小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[使用上の注意はよく読めよう]

※水替えは週に1回行ってください。
※エサは1日1回にしてください。
※直射日光は避けてください。
※フンやゴミは綺麗に掃除してあげてください。
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※著しく心を病んでいる方は決して飼わないでください。
「…………もう遅いよ」
 一枚の紙キレを持った青年が立ち尽くしながら呟く。部屋に知らない人がいた。テーブルの上には大皿があって、知らない幼児がその上にちょこんと座っている。
「あの〜……どちら様?」
 ドキドキしながら聞いてみる。
「食事中でしょうがああああああああッッッ!!」
「は、はいッ……スミマセン!」
 怒られた。人の家で勝手に食事しているヤツに怒られた。
 ムシャムシャ……ムシャムシャ……
(うっわ〜、食ってるよ……見知らぬ女が皿の上の幼児を猟奇的に食っちゃってるよ……!)
 けれども、幼児は別に痛がるワケでもなく、抵抗する様子もなく。
「さあ、食えよ。もっと食えよ。そして、みんな大きく育てばいい」
 しかも、無表情で投げやり気味に呟いてるし。
「美味いッ! こいつは天然モノだなッ!」
「ああ、そうだよ。ド天然だよ。オマエの血となり肉となってやるよ」
(え〜と……こんなハズでは……)
 青年はこの二人組のやり取りに大変困惑していた。予想とあまりにも食い違っていたからだ。『取扱説明書』なんてものは非常事態発生時に読めばいい……と、大雑把に考えていたら、早くも非常事態宣言発令。いつの間にやら1LDKの狭い自分の部屋に学生服姿のメガネ少女がいて、西○屋で売っていそうな子供服を着た幼児を食っている。コレは事件だよ! カニバリズムだよ! オマワリさんこっちだよ!
「けふっ……ごちそうさまでした」
「はい、いただかれました」
 食事終了。食ったヤツが食われたヤツにペコリ。そして、この部屋の主人である青年に向き直る。
「こんばんは、『浜松(はままつ)』だよッ!」
 笑顔で元気良く自己紹介された。
「いや……だからね、ドコのダレなの?」
「浜松。黒出目金のメス。2才と6ヶ月」
「……マジで?」
 慌てて取説をペラペラとめくって目を通す。
(やっばああああああああああ――――ッッッい!!)
 もんどりうつ青年――『弥富更紗(やとみ さらさ)』。彼がこのような光景に遭遇してしまった経緯は、1週間前にさかのぼる。

 ―――――――――― 1週間前 ――――――――――
「コレか……?」
 彼は喪服姿で他人の家の一室に立っていた。手にはポータブルHDが握られている。コレの持ち主は死んだ。この日は持ち主である友人の葬式だった。出席して初めて友人の顔を見た。ただし……遺影という形で。チャットで知り合った唯一の友人で、25年生きてきて、初めて心底から打ち解けた相手だった。葬式の前日に郵便が届いた。郵便はその日に届くよう手配されていて、封筒の中にダイレクトメールが入っていた。友人からの手紙……そこに書かれていたのは、自分の死を予測した上での頼み事。

{弥富君へ  某月某日、私の葬式に御出席ください。二階の角に自室があります。天井裏にジュラルミンケースを隠してありますので、必ず回収してください。尚、ケースのキーコードは下記のアドレスから入手してください。巻き込んでしまうかもしれないけど、その時はゴメンナサイ}

 意味深な内容だった。いや、それ以前に……葬式って!? 何かの手違いか、悪戯か。しかし、現実にケースは存在し、持参したラップトップで指定されたアドレスからキーコードも入手した。中に入っていたのはポータブルHDが一つだけ。弥富はソレをアパートに持ち帰り、デスクトップにつなぐ。すると、自動でネットにつながり、とあるサイトにリンクした。
【裏ペット販売所】――諸外国との取り決めにより禁制品となった生物を売りさばいている、いわゆる違法なサイトだ。もちろん、普通に操作してもアクセスできるサイトではないが、勝手にサイトに注文をはじめたのだ。あまりに唐突な出来事に、ただただ成り行きを静観するしかなかった。で、届いたのは四匹の『禁魚』。そして、二つの専用インカム。
(おいおいおい、コレってまさか……『P・D・S』かッ!?)
 『P・D・S』――ネットを介して愛玩動物と仮想空間で会話を楽しめるシステム。専用インカムを飼い主とペットが装着することにより、人語で簡単な会話ができる。知能の高い動物ほどより高度な会話ができ、一時期爆発的な売上を誇ったソフトだ。が、長期間の使用により、非常に高い中毒性を有するという事実が判明し、電脳麻薬を取り締まる情報機関から監視されるようになった。その後、ネット上には偽P・D・Sを扱う業者のサイトが泡のように湧き、そこからインストールされたソフトが次々とコピーされ、サイト管理者と使用者を含め大量の逮捕者を出した。現在では監視システムが常設され、よほどのハッカーかジャンキーでなければ手を出さなくなった。
 そして、今日……買ってしまった禁魚を水槽に移し、ネットを介してそれぞれの専用インカムを装着した途端の出来事。

「ひいいいいッッッ! 『電薬管理局』のメインサーバーに自動アクセスしてるううううッッッ!」
 マズイよ! マズイよ! 人生のハルマゲドン到来しちゃったよ! この現実から予測される今後の展開としては……監視システムに引っかかる→住所を突き止められる→オマワリさんが踏み込んで来る→痛くされる→拘置所でロープの先を輪っかにする。
「やっばああああああ――――――――ッい!! どうする!? どうする!?」
「うっせえええええええええ――――――ッッッ!!」
 ――――ドゴッ!!
「おふッ!?」
 ボディブローが入った。セーラー服の不審人物に躊躇なく暴力をふるわれた。
「さっきからやかましいよ! 情緒不安定か!?」
 オマエが言うな。
「ワケ分んねーよ……つーか、何で殴るの!? しかも、リアルに痛いし!」
「ネットにつなげた本人が文句言うな! 現実を目の当たりにして叫べ! 自分は変態であると!」
「何故に!?」
「あたしの服装はネットで検索された情報の中で、使用頻度の高いモノが反映されるんだよ。つまりは更紗の趣味や性癖がバレたりする。オメデトウ!!」
「何が!? つーか、どうして俺の名前知ってるワケ!?」
「ネットの世界に不可能はない。しかも、禁魚は頭が良いのだ。現実とアニメの区別がつくくらいにな!」
 微妙な知能だ。
「禁魚?……って、オマエが?」
「呆けるなよ。一目瞭然だろ」
「いやいやいや、分かんねえって!」
 オーバルタイプの赤縁メガネをかけたセーラー服少女の本性が、魚類だなんてダレも思わんし。
(聞いてたウワサと全然違うぞ……)
 弥富の顔色が著しく悪くなる。ネットの掲示板から察するに、犬や猫や鳥の可愛らしいアバターが現れて、簡単な会話が楽しめるって感じだったんだが……現在、目の前には人類百パーセントがいる。しかも、えらく饒舌だし。
「P・D・Sをナメんなよ! 夢も希望も無い社会の出来損ないに、心の安らぎを与えられるんだよ! 高性能ばんざ〜〜い!」
 エライ言われようだ。
「犬耳・猫耳の美少女キタ――――ッ! ……なんて妄想してたんだろ。いいから本性さらけ出しちゃえよ。期待に胸も股間も膨らませちゃえよ」
 幼児からは下ネタでツッコまれるし。
(と、とにかくだ……ここは落ち着いて大人の対応をしなければ)
 なんとか気を取り直す。
「ところでさあ、『浜松』っていうのは名前?」
「いかにも。ちなみに、この無表情で生意気なクソ幼児は『ポチ』。更紗がエサとして水槽に入れた糸ミミズだったりする」
 ちょ……エサまで擬人化されちまってんの!?
「よ、宜しく……」
 一応は友好的な態度を示そうと、握手を求めてみた。
「調子にのるなニート。引きこもってないで外に出ろ、この童貞野郎」
「やめてッ! 初対面でいきなり負のステータスばらさないでッ!」
 弥富、苦悶。
「ポチよ、『ニート』とは何かね?」
「生産性を無視して生き続ける社会の底辺」
 神様、助けてください……見知らぬ幼児に言葉責めを受けています。
(それにしても……)
 浜松は“高性能”と言っていたが、一見して年齢が反映されてないような気が。浜松は外見15、6才くらいだし、ポチにいたっては……まあ、糸ミミズの年齢なんぞ気にしたことはないが、見た目は5,6才くらいだ。アバターの基準って何?
「あのさァ……オマエ達の容姿全般って何基準?」
 一応、聞いてみた。
「あたしの趣味よ」
「右に同じだぞ」
 高性能ばんざ〜〜い。
(……どうする、俺?)
 ネット住民の情報ソースにろくなモノはない。それは周知の事実ではあったが、これはヒドイ。偽P・D・Sの中には、性風俗を目的とした野郎の妄想タップリなヤツもあると聞いていたが、それはあくまで脳内麻薬の分泌と幻覚が成せる技。だが、今、面前で床に寝っ転がったり食われた部分をウニョウニョと再生させているヤツ等……ふてぶてしい空き巣にしか見えなくて、脳内麻薬なんぞ微塵も出ない。
「さて、更紗……何が知りたい?」
「――――え?」
 浜松がメガネをクイクイさせながら一瞥をくれる。
「何故、『電薬管理局』のサーバーにつながったのか……『禁魚』とはどんな生態なのか……どうして友人はこんなモノを自分に託したのか……とか」
 そう言って、彼女は問題のポータブルHDを手に取った。
 ゴクリ……
 弥富は軽く息を呑む。
「お、教えてくれ!」
 思い切って聞いてみた。
「ゴメン。分らん」
 一蹴された。
 弥富は装着していたインカムを静かに外す。周囲の光景から、浜松とポチの姿が一瞬にして消える。代わりに現れる四つの水槽。それぞれに禁魚が一匹ずつ泳いでいる。
「――――――――――イカンっ!!」
 彼は慌ててデスクトップからポータブルHDを引っこ抜き、モデムのケーブルも引っこ抜き、玄関の鍵をかけて照明を消して、ベッドに潜り込みブ〜ルブル。
(父よ、母よ、ゴメンナサイ……アナタ達の息子は前科持ちになりました)
 彼の憂鬱な日々が始まった。

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