小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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 [べ、別に打ち切りじゃないんだからねッ! 大人の事情なんだからねッ! ……みたいなツンデレだよう]

女神A:「昔々、あるところに日ノ本という国がありました。その国でニート見習いを務める一人の青年――『弥富更紗』はある日、数匹の『禁魚』を手に入れて飼育を始めました。弥富は『P・D・S』という違法な手段を用いて彼等と繋がり、様々な話を聞きました。禁魚達はとっても人間臭く、とっても賢く、そして……とっても謎に満ちた生物でした。やがて、弥富の身辺で非日常的な現象が発生し始め、済し崩しに『享輪コーポレーション』という大手ソフトメーカーに潜入する事に。彼はそこで政府直轄の情報機関・『電薬管理局』と偶然接触し、あっけなく拘束されてしまいます。そして、連れていた禁魚達を没収され、代わりに一人の女性エージェントによる監視兼護衛がつけられました。エージェントの名は『津軽六鱗』。彼女とのちょっぴり珍妙な共同生活が始まったのです。街中でメイドコスプレをした女子高生に襲撃されたり、『偽P・D・S友の会』というカルトな集団の訪問を受けたり……友達も職も金も無い弥富の生活に大胆な変革がもたらされ、トドメに自宅から拉致されてしまいました。そして、彼の関知していない水面下では国家レベルの危機が迫り、『Mr.キャリコ』というサイバーテロリストを主犯とした事件が勃発。電薬管理局と同じ政府直轄の情報機関である『国家調査室』も加わり、ネットの海での攻防戦は禁魚達の協力もあってなんとか勝利したのです。これにより、偽P・D・Sに関連するネット犯罪を一網打尽にできるハズ────だったのですが、事件は彼等が考えていたよりもずっと複雑な事情を孕んでいたようで」

「忌々しい光景だなッ……」
 モニタールームに到着した局長が開口一番に毒を吐く。
「御苦労様です、局長。浜松には連絡しましたが、我々はどうすれば?」
「何もできん。アノ浜松(バカ)がしくじれば全て終わりだ」
「………………」
 “終わり”という言葉が具体的に何を指しているのか、今は考えるだけの勇気は無い。
「クぅぅぅ〜〜マぁぁぁ〜〜★ ついにVIPの登場だベア。あまり拙者を待たすと、ハチミツをハゲ頭に塗ってチンパンジーの檻にブチこむなりぃぃぃ」
 局長の存在に気づいたプー左衛門がビシッと指差しながら振り向く。既に取調室内の空気は高山の頂上並に薄くなっており、肉体的に丈夫とは言えない平賀の表情が曇っている。
<だあァァァァァめえェェェェェだッ!! こんにゃろ〜〜、やられたよ!!>
 PDAのモニターに浜松の顔が映り、後ろの方でポチが白旗を振っている。
「ど、どうした?」
<例の攻性フィルターがきっちり展開してあって接近できましぇ〜〜ん。あァァァァァ、畜生!!>
 マズイ。敵は確実な防衛手段を用いて侵入している。爆弾を積んだトラックに乗って突っ込んで来たワケだ。帰り道を必要としていないから最高にタチが悪い。このまま平賀が緩慢に死にゆくのを見守るしかないのか? そんな時……

 ピッ、ピッ、ピッ……

 プー左衛門がオモチャのケータイを取り出し、指の無い手でボタンを適当に操作している。すると──

<I want you! I need you! I love you! 頭の中〜〜♪ ガンガン鳴ってるMUSIC♪ ヘビーローテーション♪>

 とっても愉快でアップテンポな着うたが静寂の中に流れた。その場に立つ者達がお互い顔を見合わせる。
「………………何のつもりだ?」
 局長が上着の内ポケットから着信しているケータイを取り出した。またしても趣味が小出しされてる。

「────────────────────────────────────ッ!?」

 ケータイのモニターを見た局長が固まった。朝起きたら隣で骸骨が一緒に寝ていて、しかも、「ワタシ、乾燥肌なの☆」って呟いてるくらいの支離滅裂な状況を見る目になっている……モニターには一体、何が……?
「局長?」
 宇野が小さく声をかける。が、老体は早めの天寿を全うしたかのように小刻みに震え、今にも崩れ落ちそうになっている。
<『とある男』からの伝言を伝えるクマ〜〜……“実験は成功した”──繰り返す。“実験は成功した”──>
 局長のケータイから声がして、プー左衛門の口元が不吉な感じで歪んだ。
「そ、そんな…………!! ――――――いや、ありえん…………あってたまるものかッ!!」
 彼は何かを隠すようにケータイを切り、無造作にポケットに放り込む。明らかな動揺を周囲に見せながらも、どうにか平静を保とうと深呼吸を繰り返している。
<ちょっと、今のは何?>
 訝る浜松がPDAの中から局長に呼びかける。
「な、何でもない! そ、それよりだ………………ん? 宇野君、杜若室長はドコだ?」
「え? あ…………そういえば……」
 プー左衛門の映るモニターにばかり集中していて、二人は杜若がモニタールームから姿を消している事に気づかなかった。
<おやぁ〜〜、働き者の公僕が一人足りないようだベア。も・し・か・し・て、とっても愉快なイベントを起こそうと準備に向かったのではぁ〜〜WWW>
 プー左衛門が手で口元を押さえながら嘲笑する。
(ま、まさかッ────!?)
 局長は息が止まりそうな面持ちで内線電話を手に取り、施設別に設定された番号を押した。
<はい、こちら杜若ッ!>
 案の定、いなくなった本人が電話に出た。しかも、何か作業中のようでガタガタと物音が聞こえる。
「よせよせよせッ、やめるんだ杜若君! 電源ケーブルに触るんじゃない!」
 電話は『配電室』につながっており、そこは電薬管理局の設備に電力を供給している心臓部だ。
<このまま貴重な情報源を見殺しにはできませんッ! 停電後のシステム復旧とデータの紛失は国家調査室が責任をもって──>
「そうじゃない、コレは罠だッ! 頭を冷やせッ!」
 局長の怒号が飛ぶが、状況の先読みと全体の俯瞰に長けるにはまだ若かった。
<――――ガシャン!>
 受話器から聞こえてきた何かを割る音。局長の両目がカッと見開いたまま瞬きを止めた直後――

 フオォォォォォォォォォ――――――――――――――――――――――――――ン

 建物全体が息を引き取るような……そんな不吉な音とともに照明が全て落ち、モニタールームのPCやコンソールがシャットダウンしてしまう。
「くそッ!! 若僧めがッ!!」
「局長、本来なら予備電源に切り換わるハズなのでは……?」
 宇野が訝る。
「予備は優先度の高い設備や機能に回される……ここはもう使えん」
「優先度が高い? 現在、ここ以上に優先される場所はありません!」
「…………………………」
「局長ッ!」
「政府(うえ)にも知らせておらん機密事項だ。聞くな」
<あたしの肉体(バックアップ)が保管されてるのよ。予備電力は生命維持装置稼働のために全て回される仕組み>
 宇野が持つPDAから浜松が半ば諦めかけたような声で呟く。
「――――――深見ッ!!」
 局長の怒号が飛ぶが、もう遅い。機密は機密でなくなった。
「や、やっぱりね…………アハハハ……まさに冥土の土産……だ…………」
 平賀はテーブルの上に上半身を沈め、力無く呟く。血圧・脈拍の上昇、筋肉の弛緩、血中の二酸化炭素濃度が危険値に達し、死の臭いがし始めた。
(ここまで…………か……)
 宇野はあまりの虚脱感を覚え、壁に寄り掛かって大きく息を吐いた。ついに逮捕できた偽P・D・Sの生みの親が、目の前で公開処刑されようとしている。しかも、自分の職場の中でだ。
<局長ッ、予備電源はどのくらいもつのよ!?>
「予備は万一の停電に備えた復旧までの繋ぎに過ぎん。大本の電源ケーブルを破壊するといった事態は想定外だ」
<────────で?>
「すまんな、深見……カップ麺が出来上がるよりも早く生命維持装置(LSS)は停止する」
 局長がPDAのモニターに一瞥をくれ、ほんの一瞬だけ頭を下げた。
 浜松は見たことの無い無表情のまま静止画と化した。
 宇野は床の上に崩れ落ち、魂を抜かれたかのようにうなだれた。
 そして────

「さ、ようなら…………現実社会。わ、私は……一足さ、先にぃ…………ネッ……トのう、海えぇ…………」
 Mr.キャリコが────────────滅びた。

<愚かなり電薬管理局ぅぅぅぅぅ! 愚かなり人類ぃぃぃぃぃ! この瞬間を待っていたああああああああああああああああああ────────────ッッッ!!>

 沈黙した電子の砦にプー左衛門の雄叫びが木霊した。


 チャンチャラ♪ チャカチャカ♪ チャンチャラ♪ チャア〜〜〜〜♪

 午後8時──光で彩られた夜のエレクトリカルパレード。沢山の観客に見守られながら、愉快な着ぐるみ達が一生懸命に愛想をふりまいている。楽しげな音楽と圧倒的な装飾を前にして皆が酔いしれている中で、明らかに“我、関せず”……みたいな空気を放っている者が一名。パレードから少し離れたベンチに腰かけ、ゆったりとした面持ちで葉巻を吸っている。淑女だ……完全に場違いな着物姿の女性が紫煙をくゆらせている。彼女は先程から自分の腕時計と周囲を交互に見渡しており、ダレかを待っているようだ。やがて、パレードのテンションと熱気が最高潮に達した時、彼女の隣にスーツ姿の少々小太りなオヤジが腰をかけた。
「税金で買った高級車がエンストでもしたのかい? まったく……“公僕”のくせにデートの時間も守れないとはねえ」
「黙れ、“チンピラ”。税金の払い方も知らんくせにほざくな。こっちは国の安全と秩序を管理するのに忙しいんだ」
「安全? 秩序? ハンッ♪ その安全と秩序が守られて一番困るのはアンタ等じゃないか。大きく成り過ぎた組織を維持するのに必要な年間約900億の維持費……駐禁とネズミ捕りだけでまかなえるワケがないからねえ」
「喧しい。こちらの台所事情はどうでもいい……それより、重要な情報が流れてきた。我々の今後の方針を左右されかねない展開だ」
 淑女と中年オヤジは決してお互い目を合わさず、視界にパレードの様子を映しながらも全く別のモノを見ていた。
「…………重要な情報?」
 淑女──Mrs.タンチョウがその切れ長の目を細める。
「Mr.キャリコが死んだ。しかも、電薬管理局内部でな」
「────────ッ!?」
「裏はとった。ヤツは間違いなく死んだ」
「け、けど……電薬管理局の拘置所に居たんでしょ?」
「プー左衛門の仕業だ。管理局のスシテムを乗っ取り、取調室の中で窒息死させたらしい」
「とんでもないヌイグルミだねえ……タダの悪フザケなハッカーかと思ってたけど、こちらも身の安全を考慮しないと。いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃない」
「その通り。余計な情報を吐かされる前に殺されたのは良かったが、プー左衛門は本当の意味で無差別攻撃犯(テロリスト)となった。不本意ではあるが、これから先はお互いの生命と地位を守るためにも、多少の協力関係を築かねばならん」
 中年オヤジ──Mr.アルビノは不満そうな声で呟く。
「ふうぅぅぅぅぅ〜〜……そりゃいいけど、当面の計画は何かあるのかい?」
 葉巻の煙が少しずつ離れていくパレードの姿を包み、曇らせる。
「そっちには国内滞在中の傭兵チームが。そして、こちらは人質となったガキの身を押さえてある。偽P・D・Sビジネスを継続させるための糧となってもらおう」
 Mr.アルビノがわずかに口元を歪めた。
「世も末だねえ……“警察機関”の上層部に属する人間の言葉とは思えないよ」
「ふんッ、“暴力団”の方がよっぽど良識があるとでも言いたいか? 我々のような汚れ役なくして国家は機能せんのだよ」
 パレードの音と光が次第に観客の五感からフェードアウトし、テーマパークに営業終了の静寂が訪れた頃――

 二人は一度も視線を合わせることなくベンチから姿を消していた。
 ベンチの上に献花用の花束を一つ残して……。




                         【完】 ――第二シーズンに続く

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