小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 [同じ失敗を繰り返すよう]

 ―――――――――― 翌朝 ――――――――――

「やったああああああッッッ! 捕まってない! 生きてる! 俺の勝ちだッッッ!!」
 掛け布団が宙を舞う。ドス黒い悪寒に一晩中うなされたが、カーテンの隙間から朝日が差し込み、自分の身の安全が確認できて……起床ォォォォォ――――――!!
(ということは……)
 バレていない。電薬管理局のサーバーに違法アクセスしたにも関わらず、国家暴力は踏み込んで来なかった。そして、この事実から下記の事が予測できる。
?友人の残したポータブルHDには探知防止機能がついている。
               ↓
?友人は自分と同い年であるが、ずっとソフトウェアに精通している。
               ↓
?これで安全、且つ無料でP・D・Sを満喫できる。
               ↓
?父よ、母よ、アナタ達の息子はなんとかなりました。

「よし、こうなれば次を試してみるか」
 これこそまさに僥倖。楽しまなければ損だ。ただ、昨日の浜松とポチの件は、おそらくエラーの一種だろう。そういうことにしておこう。
 弥富は『インカム・β』を装着し、今度は『和金』の水槽に『インカム・α』を取り付けた。
(ふむ……コイツはオスみたいだな)
 和金のような丈夫で活発な品種から察するに、ビジュアル的には元気な小学生? それとも、フレッシュなスポーツマン? 興味津々でポータブルHDをネットにつなぐ。
「………………どちら様?」
 昨日とリアクションがいっしょ。ガラスのハートが砕け散らないよう、ある程度気を強く持っていたつもりだったが、またオカシイのが目の前にいる。
「やあ、弥富さん。はじめまして。ボクは『郡山(こおりやま)』といいます。宜しくお願いしますね☆」
 スマイルだ。フォーマルスーツを着た20歳前後の青年がペコリと会釈した。
「あのさあ……随分とイメージとかけ離れているんだが」
「そうですか? ボクは和金として普通の禁魚のつもりですけど」
 いやいやいや、優男のツラで営業スマイルしてるから。石○彰みたいな声出してるから。
「……にしてもさあ、どうしてまた『郡山』なんて人間みたいな名前なの? ペットらしい名前つけちゃダメなの?」
「はあ……しかし、ボク達『禁魚』はP・D・S専用に調整された生物ですので、こちらの都合じゃどうにも」
「あ、それだよ! P・D・Sだよ! あのポータブルHDは特別な仕様なのか? 電薬管理局に探知されないなんて、普通じゃないぞ!」
「さあ……ボクはまだ2才と2ヶ月の青二才なんで、システムの詳細については何とも」
「じゃあ、別の質問。今、オマエが着ているスーツってさあ……」
「ええ、その通りです。御友人である『深見素赤(ふかみ すあか)』さんの葬式に出席するため、通販で買われたモノです」
 弥富より頭一つ分くらい背が高いせいか、少々キツキツに着こなしている。
(深見……か)
 他人の葬式に出るのは初めてだった。そこで初めて友人の顔を見た。あまりに辛くて御焼香は無理だった。出来る限り彼女の棺には近づきたくなかったから。初めて心を許し合えた相手を失った後の空虚感……尋常ではなかった。そこで、弥富に湧き上がってきたのはドス黒い“憎しみ”。
「……もう一つ質問」
 彼はポータブルHDを凝視しながら深呼吸した。
「友人の仇をとりたい。どうすればいい?」
 とんでもない事を言った。声が少し震えていた。
「それはつまり、深見さんの死は電薬管理局のせいだと?」
 郡山が目を細める。
「アイツはメールではなく、わざわざ手紙を書いてよこした。ネット上の動きを監視されていた可能性がある。しかも、自分の死を予測した内容の上に、託されたポータブルHDには、電薬管理局のサーバーからインストールされたオリジナルのP・D・Sが記録されていた……関係が無いハズがない」
「なるほど。つまり、告訴して刑事裁判に持ち込んだり、悪の親玉を潰したりということですね?」
「いや、とりあえず……何かイヤガラセでもできれば……と」
 抵抗レベル低ッ!! そして、郡山の視線がちょっぴり冷たッ!!
「だってさあ……俺って別にハッカーみたいな技術持ってないし、ネットサーフィンが好きなただの引きこもりだし……見ちゃヤダ! そんな目で見ないで!」
 弥富、苦悶。床の上でゴ〜ロゴロ。
「う〜〜ん……イヤガラセとなると、クラッキングとかメール爆弾とか、ネカマになって相手を困惑させるとか?」
「いやいやいや、それこそ探知されちゃうし。つーか、ネカマとか絶対無理だし」
「ハンドルネームは“ネカマユキエ”とか?」
 自らバラしちゃってるし。
「穏便で、自分が絶対ダメージを受けないような手段はないか?」
 ヘタレの理論だ。
「それじゃあ、他の禁魚達と一緒に相談して、今後の身の振り方を考えましょう」
「えっ、そんな事できるのか?」
「簡単です。同じ水槽に禁魚同士を泳がせれば」
 弥富はそう言われてインカムを外し、四つの水槽を見渡す。そこで、初めて実感が湧いてきた。自分は今、とんでもないスキルを身につけたのだ。友人が残したポータブルHDがあれば、いつでも安全に国の情報機関へとアクセス出来るのだから。ああ……人がゴミのようだ。俺しかいないけど。
(よし、それじゃあ……)
 弥富は黒出目金を手ですくい、和金の水槽に移す。そして、再度インカムを装着。

「ぎゃああああああああああああああああああああああ――――――――――ッッッ!!」
 弥富、大絶叫。

「もっとイイ声で鳴きなッ! このクソガキがッ!」
「シバけよ。もっと激しく。そして、食っちゃえよ」
 ボンテージを纏った浜松が、天井から吊り下げられたポチを鞭でビシバシやってる。
「やめんかバカ共ッ!!」
「ぬッ、やぶからぼうに何事!?」
「やぶからぼうはオメーだ! 人の部屋をSMクラブにするんじゃねえよ!」
 弥富、早速、ムダなカロリーを消費。
「やあ、浜松さん」
「ん? ああ、郡山か。よく来たな。どうだ、オマエも?」
「はい。それでは遠慮なく☆」
 ビシッ――! バシッ――! 
「その調子だ。手首のスナップをきかせろ。心の変態を解放しろ」
 ポチは相変わらず無表情。棒読みで怖いし。
「ねえ、やめて……拘束具で縛られた幼児を爽やかな笑顔でシバかないで(汗)」
 弥富の部屋は事件現場と化していた。
「で、何用かね?」
 鞭をブンブンさせながら浜松が飼い主に向き直る。
「いや、俺の前に自分の格好について言い訳はないのか? それとも、ツッコミ待ちか?」
「うんッ☆」
 やめろよ……不意に年頃少女へ戻るのは。 
(んん? あれっ……?)
 浜松の一瞬変化した表情から、何か思い出しそうになった。昨日は唐突な展開にあたふたしていたため、相手の顔をよく見ていなかったが、この少女の顔って……
「あッ! そうだよ、その顔ッ! 何で“彼女”と同じ顔してんだよッ!?」
 弥富が浜松をビシッと指差す。
「“彼女”……それはつまり、さっき言っていた友人のことですね?」
 郡山が知的な瞳を光らせた。
「どういうことなんだ、浜松!? 深見とオマエは何か関係があるのか!?」
 葬式で遺影を見て初めて知った本人の顔だったが、今、ハッキリと思い出した。
「知らないよ。他人の空似でしょ」
「いいや! そのメガネといい、その束ねた髪を後頭部でまとめた髪型といい……そっくりだ!」
 ここぞとばかりに弥富の鼻息が荒くなる。
「まあまあ。ボク達も自分自身の生態については、知らない事が多いものでして、はい」
「……じゃあ、何だったら答えられる?」
 どうも信用できない。話を逸らして何かごまかそうとしているように見える。
「ええっと……例えばですね、どうしてP・D・Sの使用が電薬管理局に察知されないのか……とか」
 郡山が申し訳なさそうに話をふる。
「いや、待て。さっきオマエは、システムの詳細はよく知らないって言ってなかったか?」
「はい、ポータブルHDのシステムに関しては。しかし、電薬管理局に察知されないのは、ソフトウェアの問題ではなく、ボク達『禁魚』の存在理由と関係しているんです」
「その通り! つまり、あたし等禁魚はP・D・Sを媒体としてはじめて機能する、生きた『防火壁』なんだよね!」
 浜松が腰に手をあてて仁王立ちしている。
「生体ファイアー・ウォール!? おいおい……妄想族が来ちゃったよ」
 愕然とする弥富。
「現実を受け入れろよ。そしてシバけよ」
 ビシッ――! バシッ――!
 弥富が心の変態を解放中。
(マジかよ……!)
 とりあえずポチをシバきあげといて、彼は力無く床に腰を下ろした。頭の中で火サスのBGMが響いている。インカムを外し、一目散にベッドに跳び込んだ。なんだか寒い……もう夏なのに、あ〜〜夏なのに。
(なんてモノを……深見、君は俺に何をさせたいんだ!?)
 浜松の発言が事実だとすれば、国家レベルの大事件だ。使い方も効果も知らぬ子供が、核兵器の発射シーケンスをでたらめに弄り出したようなもんだ。
 このまましばらく静かにしていたい。コミュニケーション怖い……彼の意識はベッドの中でログアウトしてしまった。



 

-2-
Copyright ©回収屋 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える