小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第3章】

【第十一話 女神召喚】

 ティアラが階段を駆け上がると、そこは儀式の会場だった。
 いつもの広場に少し高い舞台が設けられており、平屋建てがほとんどのパーリアの街を一望することができた。ティアラは突然視界が開け、眩しさに目を細める。
 舞台上にブルーアの姿を見つけて、ティアラは何も考えずに走った。儀式が今まさに始まろうとしていたところの乱入となり、会場は騒然となった。ティアラは頬を高揚させ、息を切らせてブルーアの前に立ちはだかる。ブルーアは禿頭の、体つきのがっしりした神官だった。今は儀式用の立派な法衣に身を包んでいる。
 ブルーアはおや、と呟き、さしてあわてた様子も見せずにティアラに向き直った。

「こんにちはティアラ様。今日は良い天気に恵まれ、わたくしは果報者です。
 御覧なさい、パーリアの街が白く輝き、天の蒼穹は女神様が与えてくださった贈り物だ」

 ブルーアに促され、ティアラは舞台上から観衆のほうを見た。観衆はざわめいている。皆ブルーアの儀式を一目見ようと集まった者たちだ。儀式の進行を妨げられたことで、観衆の中にティアラへの不信感が生まれようとしていた。
 それは大きな、生きた感情の塊だ。ティアラは思わず息を呑んだ。

「貴女がお姿を見せただけでこの騒ぎようとは。前教皇の人望もなかなかのものですな」

 ティアラは無理やり胸を張って、顔を上げた。

「ご冗談を。わたくしの存在を知っておられる方が、この中にいったい何人いるでしょう。
 それに良かったではありませんか。こんな中でわたくしたち二人の会話を聞ける方なんていませんわ。
 あなたにとっては、それが好都合でしょう」
「確かに。それで、どうなさるおつもりですかな?」

 ブルーアは不敵な笑みを浮かべる。ティアラはおかしい、と思った。
 聖水、神器、生贄。この三つが揃わなければブルーアが儀式を行うことができない。肝心の生贄であるティアラがこうして大衆の目の前に現れたことで、ティアラを生贄にすることはもうできなくなったはずだ。となると、儀式はもう執り行うことはできない。
 それなのにこの落ち着きようは、この余裕は、いったいなんだ。
 ティアラはその考えを打ち消した。今は目の前のブルーアに集中しなければ。

「あなたの教えについて行く人々がいるのも確かです。でもわたくしは、それをパーリアの名を騙って広めるのを見過ごすことは出来ません。父を死に至らしめようとする、あなたの所業をわたくしは認めません。
 ですから今から、あなたが教皇に相応しくないことを証明するのです」
「ほう、いったいどのように。まさかこの騒動の中、ここからお声を張り上げて演説でもなさるおつもりですか?」

 観衆のどよめきのなかから、ちらほらと怒号が上がり始めている。儀式が遅々として進まないことに腹を立て始めているのだ。ブルーアは笑った。

「聖水と神器はこちらの手にある。しかし生贄であるあなた様を失っては、下賎な我々にはもう儀式を行う術がない。残念ながら、今回の就任式は見送ることに致します。いやはや、貴方はなかなか侮れないお方だ」

 それは実質、ブルーアの敗北宣言だった。その言葉を、しばらくティアラは探っていた。しかし言われてみれば確かにそうで、ティアラが僧兵の手から逃げ仰せこの舞台に立ったときから、ブルーアは儀式を成功させる術を失っている。

「やけにしおらしいのですね」

 ティアラはブルーアの顔色を窺った。そこにはにこにこと余所行きの笑顔が張り付いているだけで、考えを読み取ることはできない。

「とんでもございません。その証拠に、皆の前のこの場を借りて、貴方様に神器をお返ししますよ」
「ここで、ですか」

 ブルーアはそろそろとティアラに近づいた。ティアラはその行動をいぶかしんでいたが、後ずさりしてはこちらの負けだと思った。言われるがままに神器を受け取るより他ない。

 ブルーアが神器を差し出し、促されて、ティアラの手に神器が収まった。たしかに本物だった。幼い頃から見てきた神器、そのものだ。それは笛だった。長さの違う小さなパイプが順に並べられている、ちょうどパーリア大聖堂と同じ形の笛だ。神器はティアラの両手にすっぽりと収まった。
 ティアラは困惑のまなざしで、ブルーアを見た。ブルーアは優しく微笑む。

「さあ、その神器を掲げてください。本当にこの神器が相応しいのはわたしではない。皆に知らしめるのです」

 ティアラは言われるままに神器を掲げた。日の光に反射して、神器はきらきらと輝いた。普段神器が一般に公開されることはなく、神器が掲げられていることを察した民衆からは歓声が漏れた。

 しかしその刹那、ティアラの手の中で神器が粉々に砕け散った。

 観衆から悲鳴が上がる。ティアラは何が起こったのかわからず目を見開いた。手の中の神器は砕け散り、欠片が頭から降り注ぐ。ティアラは目の前で起こったことが信じられずにいた。それを見て、ブルーアはにやりと笑う。
 直感でブルーアの仕業だと感じ、ティアラは目を見開いたまま半ば放心状態で呟いた。

「ブルーア。あなた、なんてことを」
「それはこちらのセリフですよ、ティアラ様。ご自分の置かれた立場がわかっていらっしゃらないようだ」

 観衆には、神器がティアラの手に渡り、彼女が掲げた瞬間に神器が砕け散ったように見えている。
 これは不吉だ、これは呪いではないのかという不穏な声が漏れ始め、ついにそれは欺瞞と畏れの入り混じった怒号になってティアラを襲った。

「神器になんてことを!」
「我々の女神を返せ!」
「いったいどうやって償うんだ!」

 様々な罵声の声が飛び交う中、ティアラは完全に追い詰められた。

 何千人もの怒号は、今やたった一人の少女に向けられていた。ティアラは思わず立ちくらみ、後ずさった。こんなに多くもの人間の負の感情のうねりを、一人で受け止めることはできなかった。
 ティアラの様子を見て、ブルーアは余裕の表情を浮かべる。

「さあ、どうしますかね。たった今、あなたはこの場に居る全員を敵に回しました。我々の大切な神器を破壊した、これは重大な背信行為ですぞ?」

 ティアラは今更ながら悟った。
 ブルーアは本物のティアラが逃げ出したことを知り、生贄が間に合わなくなったと報告を受けたときから計画を変更したのだ。儀式を成功させるのではなく、ティアラを陥れ、それを利用し目障りな現教皇率いる保守派を街から追い出すための算段を練っていたのだ。

 ティアラはその場に、魂を抜かれたように立ち尽くした。頭の中で、観衆の怒号が反響する。こんなふうに追い詰められるとは思ってもみなかった。
 思わずこの場から背を向けて逃げ出したくなる。しかし足元がすくみ、それも叶わなかった。

 どうしてこんなことになったのだろう? 
 自分はどうしたらいい? どうすれば…。

「ティアラ!」

 ティアラはその呼び声にはっとした。階段に、フリッツが這うようにしてそこにいた。ぼろぼろになって、肩で息をしている。その瞳に恐怖が浮かんでいるティアラを見て、フリッツは観衆の怒号に負けないように叫んだ。

「負けちゃだめだ! ぼくらは知ってるよ、きみがどんなにこの街のことを考えているか。パーリアのことを思っているか」

 ティアラは縋るような視線をフリッツに送った。フリッツはそれを受け止め、微笑んだ。

「大丈夫、きみは間違ってなんかいない!」
「この野郎、捕まえたぞ!」

 フリッツが言うのと同時に、彼の足元には僧兵が迫っていた。足を捕まれ引き摺り下ろされ、フリッツの悲鳴が聞こえた。あまりのことにティアラは息を呑んだ。しかし、フリッツは僧兵を振り払い、再び階段を這ってきた。

「頑張って、ティアラ!」

 そう言って、フリッツはまた姿を消した。もうティアラに声をかける余裕が一切なくなったのだろう。再び引きずり下ろされたフリッツを見て、ブルーアはわざとらしく祈る仕草をした。

「おお、愚かな。大きな力の流れに逆らうとは。あの少年を巻き込むなんて、ティアラ様、あなたはつくづく罪深いお人だ」
「…そうです。わたくしは、罪深い」

 ティアラは呟いた。

 ブルーアは教皇に相応しくない。彼を教皇にしてはいけない。
 自分の心の叫びと衝動を信じて突き動き、フリッツたちを巻き込んだ。所詮ティアラ自身は何の力も持たない、ただの小娘だった。
 囚われていた頃から、昔から、彼女は自分の無力さを恨んできた。呪ってきた。

 しかし、彼らはこんな自分に力を貸してくれた。
 自分は間違っていないと言ってくれた。

 力を貸してくれたみんなのために、自分を信じてくれた人たちのために、ここに立っている自分は、最大限の努力をしなければならない。

 怖がっている暇はない。

 ティアラは顔を上げた。その瞳には、揺ぎ無い意思と覚悟が宿っていた。
 ティアラはブルーアを見据えた。

「あなたは本当に女神パーリアに仕える者ではなかったのですね。あなたはあなたなりのやり方で、
 この街やパーリア教を豊かにしたいと、そう考えているのだと信じたかった。
 けれど、それも叶いませんでした」
「ほう、この状況で強がりですかな。あなたもなかなか図太いお方だ」

 ティアラの心が折れずに立ち直ったことをブルーアは察した。しかし、今更どうにかできるものではない。 観衆はティアラを不吉な者とし、女神の敵とみなしている。今更小娘があがいたところで、この観衆をどうにかすることなどできまい。ブルーアはたかを括った。
 ティアラはブルーアに向かって言った。

「聖水と神器は、本来力の足りない者でありながら、それでも教皇に相応しいとされる者を手助けする役割を果たしていました。しかし、あなたはこれらの助けを借りるに相応しくない人物です」

 ティアラはさらに声を張り上げる。

「しかし、わたくしがあなたに罰を与える権限はありませんし、それをしたいとも思いません」

 ティアラはおもむろに跪いて手を組んだ。祈りを捧げ始めたのだ。ブルーアはそれを見てにやりと笑う。

「やっと許しを請う気になりましたか。しかしあなたを許すのは天でも女神でもない、このわたしだ!
 さあ、わたしに向かって跪くのです! 保守派の人間の拠り所を、へし折ってやるのだ!」

 ティアラはブルーアの言葉に一切反応しなかった。今彼女には、この世の音は何も聞こえていなかった。
 彼女は信じた。自分を。自分を信じてくれた人々を。
 彼女は祈った。この気持ちが、思いが、祈りが。女神様へ、そして天へと届くよう。
 絶対的な集中力。それを全て、祈りに費やした。

 広場の噴水がぴたりと動きを止めた。
 最初は噴水の仕掛けが止まってしまったようだった。水面がゆらゆらと揺らめき、近くにいた者はそこにだけ風が吹いたのかと思った。次第に水面はぐらぐらと大きく波打ち始め、周りの者は地震が起こっているのかと勘違いしたほどだ。やがてその水面は一旦静かになった。

 そして次の瞬間、噴水の水は音を立てて勢いよく根こそぎ上空へと伸びた。

 水の塊が空へと向かうのを、いったいその場に居る何人が理解できただろうか。水の塊はからになった噴水から、観衆の頭上を飛び越えて飛んだ。その先には、祈りを捧げているティアラがいる。水の塊が、彼女を襲おうとしていた。
 危ないと叫ぶ者や、身を乗り出して見物する者、息を呑んでいる者。観衆の怒号は止み、視線はティアラ一身に集まる。
 ティアラはおもむろに立ち上がり、二言三言なにかを唱えた。それを聞いてブルーアは顔を青くする。

「お帰りなさいませ、女神様」

 ティアラは両手を広げて微笑んだ。
 観衆の前に姿を現したのは、もはやただの水の塊ではなく、水にその魂を宿した女神だった。







「驚いたな。あいつ、召喚師か」

 ラクトスが驚きに目を見開いた。フリッツは階段の下で僧兵に取り囲まれていたのを、追いついたルーウィンとラクトスが加勢して、なんとかその場をしのいだのだ。フリッツはその場に伸びたままだったが、観衆から歓声が沸きあがるのを聞いて、ティアラが上手くやれそうだということを察した。
 神器に矢を射かけた弓使いは、ルーウィンが逆に矢を放ったことですでに倒れていた。ティアラの邪魔をするものは、おそらく壇上のブルーア以外にはいないだろう。フリッツはほっと息を吐いた。

「召喚師ってそんなに珍しいの?」

 痛む身体を木の幹に預けて、フリッツはルーウィンに尋ねた。

「いままで旅をしてきても、召喚師に会う機会なんて滅多になかった。もっとも、召喚師はそこらのギルドを漁っても見つかるようなものじゃない。数が少ないのよ」
「召喚師ってのは秘密主義者が多くてな。それは歴史背景にある」

 ラクトスは続けた。

「モンスターの力は脅威だ。昔には神として崇められ、奴等の怒りを買わないよう奉っていた。そんな時代に橋渡しとして活躍したのが召喚師だ。だから召喚の術を知っている者は、かつての街の指導者だった家系か、祭司の家系に生まれた者くらいだろうな」

 フリッツはつい最近クリーヴの召喚魔法を見てしまっていたため、召喚師の希少さに実感が湧いていなかったのだ。

「今おれ達の目の前であいつがやってるのが、まさにそうだ。力ずくで忠誠を誓わせるものもいれば、その器量でかしずかせる者もいる。あいつはおそらく後者だ」
「じゃあティアラは、女神様を召喚しているってこと? それってすごいことじゃない?」

 フリッツは声を弾ませたが、ラクトスは首をすくめて見せた。

「そのへんの種明かしは、本人から聞くのがいいだろうな。とにもかくにも、お嬢さんの気が済むまではしっかりと働こうぜ」

 ラクトスは杖を掲げた。







 人々の前には、ゆらめく女神の像があった。大きな水の塊は、しなやかで、それでいて美しい女神の形をとっている。なんとも神々しい光景だった。
 女神を深く信仰しているものは涙を浮かべて手を合わせ、そうでない者も開いた口を閉めた後、目を瞑って祈りを捧げるのだった。そうして人々が一丸になって女神に祈りを捧げ終わると、あちらこちらで呟きが漏れ始めた。

「女神さまだ!」
「女神様が降臨なされた!」
「おい、どうなってるんだ。女神様を呼ぶ術は、次の教皇様しかお使いになれないはずだぞ」
「今女神様をお呼びしたのは、あの神器を壊した小娘じゃないか!」
「では、ブルーア様が儀式を遂げられたのではないということなの?」

 再び、人々がざわめき始める。ティアラはふわりとした風を感じた。

「女神様は」

 ティアラが一歩進み出る。辺りはしんと静まり返った。ティアラの声は風に乗って広場全体に行き渡った。 それはラクトスの魔法の風のおかげだった。ブルーアは目の前に現れた女神に腰を抜かして口も利けず、舞台の隅のほうであわあわと言っている。その様子をちらりと見て、ティアラは微笑んだ。

「あなたにも女神様を信じるだけのお心はあったのですね。ほっとしました」

 ティアラは人々に向き直った。皆一様に、目の前の少女が口を開くのを待っている。
 ティアラは息を深く吸い込んだ。
 
「女神様は、あまり長くはここに居られません。この世に、留まってはいられないのです。ですからこうして、聖水に身を寄せておられるのです。皆さん、わたくしの話を聞いてください」

 ティアラは自分の胸に手を当てた。

「己の罪を認め、他人を赦し、優しく労わることは善です。しかし現状は違います。
 実際は、他人を許すことで自分を甘やかしている。あなたは何も悪くなかった、だからわたくしのこともなかったことにしてください。
 免罪符というのは、つまりそういうことです。これによってわたくしたちは、相手の思いを貶め、自分すら虐げている。それが本当は何を意味するのか、わからずに」

 人々はどよめいたが、ティアラの言葉を遮るようなことにはならなかった。免罪符が何のことだかわからず首をかしげている者もいれば、顔を青くして祈りを捧げる者もいる。
 その反応を見るに、免罪符の浸透具合は半々といったところだった。
 ティアラは壇上からそれを見つめた。

「僧侶、ブルーア様はこのパーリアを豊かにしてくださいました。僧兵も増え、みなさまは安心してお仕事ができるようになったことでしょう。その意味で、彼の功績は大きかったといえます」

 ティアラは、免罪符とブルーアの繋がりを暴露することはしなかった。しかしブルーアは相変わらず震えている。いつ自分の罪を吐露されるかと、内心恐ろしくてたまらないようだった。
 免罪符のこと、神官たちを投獄したこと、ティアラを長い間幽閉したこと、そして現教皇を亡き者にしようと暗躍したこと。ブルーアの罪はいくらでもあり、ティアラはそれを遠慮なく白日の元へと曝け出せる立場にある。
 しかし、ティアラはそれをしなかった。

「わたくしは寂しいのです。かつての女神の都、パーリアを知る者として。
 失われつつある信仰が、皆様の真心が消えてしまうのが、たまらなく寂しいのです」

 自分はこの現状に石を投じ、ただいたずらに波紋を広げただけなのかもしれない。
 その波紋は、はじめのうちは小さくても、次々と水面に伝播して広がっていく。
 しかし投じられた石が水の底深く沈んでしまうか、あるいは誰かの手で拾い上げられるか。

 それは自分だけでなく、この街の人々にかかっているのだ。

「少し、思い出してはいただけないでしょうか。女神様に祈りを捧げていたあの頃を。
 かつての、本当のパーリア教の教えとはなんだったのかを、今一度思い出していただきたいのです。
 今を責めているわけではありません。ただ昔気質のわたくしは、少し寂しく感じられるのです」

 ティアラは空を仰いだ。

 高い塔のてっぺんで暮らしていた。この街で最も高く、ある意味神に最も近い場所。けれどもいくら手を伸ばしても、それが天窓に届くことはなかった。小鳥が自由に行き来する空は目の前にあるというのに、ティアラには掴むことが出来なかった。

 ティアラは驚いていた。空はこんなにも大きいものだと、生まれて初めて知った。ずっと窓に切り取られた風景しか見てこなかった。しかし空は人間の作った枠にすっぽりとおさまるようなものではなかった。
 自分たちはなんてちっぽけで、愚かで、そして愛おしい生き物なのだろう。

「女神様は、いつでもあなた方を見守っていらっしゃいます。己の信じるままを、祈り、健やかにあれ」

 ティアラは微笑んだ。

「あなたがたに、女神の祝福を」

 ティアラは人々に向かって、深々と頭を下げた。そしてブルーアのほうへと歩み寄った。今のブルーアには他人を害するほどの力がないと、ティアラは悟った。
 震えるブルーアをその場に残し、ティアラは静かに立ち去った。



 いつの間にか、女神は消えていた。



 人々はしばらく、水を打ったかのように静まり返っていた。

 しばらくすると、誰かが手を叩いた。
 街角に土産屋を構える彼女は、女神の姿が見られたことに、そして少女のパーリアを想う心に、拍手を送った。やがてまばらにぱらぱらと鳴っていた拍手は、あちこちでじわじわと広がり、人々からは徐々に歓声が上がった。

 そしてその日、パーリアの街は久方ぶりの女神の降臨に湧きに湧いたのだった。




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