「ハァ…」
矢木矢さんの深いため息が聞こえる。
あたしがあの手紙と写真をみなければきっとこのため息はなかったんだ。
ごめんなさい、矢木矢さん……。
「おまえさぁ、」
…きっと怒られるっ。
いやだ。怖い。
矢木矢さんの声色が確実に怒りのほうへと変わっていく。
「プライバシーってもんがあるだろ。勝手に他人の事情に入らないでくれるかな?」
「…や、矢木矢さ…っ」
あることに気がついた。今の矢木矢さんの目、あの日と同じ目だ。
マジックショーの帰り、電話に出た時の目。帰れ!とあたしに行った時の目。
いつもの綺麗な黒目と違い、まるで雲がかかったような灰色な目。なにも、光も希望も無いという目。
あの日と今の彼は同じだ。
その灰色になってしまった目で彼はあたしを憎しみに近い感情で睨んでいるようだった。
「おまえみたいなやつ、迷惑」
――――迷惑?
なぜだかその瞬間、彼に、矢木矢さんに対する怒りがわいた。どうしてそうなったのかなんてわからない。
ただ、その勢いをとめられなかったのは仕方の無い事だったのかもしれない。
「…確かにあたしは、あの手紙と綾乃さんの写真を見ました。ずけずけとあなたの秘密に足を踏み入れました。それは謝ります。でも矢木矢さん、どうしてあたしを少しでも頼ってくれなかったんですか!?あのマジックショーの帰りだってなんで! あたしは弱虫な高校生だけど苦しいときは頼ってください! 大切な…人が苦しそうに何か背負ってるのに命の恩人が必死にもがいてるのに、あたしはそれをただ見てるなんてできないですっ。あたしも矢木矢さんの何か、少しでも役に立ちたいんですっ!」
「―――…やめろ、そんな目で俺を見るなっ!」
ポタリ。
そう言った彼の顔には雫が流れていた。
小さい子供が泣いている―――。
「矢木矢さん、あたしに頼ってください。お願いします」
あたしは、自分の両手で矢木矢さんの背中を包んでいた。彼を、抱きしめている。
右肩に彼の雫が落ちた気がした。
地面に転がった黒傘の内側に雨がしとしとと溜まっていく。それは、時を刻んでいるようにも見えた。