小説『ようこそ、社会の底辺へ[完結]』
作者:回収屋()

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[悪党ってヤツはいつも人生を正しく間違えるよう]

 ウオォォォォォォン! ウオォォォォォォン! ウオォォォォォォン!

 けたたましく鳴り響くアラーム。まだ朝も早い内に、電薬管理局の地下施設は極めて混乱していた。
「こんなバカなッ! とんだ失態だ……侵入に気づかなかったのか!?」
「ファイアー・ウォールからは何も警告はありませんでした。一体、どうやって入り込んだのか……!」
 モニタールームで宇野と分析官が慌てふためいている。
「課長、バックアップシステムで強制介入して追い出せないんですか!?」
 取調室の中を映すモニターを凝視しながら、杜若が焦燥した声を漏らす。
「ダメです……大元のサーバーが制圧されているようで、コントロールがききません」
 宇野が悔しさのあまりに歯を噛み鳴らす。そして、モニターは更なる状況の悪化を彼等に知らせた。
「大変だッ……取調室の『防護システム』が働いています!」
 取調室内の状態(気温・湿度・明度・空気圧)をリアルタイムで分析しているモニターが明滅し、緊急事態を告げる。
「防護システム?」
「テロリストの強襲や大災害が発生した場合を想定し、重要な証人やVIPを守るために設けられたシステムです」
「なら、問題はないだろう。少なくとも、この事態に乗じて外部から物理的な攻撃を受けたとしても、平賀の身は守れる」
「いえ、それが……」
「何だ……?」
 分析官の上ずった声に杜若が身構える。
「対化学兵器用の密閉機能が作動……その上、取調室内の給気ファンが停止し、排気ファンのみが作動しています!」
「なッ────くそッ!」
 杜若は取調室とをつなぐ内線電話の受話器を手に取る。コールは可能だが、中の平賀が受話器を取る様子は無い。
「窒息までの時間は?」
 宇野が分析官の肩に手を乗せて睥睨する。
「お、おそらく……10分。もって15分といったところです」
 ──────やられた。数々のハッカー達を駆逐してきた牙城なら安心・安全。そんな油断があったのだろう。完全にしてやられた。
(まさか、これほど迅速に口封じを講じてくるとは…………迂闊ッ)
 宇野は自分のケータイを取り出し、管理局長の番号にコールした。


<三ツ星ホテルの泊まり心地はいかがクマ〜〜?>
 ノートPCのモニターの中でハチミツを壺に詰めながら、プー左衛門がバカにするような声で問いかける。
「従業員のサービスがとっても控え目でね。ホットケーキの一つも出やしない……アハハッ♪」
 裏切り者を前にしても、平賀の声に憎しみや怒りはこもっていない。それどころか、何かを悟ったかのような澄んだ目でモニターを見つめている。
<結果から言わせてもらうと、オマエのニートな人生は十数分後に終了するんだベア。ネットの海を漂い続け、偽P・D・Sを全世界にバラ撒きまくった『Mr.キャリコ』の死亡……しかも、果てた場所が電薬管理局の拘置所となれば、全てのハッカーが猛り狂って弔い合戦を開始するぅぅぅぅぅ────クマックマックマッ!!>
 ハチミツの壺を蹴飛ばし、クマのヌイグルミは歓喜の声を上げながら飛び跳ねている。
「…………なるほど。私は有象無象を一致団結させるための象徴機能(システム)に過ぎなかった……だろ?」
<単独主義の傾向が強いハッカー共の方向性をかためるには、自分達と同じ立場でありながら絶対権力と拮抗できる存在が必要だったクマ〜〜。オマエは社会の裏側に充分な実績を残し、若くして華々しく英雄譚(サーガ)となる。大衆はいつの時代も体制と戦う個人を祭り上げるもんだベア>
「────────────ハァ」
 平賀が溜息を一つ。その表情は晴れやか。
<どうしたんだベア?>
 プー左衛門の動きが止まる。
「死ぬ前に“自分の立ち位置”が分かって良かったなってね。お互い、信頼はできても信用はしちゃいけない相手同士……こうして腹を割って話してくれるとものすごく安心する。覚えてるかい? 君が初めて私に接触してきた時のコト」
 彼の言葉からは、もうすぐ死んでしまう人間の恐れや焦燥は全く感じられない。テーブルに両肘をつき、手を組み合わせてあさっての方向に目を向けている。
<拙者が計画を持ちかけ、オマエは喜んで手足となってくれたクマ。親戚も友達も職も金すらも無い……そんな底辺の極めつけなニートだったからこそ、ネットの海を徘徊するのに都合が良かった。今、こうして考えてみると、深見と弥富の関係にどことなく似ているような気がするベア>
 プー左衛門の声に微妙な哀れみがこもる。
「あっ────────という間の人生。全ての個人を“情報機関化”させる夢は潰えたけど、強敵・電薬管理局をここまで痛めつけられた。悔いは無い…………そう思いたいよね?」
<後のコトは全て拙者とスポンサー達に任せ、ネットの海に燦然と輝く発光物体になってくれ給えぇぇぇぇぇ〜〜>
「アハハッ♪ プー左衛門、そこはせめて星って言ってくれないか?」

 二人の会話の様子はモニタールームから確認できているが、取調室内の音声記録装置が機能しておらず、話の内容までは外の連中には分からない。
「局長ッ、緊急事態ですッ!」
 ケータイはすぐに局長へつながった。
<承知している! まったく、こんな朝早くから老体を走らせおって……で、状況は!?>
「被疑者が取調室に閉じ込められました。室内の空調システムがのっとられ、このままでは窒息死してしまいます。扉を破壊しますか?」
<無駄だ。地下施設の殆どは核シェルターに近い仕様になっている。部屋の周囲は鉄筋とコンクリートの複合壁で囲まれ、厚さは2mもある。扉はセラミックプレートと高強度ポリエチレンの多重構造……至近距離から大口径の対物ライフルでも撃たん限り、穴すら開かん>
「では、焼き切りますか?」
<そのためには扉の四辺を全て切断せねばならん。時間がかかり過ぎる>
「し、しかし、それでは……!」
<深見…………いや、浜松はドコにいる?>
「え……は、はい。ヤツなら救助された後、検査棟の強化水槽に戻っておりますが……」
<すぐに連絡をとってネットに潜らせるんだ。“電力供給元に危険が迫っている”と念を押してやれ。すぐに動くハズだ>
「…………は?」
<モタモタするな! 説明は後だ!>
「りょ、了解しました!」
 宇野はモニタールームで充電中だった携帯端末(PDA)を慌てて手に取り、検査棟のサーバーとつなげる。
<うみゅうぅぅぅぅぅ〜〜…………(眠)>
 PDAのモニターにやたらと眠たそうな面の浜松が映る。
「浜松、緊急事態だッ! すぐにネットの海を泳いで──」
<ふわぁ〜〜〜〜い……将来の夢はぁ〜〜、え〜〜と、一位がケーキ屋さんでぇ二位がお花屋さんでぇ、三位がセーラー○―ンでぇ〜〜すぅ(眠)>
「寝惚けるなバカ者ッ! 管理局のシステムが例の共犯者に制圧され、Mr.キャリコの命が危ない! オマエ達で排除してくれッ!」
<はあぁ〜〜……? 公僕の尻ぬぐいを魚類にせがまないでよね……そっちサイドで汗水とかその他諸々を垂らしながら頑張って……ふぁ>
「“電力供給元に危険が迫っている”──そう局長がおっしゃった」

<────────────────────────────MA・ZI・DE?>

 浜松の顔色が一変する。下唇がプルプルと震えだす。汗水とその他諸々が全身から垂れはじめる。
「猶予は10分も無い! 早急に侵入者をシステムから追い出さないと、捜査に必要な情報を全て失うかもしれん!」
<そんなん知るかああああああああッッッ! キモニートの命なんざエロゲのスタッフロール程度の価値しかないわああああああああッッッ! んなコトより、管理局の主電源ケーブルは絶ぇぇぇぇぇぇっ対に安全を確保して!!>
「あ、ああ…………承知した(汗)」
<よし、潜行(ログイン)してくる!!>
「よ、宜しく…………頼む(汗)」
 浜松はものすごい剣幕で通信を切り、水槽の中で他の禁魚達に一瞥をくれる。
「ど、どないしたンや? エライ顔色悪いで……」
「何か事件のようですね」
「まだまだ儂等の知り得ぬ事象が絡んでおるようじゃのう」
 出雲・郡山・土佐の三匹が瞠目する。
「どっかのバカ野郎が管理局のシステムを掌握しやがったおかげで、あたしの肉体(バックアップ)が危険にさらされてる……向こうのサーバーに潜って速攻で駆逐してやんのよッ(怒)」
 いつになく殺気がみなぎっている。
「おおォ〜〜、さすがはミス・ビッチ。他人の危機はガン見しながら笑顔で見過ごすくせに、自分の危機にはゴキブリを前にしたJK並の行動力を披露。そんな浜松にポチは本日も萌え萌えキュ〜〜ン(笑)」
「うっせえぇぇぇぇぇぇ!!」
 手の平でハートの形を作りながら半笑いしてるポチを踏みつけ、浜松はセーラー服に着替えてマジ気味。
「どうやら本当のようじゃのう……『深見素赤』の身体が保管されておるという話」
「しかも、電薬管理局内に隠匿されているという事は、管理局側の人間が何かしらの理由で一枚噛んでいる……ですよね?」
 土佐と郡山の視線がとっても真剣だ。
「はいはい、その通り。あたしの肉体(バックアップ)は管理局の最下層で最新型の生命維持装置(LSS)につながってる。もし、主電源がおちたら予備電源に切り換わるけど、そう長くは持たない。管理局はやたらと電気を食うからね」
 ついに浜松が核心となる事実を口にした。普段は情緒不安定な言動に定評がある彼女だが、この瞬間ばかりは何だか……30代のキャリアウーマンみたいな雰囲気をかもし出していた。コイツ────ヤル気だ。
(浜松さん……いや、『深見素赤』は一体、何をしようとしているのですか?)
 郡山がその表情に疑念の色を見せる。そして、四匹の禁魚と一匹の糸ミミズは、水槽の中で狂ったように踊り始めるのだった。

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