小説『データ・オーバーアライブ』
作者:いろは茶()

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小鳥遊は荒れ果てた地面に足を付けた。

『大グランド』である。

めちゃくちゃに破壊し尽くされているためか、もはやグランドという概念は存在しない。上も下も赤と灰色の中間色のような色合いで、はるか上空にようやく見慣れた黒の片鱗が見える程度だ。

足元の感触は岩のようなものに近い。巨大な楕円の形をした『大グランド』は複数の原料がごちゃごちゃと組み合わせたもののようだ。地面の強度は各種の陸上競技専用に造っており、種類はバラバラであるが素材の傷み具合などは均一だった。どれも新しい。

有り体に言えば、『日本各地から最高品質の原料をかき集めて作った』ように見せかけるため、数種類の材料を大きな形に押し込んで作り上げたように見えるのだ。

「着地を確認!!これより『新型アンドロイド』の潜伏先へ向かい、微量の妨害電波に対する干渉を随時行います。具体的な数値の計算のサポートを!!」

小鳥遊の耳へ、即座に比沙子からの通信が返ってくる。

『了解。妨害電波の数値変動に応じで変化する学園内のセキュリティから演算して、電波の発信装置が一ヵ所の座標に複数集中していることが分かった。まずはその装置の一つを破壊して、通話状態がどれだけ回復するか確認を取ってくれ。きっと「新型」の方にもなにか大きなアクションが起きるはずだ』

小鳥遊は道を走り、かろうじて無傷の階段を駆け下がり、装置がある座標を目指す。

敵サイドにしても味方サイドにしても、途中で目立った人影のようなものと遭遇することはなかった。

(……着地時にも、武器や銃器などで妨害されることもなかった……?)

ただ、この学園があまりにも広いため、確信は持てない。別の場所に『新型』が隠れている可能性はあるし、迎撃用の武器は敢えて使わなかっただけかもしれない。

やはりパターンが読めない。

これだけ状況が悪化している中で、実際に戦場に足を付けているのにも拘らず。

その事が小鳥遊には不気味に思えた。

学園の駐車場へ続く階段はコンクリートでできた足場のようなものに似ているが、材質それ自体は他の物のようだった。飴細工のように、地面をねじ曲げて強引に階段を作り上げたようにも見える。

「私は屋上からの観察記録しかありませんが、やはり、敵は駐車場の『倉庫』を拠点にしているようですね」

『「新型」は長時間の戦闘に向かないタイプらしいな。「倉庫」は出力を補給させる、いわば本拠地のような役割を持っているはず。となると、「発信装置」は……?』

「おそらく、拠点である『倉庫』に設置されているものと推測されます」

『敢えて分かりやすいところに置いて、私達をおびき出すのが目的って訳か?』

「よほどの余裕がない限り、ここまで見境のない自殺行為な戦闘を望むアンドロイドがいると思えませんけどね」

おびき出すにしても戦うにしても、そこに合理的な狙いが見出せない。
当然、これだけ単純な戦い方には、実行に莫大なリスクがあるはずなのに。

そこに嫌な予感を小鳥遊は感じる。

狙いが読めない、という小さな事実が、何か大きな思い違いをしているかもしれない、という大きな不安を招き寄せているのだ。

「っ。……目的地に到着しました」

目の前の状況に、小鳥遊は強引にネガティブな思考を中断させる。

分厚いありきたりな天井に、ビル二階建てはある巨大な倉庫。彼女の立っている場所はやはりセメントで固め
たアスファルトが地面に広がっていた。

形こそアスファルトの足場に近いが、ここは『新型』の本拠地だ。しかも安全基準が通用するような敵ではないため、何か特殊な迎撃策が仕掛けられていてもおかしくない。小鳥遊は常に足元に気を配りつつも、周囲を見回す。

全長数メートルの巨大な立体型『発信装置』。

それが、倉庫を囲むように、地面に取り付けられていた。

『妨害電波の解除に必要な方式は未だ掴めていない。仮に表面にコーティングが使われている場合は、ミサイル弾で一斉に破壊する可能性も考慮しておいてくれ』

「『発信装置』事態は大型ですが、一つ一つ設置されている距離が遠いため、仮に装置が爆発したとしても、周りの『発信装置』まで誘爆する危険性は少なさそうですね」

小鳥遊は冷静に分析しつつ、

「むしろ巻き込まれるとしたら『発信装置』の周囲を取り囲むアスファルトの方でしょう。作業を終える前に退場するのは避けたい所です」

倉庫にしても駐車場のアスファルトにしても、すべては地面に設置された『発信装置』と繋がっている。仮に爆発が起きた場合、どの程度が巻き込まれるかは予測がつかなかった。最悪、足場を覆う地面自体が崩れ落ちる可能性もある。

小鳥遊は手近な出口……つまり学習棟へ繋がる階段をキープしながら、肩に置いた巨大銃器へ手を伸ばす。

正確には、何百発の小型ミサイルが収納された、漆黒のランチャーを。

「始めます。『新型』はどうなっていますか?」

『学園中央近辺、学習棟やその他の施設ともに反応がないな。ALIVEのメンバーも「新型」との接触は今のところないようだし、今のところは問題なしだ』

「それでは」

小鳥遊がそう呟いた直後だった。

『射発』。

チカッ!!と装填するための補充口と小型ミサイルの間が瞬くように光を放った。直後に小鳥遊と巨大な倉庫の間にある地面が勢いよく砕かれ、さらにその崩壊が一つの『発信装置』にまで及んだ。

炎が燃え上がった。

数十発の小型ミサイルを使った迅速な爆撃は、目の前にあるもの全てを破壊していく。
ただし、膨大な機械の残骸の落ち方には特徴があった。

一方向からの強風とは違う。

『発信装置』のあった場所を中心に、全方向へ飛び散るように無数の残骸が吹き散らされる。

「やはり爆発物のようなものが地面に取りつけられていたようです。ただし、これだけで『新型』の迎撃策が終わりなのかは分かりませ……っ」

言いかけた彼女の言葉が止まったのは、足元がわずかに揺れたからだ。

ほんの一〇センチほどの沈降。

だが、それは自分の足場を支える地面を一つずつ砕いていくような不安定さを小鳥遊に与えてきた。

『装置破損による通信状態の変化を確認。今までの無線器具の状態も回復の傾向にあるようだ。やっぱりその装置が妨害電波の元らしいな。装置を破壊する手順はそちらにモニタで送るぞ。作業自体は単純だけど、敵の行動を考えると時間の無駄遣いはできないからね』

小鳥遊の目線辺りに、いくつかの図面や数値が表示される。概ね、彼女が想像していたものと大差はなかった。違いは時間制限が多少シビアなところぐらいか。

「破壊するわけではなく、装置に穴をあけて徐々に機能を低下させていくやり方ですね」

『派手に破壊しすぎると、いざ予想外な出来事に手がつけられなくなるからな』

小鳥遊は自ら破壊した地面を避ける形で迂回しつつ、残りの『発信装置』へ突っ走っていく。

「……まずは一つ目」

小鳥遊は数十メートルサイズの巨大な機械の側面まで辿り着くと、ポツリと呟いた。

敵の一掃を徹底して作られた実戦でも十分通用する小型ミサイル。この装置に、手持ちの武器が使えるかどうかで今後の状況がかなり変わる。

『手始めに「発信装置」の側面を思いっきり撃ち抜いてくれ。表面がコーティングで強化されているから、いきなり穴をあけても内部の構造に対するダメージは少なくてすむ』

「装置の近距離でミサイルを発射させればいいのですね?対象と少し距離を取って攻撃するこの銃器にとってはかなり都合が悪い」

小鳥遊は装置の表面に巨大銃器の射発口を強引に押しつけ、容赦なく引き金を引いた。ッドン!という鈍い音が炸裂し、あっという間に直径数センチほどの風穴が開く。

『小鳥遊って、いつも容赦ないよね。アンドロイド爆撃したり、部位切り裂いたり』

「そうですか?思想的には珍しい物ではないですよ」

破壊された装置の側面から複雑そうな部品の全部分が顔をのぞかせていたが、ギジジジジ…と奇怪な音を立てながら青白い光を発しているのを見る限り、やはり故障はしていないようだ。

「とりあえず、装置の機能に支障はないようです。コーティングでミサイルが弾かれる恐れはなさそうですしね」

『開口確認…。設定値の機能の低下は今のところ維持できているな。無線状態もわずかだけど回復速度が増している』

「問題がある場合は連絡を。それでは、予定通りに作戦を継続します」

呟きながら、小鳥遊は足場から足場へと跳んでいく。

宣言通り、一つ一つの『発信装置』に銃器で適切に撃ち抜いていき、すぐに別の装置へと向かう。

『七機目の装置への干渉を確認!「発信装置」、機能が大幅に低下!!学園全体の無線状態に多少の誤差が生じている!』

「誤差の位置は!?学習棟と大型施設、どちらへ負担がかかっているのです!?」

『両方とも違う!現在、負担が一番大きいのは学生寮付近だ。今からじゃあ誤差を修正できない!!』

一機目の装置を破壊したのはわずか数分前の事だ。

小鳥遊が思っている以上に『発信装置』の機能の低下速度は速い。

彼女は七機目の装置へと急ぎながら、

「通信や無線状態に誤差が生じると何が起きるんですか?」

『負担がかかったエリアの無線状態に連動して、学園全体のセキュリティにも莫大なダメージを与えてしまう。つまり、私たちは何一つ連携が取れなくなっちまう訳だ』

小鳥遊は誤差の位置から頭の中で大雑把に場所を描き出し、

(……学生寮近辺)

徐々にその顔が青ざめていく。

(第二連絡橋も巻き込まれる可能性が高い!?)

「比沙子、緊急です!!『発信装置』の七機目に干渉し、うまく補正できる方法を考えてください!!」

『は?』

「学生寮くらいならともかく、第二連絡橋はまずい!!あそこにはあすかさんやALIVEのメンバーが大勢入る!仮に、『発信装置』がチーム全体の連絡手段を遮断させ、各班に孤立させるためのものだとすると、おそらく『新型』の標的は……っ!!」

その時だった。

ガリガリガリガリガリガリガリガリ!!という凄まじい雑音が小鳥遊の耳を打った。直後に、無線を使った科学的な通信が遮断される。

外部からの干渉。

明らかに先端科学を使った科学への妨害策。

(余計な事はしゃべらせない、という事ですか)

『発信装置』は一つのチームをバラバラに引き裂くための道具であり、通信を阻害するというのはただの前置きに過ぎない。そして、新型アンドロイドの目的は、ALIVEと言うチーム全体を一斉に攻撃するのではなく、強大すぎるチームを個別にして一つずつ確実に仕留めていくことだ。

合理的に言えば。

『人間』という敵を残さず殲滅しつくす事がこの世界のルールであり。
それを執行するのが人にあらざる者、アンドロイドなのだから。

(しかし、このピンポイントなタイミングでの妨害。遠隔地からこちらの情報を収集しているだけでは実行できないはず。となると……『新型』は、破壊されることを前提にしたこの『倉庫』周辺に出現している……?)

改めて身構える小鳥遊の耳に、妙な機械音が聞こえてきた。
クリスタルのグラスをぶつけるような、甲高い音。それが不規則に延々と続く。

音源は、

「前!?」

小鳥遊が気づいて後ろへ飛び下がるのと同時、つい一瞬前までたっていた足場へ、何かが現れた。

人間ではない。

体は白や灰色で染め上げられ、全長ニメートル以上の、破壊を徹底されて造られたアンドロイド。
それはまるで自分の意志を持って動く人間のように、小鳥遊へと向きを直す。

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