小説『君が死んだ日【完】1000hit達成!!』
作者:ハル()

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でもきっと。もう…


『香奈、寝癖ひどい…』

『うぅん。時間ないから髪とかさないでいくっ!』

玄関へ足を走らせるがすかさず姉に腕をつかまれ、止まる。

『だーめ。香奈は女の子なんだから綺麗にしておかなきゃ。じゃないとお姉ちゃんの気もすまないなぁ』



何年も前の朝はだいたいこんなやりとりをした後、姉があたしのボサボサの髪をとかしてくれた。そのおかげでクラスの男子に笑われることはなかった。


……これから先の時間、姉とあたしが一緒に朝をむかえて髪をとかすこともないだろう。彼女の生きる時間がおぼろげになってしまったのは事実なのだから。


あたしは何一つ姉の役にたってないんだ…。
先に見える未来へ姉を導く事もできず、だからといって過去に姉を戻せる事もできない。
前にも後ろにも行く事ができないからただ、今いる地点で立ち止まっているだけ。

それが今のあたし。
考えれば考えるほどでてくる無力な自分が嫌になる。
何も姉の力になっていないあたしは姉にとってどれほどな存在だろう。

目頭がじわじわと熱い。



小野さんはくしから銀色のハサミに持ち替えた。
ザクリとまではいかないが鈍い音がハサミと髪の間でする。
前髪から降ってくる毛に思わず目をかたくつぶってしまった。その力の反動で押し込んでいた涙が一すじ流れる。

目の前の鏡に映った小野さんは少し驚いたが、また無表情に戻った。
けれど気分がよくなかったらしく、言った。



「勘違いだったら嫌ですけど、一応言っときます。俺から見て、美雪さんはあなたのことを目障りな人間だなんて一度も思ったことないですよ?」


「――っ」


「だから、そんなふうに思いつめてないでもっと自分に自信を持ってくださいよ。美幸さんを誰よりもたくさん守れるのは自分しかいないんだっ―――て」







あたしが姉を誰よりもたくさん守れる。
小野さんに言われた言葉が異常なぐらい心に響いた。
本人はどうやら啖呵を切ったことが初めてだったのか慣れていなかったのかわからないが肌の色が妙に赤い。自分の言った事でそうなるなんてかっこ悪いなって思えた。
でもこの人なら姉を任せられるな、と、思えた気がした。そのまえに小野さんは姉に好意を抱いているのは間違いない。
相手が他人で自分を一度だけ指名してくれた客で、会えるのは病院だけの人間のことをあれほど真剣な目で訴えるなんて特別な気持ちが無ければできないことだと思う。








「小野さん。ありがとうございます」



綺麗にそろった前髪を下げて深くお辞儀をする。大切な事を気づかせてくれた人に。姉を誰よりも大切に思っている人に。




「それと、小野さん」

「え?」


「実を言うと、お姉ちゃんのことが好きだったり…とか、します……?」

恐る恐る聞いたあたしと真っ赤になった小野さん。



姉はこんな常態のあたし達を見て笑うだろうか?

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