カリムの意思に関係なく。
 そのことに心底ほっとして、カリムは自ら目を閉じる。
(ごめん、アシェル)
 これは、カリムの失態だ。
 イリィに何かあるのではと考えた時点で、もっと注意を払うべきだった。
 アシェルがどんなに怒っていても、もっと自分の近くに連れてくるなり、遺跡の外で待っているよう説得するなりすべきだったのだ。
 羽根の波動は、アシェルには凶器だ。それが、攻撃の意図を持って放たれたものではなかったとしても。
 どんなにその気配を封じ込めていようと、今のアシェルが魔物の力を持っていることは変えようのない事実なのだから。
 羽根による波動を受けて、アシェルは意識を失った。そして制御を失い解き放たれた純粋な魔物の力は、魔力の所有者であるアシェルが最も必要とするもの、カリムの結晶へと狙いを定めたのだ。



 遠いあの日、カリムはアシェルの結晶を破壊した。
 だが、その力は最後の最後で及び切らず、ほんの小さな欠片を残してしまった。
 カリムはアシェルを、解放出来ていなかったどころか、そのことで長い間、アシェルを辛い夢の中に眠らせてしまうことになった。

『この手でキミを殺さない限り、ボクの苦しみは終わらない!』
 それは、再会したアシェルが、カリムに向けて叫んだ言葉。
 憎まれて当然だ。
 恨まれて当然だ。
 だが、本当にカリムを憎み恨むのなら、そのまま放って置けばよかったのだ。
 求めるものを決して得ることの出来ない世界の中で苦しみもがく様を、ただ、あざ笑っていればよかったのだ。
 あの言葉は、白い闇の底にカリムを見つけ、救いに来てくれたアシェルの、覚悟の言葉だ。
 カリムのためだけに、魔物の力すら取り込んで、アシェルはこの世界に留まってくれていた。

 小さな欠片となった結晶を元に戻すことは不可能だが、カリムの結晶を破壊して内包されていた力を吸収するなら、アシェルは元の姿にだって戻れるだろうし、魔力を抑えたまま人間の中で生きていくことだって出来るはずだ。
 イリィが羽根使いであると判った以上、この地で暮らしていくのは難しいかも知れないが、アシェルならきっとどこでだって、誰とでも、上手くやっていくだろう。



 安らぎを求めることは許されないと知っている。自分のしてきたことを思えば、何もかも投げ捨てて楽になるなど、決して望んではならない。だが、こんな命でもアシェルの役に立つのなら。
(もう、いいだろう?)
 冷たく優しい真っ暗な闇に、全てを委ねてしまっても。

 どんなに瞳を閉ざしてさえ刺すように眩しかった光が消え、ゾワゾワとざわめき騒ぐ音が消え、闇が、ゆらりと頭をもたげる。
 かつて、真っ白い閃光の中に飲み込まれて消えた、黒い人影と同じ、黒い闇。
 あの場所に行きたくて、だが、どんなに手をのばしてみても辿り着くことの出来なかった、遠く深い、懐かしい場所。
 今なら、届くだろうか。
 決して消えることのない古傷を刻む、この手の先に・・・・・・。

 ひらり。

 闇との間を隔てるように。
 触れられそうなほどすぐ近く、不意にそれは立ちはだかった。
 凍てつく夜に踊る極光のような、淡い虹色の裾を翻して。
 立ち去ろうとしていたはずの後ろ姿が、一転、優雅なダンスターンをキメて振り返る。
 夕焼けのような、朝焼けのような、暖かい光を背にして立つ人物の表情はおぼろげだが、口元に笑みを浮かべていることだけは解る。どこか痛みをこらえるような、それでも誰かの為に精一杯咲き誇ろうとする花のような、鮮やかな微笑みを。
”彼女”の口元が微かに動いて。紡がれた言葉が、風の中に溶けていく。

(何故?)
 素直な驚きに、拡散しかけていた意識が引き寄せられ、鮮明になる。
(何故、ここで、現れる?)
 あまりにも微かな、それでいて、狂おしいほどに懐かしい、記憶の中の淡い幻。
 たった一人の、大切な人・・・・・・。
(お前の為に使えるのなら、今まで永らえてきたことにも少しは意味がある。なのに、何故・・・・・・?)
 笑顔を、見たいと思った。
 曇りも憂いも無い、心からの笑顔を。
 たとえ、それを向けられるのが、他の誰かであったとしても。
 ただ、幸せで、世界のどこかにいてくれさえすれば、それだけで。
 なのに、時を渡り、姿を変え、どんな制約さえも飛び越えて、こんなにも近くにいてくれた。

(・・・・・ああ、そうだな。これは、お前の意思じゃない)
 今、カリムの結晶を壊そうとしてるのは、ただ暴走しただけの魔物の力。
 アシェルの望んだことではない。
(だったらきっと、お前は怒る)
 このままカリムが委ねてしまったら。意識を取り戻したアシェルは激怒する。深く、傷つきながら。
 たとえそれが力を与えるためであったとしても、アシェルにとってはこの上ない裏切りとなるはずだから。
(俺は、お前にやると約束した。お前が決めた”その時”に、お前自身の手によって)
 それが今でないのは、残念ではあるけれど。
 カリムはアシェルを抱く腕に力込めると、その小さな額に自分の額を押し当て、波動を送り込む。静かに、穏やかに。
 アシェルの意に反して、その身体を支配している魔物の力。それに同調し、なだめ、眠らせるために。

 永い永い永劫の時間、そうしていたような気がする。
 だが実際は、爪による一撃がカリムの結晶に到達しようとするまでの、ほんの刹那の間でしかない。
 アシェルの、見開かれていた瞳から灼熱が消え、瞼がゆっくり閉ざされる。
 力の抜けた腕が、パタリと下に下ろされる。


 静寂に満たされていた空間に、じわじわと音が戻り始める。
 本当に、耳障りだ。
 一番の耳障りは、ゼイゼイヒューヒューと空気を求めて咳き込み足掻く、自分自身の発する音。
 採光窓からホールに差し込む淡いはずの光さえ、砂漠の陽光ほどの強烈さを覚える。
 戻って来たのだ。喧騒の現実へと。
(何をやってるんだろうな、俺は・・・・・・)
 カリムは激しく肩を上下させながら、腕で乱暴に口元を拭う。

 遺跡のすぐ外で、小犬が激しく吠え立てているのが聞こえる。だが吠え声がそれ以上近付いて来ることはない。
 どんなに主人が心配でも、生き物としての”格”の差はそう簡単には越えられないから。
 もっとも、あまり心配する必要はないだろう。羽根の力は、そのように命じられない限り、人間を標的にするものではない。彼の主人も、少年達も、単なるショックで昏倒してしまっただけだ。
 彼らはじきに目を覚ます。
(愚図愚図するな、確りしろ! カリムに弱さは必要ない)



 ぼんやりと霞んだ視界が徐々に晴れて、最初に目入ったのは、高いドームの天井だった。
 そして、穏やかに見下ろしている、一人ぼっちの天使像が。
 元は五本の柱が舞台を囲んで立っていたのだから、像も五体あったのだろう。
 一本だけ残された柱の最上部で、たった一体だけ取り残されて。それなのにあんなにも穏やかな笑みを浮かべて。
 見上げる者を優しく包み込みながら、誰かを、愛しい誰かを想って歌い続けている、気高い孤高の天使像。
 救いを求めるように手を伸ばそうとした、その時。
「目が覚めたか?」
 聞き覚えのある、だけどいつもよりも少し低く掠れたような少年の声がして。
 首を傾けたイリィの視線の先に、天使像を戴く柱に背を預けて立つカリムの後ろ姿があった。
 夢の続きのような穏やかに明るい光の中で、ゆるく束ねられた長い髪が真珠色の光を弾いて揺れている。
 淡い色の服よりもさらに透き通るような、彫像めいた白い横顔。
 首元に巻かれた深緑のストールが、光の中に溶けてしまいそうな彼の姿を、辛うじて現実に引き止めているように見える。
 アシェルが釘を刺したくなるのも解る気がする。
 好きかどうか以前に、どうしても目を逸らすことの出来ない者というのがこの世界には存在するのだ。何の 脈絡もなく唐突に、そんな考えがが頭に浮かぶ。
 彼は何者で、どこから来たのか。
 聞いてみたいと思う反面、何故だろう、それを知るのはとても怖い事のような気がする。

「気分はどうだ?」
 再び、静かな口調で問われて、ようやくイリィはハッとして目を瞬いた。
 先刻も声を掛けられたのに、返事もしないでついボーッとしてしまっていた。
 その間何を考えていたのか、まさか知られたはずはないだろうが、急に顔がほてるのを自覚する。
 だが、幸いと言うか何と言うか、カリムは柱を背にした格好のまま、振り向く素振りも見せなかった。
「あ、えっと、私・・・・・・」
 そういえば、自分はどうしてこんな所で横になっているのだろう?
 どういうわけだか、すっかり眠ってしまっていたみたいなのだが。
 上手く目覚め切れていない時のような妙なフワフワ感が、その証拠。
「私、どうして・・・・・・んん!?」
 身体を起こそうとた途端、鳩尾の辺りに鈍い痛みが走る。
 けれどそれはほんの一瞬で消えてしまったので、ただの錯覚だったのかも知れない。
 ただ、ズキリとした妙に生々しい感覚に、これは夢の続きではなくちゃんと現実の世界なのだと、ハッキリと告げられた気がしたのは確か。
 痛みの消えた箇所に手を当てながら恐る恐る身を起こし、座り直して見回すと、ここは間違いなく遺跡の舞台の上。ついでにイリィが寝かされていたのは、ダンスの練習に邪魔だからと脇にどけたはずの緋色の上衣の上だった。
 そしてイリィの左側には、これまた気を失ったように眠っているアシェルがいて、レモン色のブラウスが掛け布代わりに掛けられている。
「えっと、私・・・・・・みんなの前で歌っていて、それから・・・・・・」
 どうしたのだろう。
 そこから先の記憶が無い。
 多分、緊張し過ぎて気を失うか何かしてしまった、ということではないだろうか。
 アシェルが眠っているのは・・・イリィに付いている内に、自分も眠くなったから、とか・・・。
「あの、ごめんなさい。私、また何か、迷惑なことしちゃったんですよね・・・・・・」
 せっかくカリムが、唯一の取り得の歌のことで、頼みごとをしてくれたのに。
 それからふと、辺りが静かであることに気がついた。
「ええと、あれ、ジーロやコリオたちは?」
「あいつらなら、先に帰した」
「ああ、そう・・・・・・そうですよね・・・・・・」
 コリオもレノもエリオットも、本当に久しぶりに顔を合わせた。
 久しぶりなのに、三人とも悪戯を見つかった後の悪ガキのまま、全然何も変わっていなくて。
 あのまま、また、友達に戻れそうな気がするくらいで・・・・・・。
 でも、彼らは別に、イリィに用があったわけではない。
 カリムに誘われて、歌を聞きに連れて来られただけだった。
 なのに肝心のイリィが倒れてしまったのでは何にもならない。
 彼らはそそくさと帰って行ったのだろう。ジーロを連れて。
「それがどうかしたか?」
「ううん、何でもない・・・・・・」
 期待しては、いけないことだ。
 期待しなければ、どうってことはない。
「だよな。お前が気にする必要などない」
「・・・・・・?」
「お前は、あんな奴らとは”違う”のだから」
「・・・・・・え!?」
 小さな子どもを諭すような静かで優しい口調でありながら、きっぱりと告げられたその言葉に。
 イリィの胸は、夜の岩場に砕ける波のように激しくざわめいた。

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