小説『獣医禁書』
作者:深口侯人()

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かくして怒涛の1か月が終わり、ついに待ちに待った給料日。
バイトでの給料は何回も受け取ったことがあるが、20万近くの額になる給料を受け取るのは初めてで、自立しているという実感が湧いてくる。
最近沈みがちだった気分も自然と軽やかになる。
我が病院での給料の受け渡しは、振込みなんていう手数料のかかる手段が取られるはずもなく、現金を手渡しで渡される。
1人ずつ部屋に呼ばれ、院長からのありがたい(?)お言葉を頂戴しながら受け取るらしい。
僕の番になって部屋に入ると、院長が給料袋を渡しながら言う。

院長「とりあえず、1か月ご苦労様でした。はっきり言ってこの額は、君よりも遥かに仕事ができる先輩看護婦さんたちよりも多いので、病院としてはかなりの痛手です。まぁ、今はまだ全然使い物にならないけど、これはこれから頑張ってもらうための投資だと思って渡すわけだから一生懸命勉強するように。」

世の中には一言も二言も多い人間がいるが、この院長は最初の一言以外が全て“多い”部分だ。
もっとオブラートに包んだ言い方はできないものなのか?
精一杯優しく言ってこれなのか?
それとも、これもこの病院流の洗礼なのか?
浮かれ気分は見事に打ち砕かれたが、ともかく初給料ゲットだ。

明細を見てみると、基本給は20万ぐらい。
研修獣医の平均的な初任給の額だ。
昔は開業前の修行という意味合いが大きかったらしく、月給10万前後の病院が多かったらしいが、最近では一応、労働者とみなされて20万前後出すところが増えてきたようだ。
ただし、それでも、サービス残業の時間が毎日半端ないので、時給に換算すると…、泣きそうになるのでやめておこう。
また、未だに15万程度の病院もたまに見かけるが、その病院に勤めようと思う獣医師はどれぐらい居るのだろうか?
ちなみに、動物看護師は平均初任給が15万前後。
皆さんが想像していたよりもずっと安かったのではないだろうか?
動物病院で儲かっているのは大抵、院長だけなのだ。
給料袋の中には、基本給から雇用保険と所得税が引かれた19万ちょっとが入っていた。
働いている方は「あれ?」と思った事だろう。
病院…というか、会社で給料から天引きされるのはそれだけではないはずである。
ある程度大きい会社なら厚生年金やら健康保険やらに加入しており、会社側の負担を除いた従業員負担分も天引きされるはずだ。
しかし、動物病院は個人経営の小企業。
そのような、従業員のために病院の利益を削る真似はしないところもある。
我らがドケチ院長も、当然の如くそんな負担はするはずもなく、法的に必須なもの以外は各人自己負担で頑張れというスタイルだ。
したがって、国民健康保険や国民年金の分もそこから払わなくてはならないのだ。
さらに、家賃や車のローン、生活費などの毎月の必要経費を除くと、もう数万円しか残らない。
『おお…、結構減るなぁ。』と思ったが、これはまだ序の口。
この後、月給はさらに減少していくことになる。
ともかく、思っていたよりも額は減ったが、『まぁ、初任給なんてこんなもんだろう。これで両親にプレゼントでも買って喜ばせよう。』と気持ちを切り替え、その日は病院を後にした。

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