小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第3章】

【第一話 逃亡の聖職者】

 長く続いた林道を抜け、視界が開ける。フリッツ、ルーウィン、ラクトスの三人がいるのは小高い場所で、足元に広がる町並みにそれぞれ感嘆の声を漏らした。

 緑に囲まれた大きな街だ。真ん中に太い通りが一本とおっており、その左右に居住区がある。整然と白い壁が並んでいるが、ここから見るとちょっとした迷路のようにも思える。屋根だけは思い思いの色だが、それらは白に映えて美しい。道はすべて白いレンガが敷き詰められていそうだった。

 街の奥に、大きな白い建物が見えた。五本の塔が連なっているような形で、それぞれの高さは違う。その塔はフリッツたちから見て左手から順に高くなっている。パイプオルガンの管や木琴のような形をしていた。南大陸の人間なら誰もがその存在を知っている、有名なパーリア大聖堂だ。三人は南大陸で最も信仰されているパーリア教の総本山、白の街パーリアへと辿り着いたのだ。

 今までは冒険者たちが切り開いてきた林道であったが、すでにここからの道のりは白いレンガで足元が補正されている。しばらく階段が続いており、年寄りには優しくない造りになっているが、それもまた参拝者のありがたみを増す一つの理由となっているのだろう。

「すごいね。こんな大きな町、はじめてだ」

 フリッツたちはまだ肌寒い朝の空気を感じながら、長々と続く階段を降り始めた。

    




 長い階段を降りきってすぐ、街の入り口に立てられた観光案内の看板をフリッツは声に出して読んだ。

「景観の美しい女神の街、パーリア。別名、白の街。奥にはパーリア大聖堂があり、年中各地から巡礼者を集めてやまない。お土産に、パーリア饅頭はいかが? だって」
「宗教の街か。それならおれたちには関係ないな。よし、買うもん買ってさっさと」

 振りかえったラクトスは、いつのまにか隣にルーウィンしか居ないことに気がつく。今さっきまで看板を読み上げていたはずだった。

「あいつは?」
「あれ」

 呆れた声音でルーウィンは指を指す。ラクトスはその先に、数人の売り子に囲まれ、顔やら身体やらにペタペタと護符やらペナントやらを貼られているフリッツを見つけた。ルーウィンが駈け寄って腕を引っ張る。

「はいはい、この子はお金なんて持ってないからね」

 笑顔ですごんで見せるルーウィンに、売り子達は文句を言いながらも引き下がった。囲まれたフリッツを引きずってラクトスのもとへと戻ると、ルーウィンは腕を組んでため息をつく。

「まったく。目を離すとすぐこれなんだから」
「お前気が弱いの丸分かりだからな。押したら買ってくれるって思われるんだろ」

 実際正しいので否定は出来ない。フリッツは売り子たちにもみくちゃにされ、街に着いてそうそうに疲れてしまった。街のにぎやかそうな様子を見ていたルーウィンはラクトスに尋ねる。

「ねえ、この街すぐに出ちゃうの?」
「あのなあ、今さっきこいつがたかられかけたばかりなんだぞ。こんな街の入り口で。奥まで行って長居してると、服まで剥ぎ取られかねないだろ」
「いいじゃない、フリッツの面倒はあたしが見るから。ねえフリッツ?」

 フリッツは苦笑いを浮かべた。こういうときのルーウィンの様子は可愛らしいが、「うんって言えよ」の圧力が出ているので怖いことこの上ない。

 突然、通りから三人を目掛けて少女が駈けて来た。それに気がついたルーウィンが声をあげる。

「ちょっと、押し売りなら」
「隠してください!」

 言うや否や、少女はフリッツの後ろに隠れてしゃがみこんだ。その後を数人の男たちがやって来る。男たちは僧兵のようで、白い簡素な法衣に身を包み、らしくもなく裾をひっからげている。僧兵は辺りを見まわすと、わずかに悪態をついた。

「くそっ、見失ったか」
「もたもたするな、あっちを探すぞ」

 僧兵は、三人には目もくれずに散って行った。

「…行ったみたいだよ」

 男たちが去ったのを見届けて、フリッツが小声で後ろにいる少女に言う。少女は胸を撫で下ろし、三人の影から出てきた。

「ありがとうございます。助かりましたわ」
「大丈夫?」

 フリッツの問いに、少女は曖昧な笑みを浮かべる。ラクトスは走り去っていった男たちに向けていた視線を戻した。

「あいつら法衣着てたな。教会のやつらか。追っかけられるなんてあんた、なんか恨みを買うようなことしたんじゃねえの」
「わたくしに限ってそのようなことはありません」

 少女はよほど心外だったのだろう、思わず目を見開いて講義した。それからしばらく口をつぐんでいたが、なにかを決心したかのように顔を上げた。

「では、わたくしはこれで失礼します。ご無礼をお許しください。ありがとうございました」

 少女は服についた埃を払い落とすと、軽く会釈して踵を返した。
 フリッツが心配そうに少女の背中を見ているのに対し、ルーウィンとラクトスはなにごともなかったかのように話をもとに戻していた。

「ねえ、もっと見て行きたいんだけど」
「でも金がなあ。そろそろ心細くなってきたんだが。これもお前がよく食うせいだぞ」

 そのやりとりを聞いて少女はぴたりと足を止め、三人を振りかえった。

「あなた方、お金にお困りですのね。でしたらぴったりなお仕事がありましてよ」




 

 人の波を掻き分け、フリッツを売り子の奇襲からかばいながら、三人と少女は小さな茶店に入った。

「何頼んでもいいの? じゃあ、あたしこれね」

 少女に奢るからと言われて、ルーウィンは遠路無くメニューの「パーリア名物、天まで届けわたしの願いパフェ」を指す。気兼ねしたフリッツとラクトスは一番安いお茶だけにした。しばらくすると店員がふらふらとおぼつかない足取りでバランスを取りながら、四人の席に塔のようにそそり立つパフェを運んできた。その名に相応しい、まさしく天まで届きそうなほどのパフェで、ルーウィンは目を輝かせ、他の三人は圧倒された。
 三人の飲み物が運ばれ、店員の行き来がなくなり、少女は改まった様子で話し始めた。

「わたくし、尼のルダと申します。パーリア教現教皇の御息女、ティアラ様の使いで街に出てまいりました。先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 ルダは深々とお辞儀した。彼女は灰色の質素な修道服に身を包んでおり、白い頭巾を被っているため額が露になっている。いかにも神に仕える身らしい落ちついた様子だ。地味な色の服を着ていることもあり、その肌の白さが一層際立つ。灰色の瞳は憂いを含み、整った眉と小さな口元はきりりと引き結ばれ、どこか緊張しているようだ。少女というには相応しくなく、女性というにはまだ早い。

「それで、あんたはなにを頼みたいんだ」

 ラクトスは頬づえをついてお茶をすすった。

「端的に申します。わたくしは、次期教皇の任命式を取りやめにしたいのです」

 ラクトスは思わずお茶を吐き出しそうになった。フリッツも口をぽかんと開けた。ルーウィンだけは平然として、パフェを食べる手を止めない。

「教皇?」

 ルーウィンがスプーンを口に入れたまま聞き返す。ルダは頷いた。

「この街では、パーリア教皇がグラッセル公から自治権を賜り、教皇が中心となって街を治めています。南大陸のパーリア教信者をまとめ、かつこの街を治める権限を持っているのです。わたくしはその教皇の任命の儀式を、あなたがたの力を借りて邪魔をしたいのです」
「でも、どうしてそんなことを?」

 フリッツは困惑しながらも訊ねる。まさか目の前の清楚な女性からこのような過激な依頼が飛び出してくるとは思わなかった。しかし彼女は本気らしく、目が据わっていた。

「次期教皇候補のブルーアは教皇には相応しくない男なのです。まだ今は詳しいことはお話できませんが、わたくしはこの目でそれを見てきました」
「つまりあんたは現教皇の娘から頼まれて、そのブルーアとやらを退けるよう働きかけているわけだ」

 ルダは頷いた。

「それだけではありません。この任命式を阻止したあかつきには、ブルーアの悪事を暴き、彼をこの街、ひいてはパーリア教会から追放します。そこで、冒険者のあなたがたに依頼をしたいのです。わたくしの手助けをお願いできないでしょうか」
「断る」

 ラクトスは即答した。それを聞いてフリッツはほっとした。
 話を聞く前は力になりたいと思っていたフリッツだったが、この依頼内容は酷すぎる。一介の、しかも駆け出しの冒険者が、街の指導者の座を争うような揉め事に首を突っ込んで上手くいくはずがない。しかもそのへんの小さな村の村長の座ではなく、パーリア教皇の座を争っているのだ。いくらなんでも大事すぎる。
 ラクトスの返事でしゅんとうなだれてしまったルダに、フリッツは言った。

「ぼくらはまだ若すぎるし、経験も少ない。こういう大事なことはもっと熟練の冒険者にお願いするべきだよ」
「出来ないのです」

 ルダは視線を落とした。長いまつげが彼女の顔に影を作る。

「世の中、嫌なものですわ。お金、お金、お金! すっかり世の中に染まってしまった熟練者などには頼れませんわ。いつあの者たちにお金を掴まされて、わたくしを突き出すかもわからないのに」

 ラクトスはルーウィンからの視線を感じ「何だよ」と舌打ちした。
 フリッツはルダの言葉に納得した。彼女の意見は偏見であるとは言いきれない。実際、ギルドに集う冒険者達は腕っ節だけが自慢の粗忽者であることが多いのだ。不安定な職業ゆえ、金が多いほうに傾くのは当然だった。

「でも、どうしてあたしたちだったわけ?」

 パフェを食べるのに夢中だったルーウィンが、口の周りのクリームを舐めながら訊いた。ルダは涙目ながらに答える。

「決まってますわ。とっつきやすかったからです!」

 おそらくその言葉はフリッツだけを指している。ルーウィンは売り子達をことごとく追っ払っていたし、ラクトスは常にその目つきで近寄るなという意思表示をしている。いつでもどこでも穏やかな空気を漂わせているのは、どう見てもフリッツだけだ。

「なんだ、じゃあ話は早いな。おれは抜ける。お前らは助けてやれよ」
「何勝手なこと言ってるのよ、あんた」

 一人腰を上げたラクトスに、ルーウィンは下から睨みあげた。ラクトスはにやりと笑う。

「要するに、この尼さんはフリッツのとっつきやすさに惹かれて声を掛けたわけだ。でもって穀潰し、お前まさかこれ食っておいて協力しないわけにはいかないだろう」

 空になったガラスの器を指差され、ルーウィンは唸る。ラクトスはポケットを探って硬貨をテーブルに置いた。もちろん、自分のお茶代のみである。

「じゃあな」
「ちょっと! ラクトスはどこへ行くの」

 慌てるフリッツを尻目にラクトスはにやりと笑った。

「観光に」

 ラクトスはそう言うと、本当に一人で店から出て行ってしまった。
 あとにはフリッツとルーウィンと、依頼を断られてしゅんとしているルダ、そしてすっからかんになったガラスの器だけが残された。
 ルダはテーブルの一点を見つめ、涙が零れ落ちるのをこらえているようでもあった。他に頼る者もなく、助けを求められた教皇の娘にも合わせる顔がなくなってしまうのだろう。

 フリッツはルーウィンの様子をちらちと見た。腕と足を組んで椅子の背に持たれかかり、今さっき自分が平らげたばかりのパフェグラスをじっと見ている。おもむろにテーブルの隅に置かれた伝票を手に取り、金額に目を走らせると難しい顔をした。フリッツがひょいと覗き込んで、顔を青くする。今の自分たちの所持金ではまず間違いなく支払えない。
 青冷めたままフリッツがルーウィンを見ると、ルーウィンは苦笑いをした。

「…仕方ないわねえ」
「引き受けてくださるんですか? ありがとうございます!」

 歯切れの悪いルーウィンの返事とは裏腹に、ルダはたいへん嬉しそうに微笑んだ。


  

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