小説『データ・オーバーアライブ』
作者:いろは茶()

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学園 第二連絡橋下

「ん?」

あすかは『作戦』の名を告げる直前でいきなり眉をひそめた。

渦巻は面倒臭そうな調子で、

「……またもったいぶるつもりじゃねェだろォな?」

「そんなことする理由なんてないわよ。……でも、ちょっとこれは、それどころじゃなくなってきたようね」

あすかは言いながら、焚火の近くに座り込んでいた自身の体を起こし、第二連絡橋の下……窪地を歩く。向かったのは上へ繋がる細い階段だ。

「外で何かあったのか?」

と質問したのは霧斗だ。

「っつっても、ここは橋の残骸がズラッと積み上げられているからな。その階段も途中で瓦礫に埋もれていて
数メートルしか登れない。階段の上なんて遮蔽物しかないと思うけど」

「いや、ちょっと待って……こうして、こう……」

あすかは階段の途中まで来ると、瓦礫にお腹を乗せて、身を乗り出した。どうやら遮蔽物の間から遠くを眺めようとしているらしい。

「ちくしょう、やっぱり……」

呻くように彼女は言ったが、制服のスカートが大変なことになりかけている彼女以外の、橋の窪地に入るメンバーには何が見えているか分からない。

「何かあったのですか?」

高杉が眼鏡を持ち上げながらで尋ねると、あすかはようやく瓦礫からお腹を離し、二本足で階段に立って見下したように答えた。

「来たのよ」

「誰が?」

「……『新型』が」

ギョッとした全員は階段へ向かう。霧斗はあすかと同じように瓦礫から身を乗り出そうとしたが、渦巻は遮蔽物を強引に木刀で叩き割った。

視界を確保する。

「うっ!?何だありゃあ!!」

最初に叫んだのは日村だった。

夜の学園には様々な光が溢れていたが、それでも星は瞬いていた。そのわずかな光を遮る、巨大なものがある。少し遠くの向こう、入道雲か何かのように、実生活ではまず得られないスケールの煙が舞い上がっている。

あすかは無意味に胸の前で腕を組み、

「……敵の拠点地を巻き込んでしまえば、もっと早い段階で狙撃班が落としてくれると思っていたんだけど……予想以上に向こうの対応が遅いわ。やっぱり『銃器不足』の問題が響いているのか」

「今なンて言いやがった?」

聞き捨てならない台詞に、渦巻が思わず目を細める。

あすかは極めて平然な調子で頷き、

「元々敵は私達を狙っていたのよ。……より正確には、新しく仲間に加わった霧斗君を、だけど。得体のしれない科学のサーチに、ド級の破壊力を持った新型アンドロイドが追尾してくる。……振り払うのは面倒でしょう?やったらやったで、ALIVEの戦力が大幅に低下してしまう恐れもある訳だし。面倒事は面倒な敵を一掃する連中に任せておくのが一番」

「……って事は、何か?」

日村は顔を青ざめさせて、

「煙って、普通何キロも広がるもんじゃないだろ。それを平気で引き起こせるとんでもないアンドロイドが野放しで今ごろ学園内を破壊しつくしているっていうのか!?しかもそれをあすかはわざと仕組んだだって!?」

「っていうか俺も聞いてない!!お前、確か『作戦』で敵を殲滅するって言ったよな。これ明らかに殲滅じゃなくて不意打ちじゃねぇか!!」

霧斗までもパニックに陥りかけているが、あすかはやはり冷静だ。というか、むしろ得意げのようにも見える。

「ま、この世界から発生したアンドロイドにしても、『新型』にしても、霧斗君の情報は一応知っておきたかったんじゃない?だけど、『霧斗を追っている』という情報も可能な限り伏せておきたい。……となると、木の葉を隠すなら森ね。大規模な戦闘を起こす事で、敵は私たちの注目を『学園全体レベルの壊滅的なリスク』の方へ向けさせようとした訳」

たった一人の高校生を捜すためだけの戦い。

そのために、ALIVEを丸ごと壊滅させる危険性すら許容する者達。

これがアンドロイド。

「どうするんだ……?」


霧斗が呻くように言った。

「連中の目的は俺だってことは分かった。でも、あんな化け物みたいなロボットを学園内に放置する訳にはいかないだろ。具体的にはどうやってあれを倒すんだ」

「……だからそういうのは狙撃班に頼みたかったんだけどなあ。戦闘員は最後まで残しておきたいし」

「……まさか、何も考えてないのか?」

ゾッとする霧斗だったが、あすかは流石にそこまで馬鹿ではないらしい。

「例の新型アンドロイド……えー、奴の二本脚の保護カバーに書いてあった文字によると『Arms-Buster』だったかな?あれがどうやって霧斗君を追尾しているかは大体予測がついているわ。そして、方式さえ分かってしまえば対処法も逆算できる」

「方式と言うのは?」

眼鏡を持ち上げながら、高杉は尋ねる。

あすかは空を指した人差し指をくるくると回し、

「学園のセキュリティは覚えている?」

「……学園内の地面には特殊な磁場が形成されていて、それを応用したセキュリティで、学園のネットワークに対するサイバー攻撃やハッキングに対応しているとまでは……」

「そうよ」

あすかは頷き、

「もし、その『新型』が学園のセキュリティそのものに直接干渉する事ができる『装置』を持っているとしたら?」

「その装置は最先端の『干渉機械』(ハッキングマシーン)のようなもので、校舎内の監視カメラや我々が使っている通信機に悪影響を及ぼしている、と?」

「そこまで簡単じゃないわよ」

高杉の問いかけに、あすかは皮肉な表情で答えた。

「その『装置』は平均な値を破壊することに対しては極端に働くけど、元から乱れたものに対してはあまり力を発揮しない。あくまでもあれは調和の破損した破壊を実現するのよ。……例えば、ノイズが酷い無線機に干渉したってあまり変わらないし、故障したセキュリティに侵入したって何かが変化する訳じゃない。そこに、外部からの手が加えられていなければの話だけど」

「……外部からの手?」

と質問したのは、当の霧斗だった。

自分の右手に握る拳銃へ視線を落とす少年に、あすかは楽しげな調子で言う。

「『装置』に限った話じゃないわ。アンドロイドが所持する機械の場合、あらかじめ環境や状況に合わせた設定を施されたものも多いのよ」

簡単な調子で彼女は続け、

「今回の『装置』に関して言えば、そうね。さっきの監視カメラや通信機を使わせてもらおうかしら。その装置は私達の作戦を補助している特定の機械類に干渉することができて、ALIVEのメンバーの行動を大幅に制限させる機能を持っている。これは制限させるというよりは、『私達の位置を把握しやすくする』の方が正しいわね」

「なら、あの『新型』はどうやって俺達を追尾してンだ?」

渦巻が訝しげに尋ねる。

「やつ自身の機能を使ってもサーチはできない。だから『新型』は細工を施した」

「細工って、装置に?」

「いいえ、この学園に」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

スケールが大きくて、霧斗の思考が停止しかけた。

しかし構わずにあすかは続ける。

「私達が利用した分は、周りのセキュリティが自然と補うようにできているの。『新型』はそのサイクルを利用したのよ。利用されて機能しなくなった分を修復する過程で、『新型』にだけ分かるような目印を残すようにね」

「だが、どうやって……?」

新型というアンドロイドにまだピンと来ていない松山は、それでも質問した。

「学園に干渉なんて、言葉でいうのは簡単だが、実際にはどこからどう手を付けるものなんだ?」

「技術の応用よ。特殊な装置でセキュリティを制御しているのなら、その機能を利用する事もできる。私達が機械類や銃器類でセキュリティに間接的な接触をしてしまった場合、セキュリティに干渉している装置がその接触を観測して演算する。あとはそれを繰り返すだけ」

簡単には言うものの。

実際、そのたった一つの策略のために、この学園の周辺では大規模な戦闘が起こり、地図が塗り潰されているのだ。

松山はごくりと喉を鳴らし、

「そこまで……たった一人の人間を捜すために、そこまでやるのか……?」

「こんなのは『新型アンドロイド』そのものに比べればサブの技術に過ぎないわ。あれだけの怪物を動かせるのに、どれほどエネルギーを使うと思う?」

サラリとあすかは言った。

「話を戻すわよ。『新型』は霧斗君を追うために、この学園の地中に形成された磁場を利用して作られたセキュリティに干渉している。私達がそのセキュリティに関与し、修復されるサイクルの過程で、自動的に目印を生み出していく訳ね。これによって、この学園のどこへ私達が逃げても『新型アンドロイド』は正確に追尾するようになる。ここまでは分かるわね?」

「それじゃ逃げようがねぇな……」

日村は目を暗くさせたが、あすかの調子は変わらない。

「セキュリティに接触して削られた力を補修するサイクルを相乗りしているとはいえ、『装置』の機能は常時休まず位置を特定している訳じゃない。敵だってコストについては考えているはずよ。だから、『装置』はほぼ等間隔で数十台設置されていて、交代に演算をしている。そんなイメージをしてもらった方が手っ取り早いわ」

「……、」

「私の推測では、およそ五〇メートルから一〇〇メートルごとに、地上に設置されている感じかな。セキュリティの範囲内に私達がいなければ機能しないけど、範囲内にいた場合はさらに精密な位置の誘導を行う。つまり」

「……地上に取り付けられた装置を潰してしまえば、『新型アンドロイド』の追尾機能は失われる?」

霧斗は呟いたが、

「でも、装置は等間隔で設置されているんだろう?だったら、新しい装置が作られたら、やっぱり『新型アンドロイド』の動きも修正されるんじゃないのか?」

「『新型』はそこまで万能じゃない」

あすかは適当な調子で、

「確かに装置を使ったこの学園への干渉は行われた。だけどそれは無限に続くわけじゃない。……もうリミットなのよ。新しい装置は作られない。だから、今ある装置を破壊してしまえばそれで良い。五〇メートルから一〇〇メートルの間隔で装置が設置されていると考えると、十中八九最後の装置はこの学園の駐車場辺りに敷設されているはずよ。そいつをぶっ壊せば、『新型アンドロイド』は素通りする。後は、どうせ無駄にハッスルしている狙撃班が安全にケリをつけてくれるわ」

敵の所持する装置。

学園の駐車場に敷設。

それさえ破壊できれば活路は見出せる。

「……、」

霧斗は己の右手に目をやった。
その拳銃を握った右手を、静かに、強く握りしめる。

周囲からは敵の目標だと言われている霧斗だが、彼本人はそれほどこの世界の事情に詳しい訳ではない。ここまでの規模で自分を捜し出す事にどれだけの価値があるのか、この学園を巻き込んで間で敵を倒すことにどれだけの意味があるのか。そういった事を具体的に導き出す根拠を持っていない。

だが。

それらの行動や結果が、この学園に、ALIVEのメンバーに危機をもたらす事ぐらいは分かる。
やるべき事は変わらない。

今がその時。

「一つ聞いても良いか」

「何?」

こちらを見たあすかに、霧斗は言う。

「仮に俺が今から全力疾走で学園から離れたとしたら、あの『新型アンドロイド』はどうなる?」

「通常だったら標的を確認できなくなり、大混乱に陥る」

少女は即答する。

「……ただし時間が時間よ。タイムリミットがあるといたでしょう?装置が学園に敷設されているとしたら、『新型アンドロイド』はあなたの位置に拘らずこの学園内を破壊しつくすかもしれないわ」

こんな状況化にも拘らず、あすかの口調は変わらない。

「そうか」

霧斗は、今度こそ明確に右手を握り締めた。

彼は握った拳銃に目線を下げながら、

「それだけ分かれば十分だ」

もう一度戦う時が来た。

違う。たとえ自分に力がなかったとしても、おそらく霧斗のやる事は変わらない。目の前で進行中の危機へ立ち向かい、その中心にある巨大な力に抗う。記憶を無くす以前の彼も、きっと同じ事をしていただろう。

そして。

力の有無など関係なのであれば、

「「待てよ」」

「待ちなさい」

遮ったのはALIVEの全員だった。

意思ならある。

霧斗に劣らないほど、彼らもまた幾度かの危機を乗り越えてきた。

詳しい話はともかく、雰囲気から何かを感じ取ったのか、マフラー少女の栞は爆睡状態の大村を掴んで抱き着きながらも、静かに頷いた。

その中で、日村は明確に言う。

「『新型アンドロイドと』と『装置』ってのがあすかの言った通りなら、俺達だって戦いに行く。それに、今日入団したばかりのメンバーに無理をさせる必要はねぇ。この辺りで、ちょっとずつでも戦闘員のすごさを思い知らせてもらうぜ」

「……、」

渦巻は何も言わなかったが、同意はしたようだ。

……実際にこのオペレーションの開始から霧斗一人の行動だけでなく、多くのメンバーが複雑に絡み合って霧斗を後押ししていた部分も大きかった。『記憶を無くした高校生』を、戦いの中心に立たせるほどに。その『後押しする力』の中にはここに入るALIVEの全員も含まれているはずだ。

しかし、少なくとも。

その力の一部分がここに集結しているという事実は、霧斗が今まで死なずに済んだ事に起因しているのだろう。

戦闘員リーダーの少女は両手に小太刀を握ると、瓦礫の山から一気に上へ飛び上がる。

日村達も上へ繋がる階段に向かいながら、薄紫の髪をした少年は振り返らず霧斗へ言う。

「お前はそこで待ってな。ちょっと頑張りすぎなんだよ」

足音がだんだん小さくなっていく。

霧斗はもう一度自分の拳銃を握った右手に目をやってから、小さく笑った。

別に彼らと手を組んだからと言って、本当に団結した訳ではない。
この世界に倒すべき相手がいたとしても、自ら進んで戦いに行く理由はない。

心の中で曖昧になったその意味を、霧斗が改めて考えさせられていた所で、あすかはあくびをしながらこんな事を言った。

「だけどまぁ、必要なピースがないと死ぬものは死ぬけど」

「くそっ!!やっぱり手放しにできねぇ!!」

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