小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第4章】

【第五話 トーナメント二回戦】

 二回戦当日。フリッツは張り出されているトーナメントの表を見上げた。

 思えばエントリーの際は無理やり引きずられてきたため、大会の規約や規模をきちんと理解していなかった。昨日も昨日で初戦のための緊張で、自分が誰と戦うかを確認することなく本番を迎えたほどだ。
 参加者の数はざっと約160人。フリッツの名前もそこに加えられている。トーナメントは勝ち抜きで全五試合。というのは、あまりに参加者が多いため、トーナメントは五つの山に分かれて行われているのだった。自分の名前の登録されたトーナメントで一位に上り詰め、さらにその強者五人で真の優勝者を戦いによって決めるという、なんとも気の遠くなるような話だ。

「これだけの人数の頂点に立たなきゃ百万ラーバル出ないなんて、絶対無理だよ」

 フリッツは正直に弱音を吐いた。現実問題、どう考えてもそれは無理がある。そんなフリッツに、ティアラがすかさずフォローを入れた。

「最初から諦めたらだめですよ、フリッツさん。160人のてっぺんだと思うからいけないんです。実際に戦われるのは一つのトーナメントでたったの五回ですよ」
「うーん、そう考えれば。って、違う違う。その後もまだ先があるじゃないか」

 つい騙されそうになってしまった。しかし、ルーウィンも口を挟む。

「でもとりあえずは、一つのトーナメントで優勝すれば賞金はでるわよ。四の五の言わず頑張りなさい」

 ルーウィンがフリッツの肩を叩いた。ラクトスも続けてフリッツの背中を叩く。

「じゃあ、おれら客席行ってるから。今日も頼んだぜ」
 
 三人は客席のほうへ移動し、フリッツはその場で再びトーナメントの票を見上げた。
 やはり、優勝にはほど遠い。そもそも初戦で勝てたというだけで、昨日はずいぶんと浮かれてしまった。気を引き締めなければと、フリッツは自分に言い聞かせる。

「でもやっぱり、無理だよなあ」

 とりあえず、今日の試合には全力で臨むつもりでいるが、その先のことは想像がつかなかった。フリッツが再びトーナメント票に目をやると、三試合目からはシードが何人か参入してくるようだった。初戦と二回戦の出場を免除された、選ばれし強者たちだ。
 しかし何気なくやった視線の先の、シードの名前にフリッツは目を見開いた。フリッツの参加しているトーナメントとは別の山で、フリッツが限りなく優勝に近くなるまで対戦することはないが、どうにも目を引いてしかたがなかったのだ。


 そのシードの名は、『アーサー=ロズベラー』


 フリッツは首を横に振って考えを打ち消した。しかし、やはりどうにも気になってしまう。 
(まさかね。そんな簡単に、兄さんが見つかるわけがないよ)

 明らかに考えすぎだった。自分でもわかっていたが、フリッツはそこから目を離せないでいた。
 その『アーサー』がフリッツの兄である確証はどこにもなかった。兄であるアーサーはグラッセルで働いているはずであるし、兄の名前はそう珍しいものではない。姓も名もありふれた、ごくごく普通の名前だった。 試しに表全体に目をやると、アーサーという名は他に何人も存在している。フリッツと同じ名も数人おり、名前が同じ人間など世の中にいくらでもいるのだとフリッツは思った。
 
 なにが引っかかったかといえば、その『アーサー』がシードであるということだ。もしかしたら、万が一にも、この『アーサー』が自分の兄である可能性はないだろうか? 
 両親のあの絶望的な様子を考えてみると、兄が仕事を辞めてしまった、ということも考えられなくはない。そうであれば、この街にいてもなんら不思議はない。そうでなくとも、グラッセルからはるばる腕試しに大会に参加しているとも限らない。

(今日の夜にやる試合なんだ。観に行ってみようかな…)

 しかしその前に、肝心のフリッツの第二試合が控えている。
 選手の召集をかけられて、フリッツは控え室へと向かった。







 ルーウィン、ラクトス、ティアラの三人はなんとか空いている席を見つけて座った。
 昨日の試合とは違い、この日の観客席は多くの人でひしめいていた。皆思い思いにくつろいだり、食べ物をつまみながら観戦したり、必死に応援したり、野次を飛ばしたりしている。遅くに入ってきたので前日のように最前列での観戦は叶わず、後ろから数えたほうが早いくらいの席しか空きを見つけられなかった。

「今日はさすがに込んでるな。ここからが、観客どもの娯楽になるレベルってところか」

 他の観客たちを押し避けて、なんとか三つの席を確保したラクトスは腰を下ろした。

「こんなに遠くですと、フリッツさんに応援の声が届きませんわね」
「さすがにここから声張り上げて応援する勇気はないわよ」

 この日も照りつける太陽に対抗すべく、ルーウィンたちはそれぞれ片手に飲み物を持って観戦に臨んでいた。ラクトスはルーウィンに尋ねる。

「で、あいつは今日も昨日と同じ装備でいくわけだ」
「まあ、あれが一番いいって言うんだから仕方ないわね」

 軽装備は心もとないが、その分身軽に動ける。木製の剣は相手を傷つけることなく、戦いに集中できる。フリッツがそれがいいと言うのだから、無理強いすることはできなかった。

「問題は、フリッツが勝てるかどうかってことだけだな」
「なんなら賭ける?」

 ラクトスの呟きに、ルーウィンがにやりと笑った。

「あら。お二人ともが同じ対象に賭けてしまっては、意味が無いのではないですか?」

 ティアラがそう言って、ルーウィンとラクトスは顔を見合わせた。
 戦っていた選手たちがリングを去り、フリッツの二回戦が始まろうとしていた。







 フリッツはリングに立った。この日は思ったほど緊張していなかった。
 前日で緊張を使い果たしたのだろうか。観客たちがあまりに多くひしめいているため、なんだか頭の上のほうが騒がしく感じるが、それだけだった。
 客席とリング上は別世界、そんなふうにも思えた。

「はじめっ!」

 試合が始まった。

 フリッツは身構えた。相手も身構える。
 フリッツは待った。相手も待った。

 どうやら向こうも同じ考えらしい。こちらの動きを、出方を待っているのだ。こういう勝負はたいてい動いた方が負けてしまうというセオリーがある。動揺を見せたら負けなのだ。いわば精神の戦いといってもいい。
しばらく相手との根競べになった。フリッツもそれを受けてたった。
 しかし、それはそう長くはもたなかった。緊張はないものの、時間が経つにつれフリッツは別のことに気を取られはじめた。
 観客席の雰囲気である。

(ぼくたちがどっちも動かないから、展開が遅くてみんな怒ってるんだ)

 ちくちくと刺さる視線が痛い。ただざわついていただけの客席から、ちらほらと不満の声が上がる。
 次第に「早くしろー!」「なにやってんだ!」などの怒声に変わり、フリッツはちらりと相手の様子を覗った。
 相手はまったく動く気はないらしい。なかなかに肝の据わっている人物だ。
し かし、いつまでもこのままこうしているわけにもいかない。どう出ようかと考えていたその時、フリッツの真後ろに客席から空きビンが飛んできた。派手な音を立ててその場で割れる。

「うわ!」

 突然の襲撃に驚いたフリッツは、小さく悲鳴を上げてそのまま走り出した。観客の圧力に耐えかねたフリッツは、もう動きを止めることなど出来ない。

 フリッツは相手との距離をつめ、剣を振った。相手はそれをそつなく受け止める。少し驚いているようだが、それは木で出来た剣を見たためだろう。フリッツは続けざまに斬り込んだ。
 次第に相手をリングの隅に追いやる。何度か当たったが、さすがにそれだけでは倒れない。しばらくすると、相手はこちらの太刀筋を見極めたようだ。渾身の力で振り降ろした刃を受け止められ、フリッツは跳び退った。

「今度はこっちの番だ!」

 そう叫んで、相手が剣を振り上げた。フリッツは護りの体制にはいる。相手の剣さばきはなかなかのものだった。しかし、わずかに無駄がある。フリッツはそこを突こうとしたが、護りが固く、なかなか上手く行かない。続けざまに突きを繰り出され、今度はフリッツが追い詰められる側になった。
 
 防戦一方になってしまったフリッツだったが、後ろに下げた足元に違和感があった。
 相手はいよいよ本気になった。端に追い詰められ、フリッツのリングアウトまであと少しである。

 相手は大きく一撃を繰り出した。フリッツはそれを受け止める。ここまで来れば相手も必死だ。力ずくでフリッツの剣をねじ伏せようとする。
 フリッツの口から笑みが漏れる。相手が不信に思ったときには、もう遅かった。
 フリッツはその力を緩め、するりと身をかわした。力んでいた相手は支えを失い、そのまま前のめりに体勢を崩す。刹那に後ろへ回り込んだフリッツは、相手の背中を軽く木刀で押してやる。

 完全にバランスを失った相手は、そのまま顔から地面へと突っ込んだ。

「リングアウト! 赤の勝ち!」

 リングの外では、地面に膝をついた相手が悔しそうに拳を打ち付けた。
フリッツはそれを横目で見ながら申し訳なく思い、この日もなんとか勝てたことにほっと胸を撫で下ろした。








 試合を終えたフリッツは、ひとまずルーウィンたちと合流しようと、人ごみの中に見知った姿を探した。
 しかしそう簡単には見つからない。これから試合を控えた選手や応援する人々で広間はごったがえし、とてもルーウィンたちを探せるような状況ではなかった。
 背後から伸びた手に肩をつかまれ、フリッツは驚いて小さく声を上げた。
 
「きみ、凄かったね。さっきの戦い」

 振り返ると、見知らぬ男たちがニヤニヤしながら立っている。フリッツよりも少し年上で、皆一様に軽い印象を受ける。派手な格好をした人たちだった。

「はあ」

 フリッツは気の抜けた声しか出なかった。身体はそんなに疲れてはいないが、人ごみなのかに一人というのはなんとなく気疲れするものだ。男はそんなフリッツにかまわず話を続けた。

「さっきのやつ、けっこういいセン行くだろうって話だったんだぜ。それがこんな最初から倒されちゃって大判狂わせだよ。どうだ、勝利の乾杯といこうじゃないか!」

 馴れ馴れしく別の男が言った。フリッツの眉尻は情けなく下がる。

「すみません。知らないひとに着いて行くなって言われてるので」
「堅いこと言うなって! こういうのは無礼講だぜ」

 肩に腕を回され、強引に連れて行かれそうになる。
 明らかに怪しいのだが、フリッツにはこれが都会人の慣習であるのか、心からの善意なのか、それとも社交辞令で本来は断るべきものなのかを決めかねていた。すぐにでも断りたかったが、それで相手の気分を害してしまっては善意であった場合に申し訳ない。
 どうしようか考えている間にも、フリッツはずるずると連れて行かれそうになってしまった。

「フリーッツ」

 背後からドスの効いた低い声が響いた。

「ラクトス!」

 馴染み深い声にフリッツはほっとする。いつのまにか、後ろにはラクトスが立っていた。

「悪いな。こいつは本日の買いだし当番なんだ。連れて行かれちゃ困るんだよ」

 ラクトスは凄みのある目つきで男をにらみつけた。男たちはしばらくブツブツとなにか相談をしていたが、彼らはすごすごと立ち去った。ラクトスは鼻息も荒く吐き捨てる。

「あんまり一人でうろうろするなよ。分りやすい奴らだな」
「なにが?」

 フリッツは首をかしげる。

「まあ、お前がボコボコにされるかもしれなかった、ってことだ」
「えっ、なんで?」

 フリッツは目を見開いた。間違っても、さっきの人たちから恨みを買うようなことはしていないはずだ。ラクトスは指を三本立てた。

「理由の推測その一、明日お前と当たる奴に雇われた。その二、昨日お前とあたったやつに雇われた。その三、賭けを狂わされたんで、その腹いせ」
「…結局どの理由でもぼこぼこにされるんだ」
「ま、そういうことだ」

 落ち込むフリッツにラクトスは淡々と言ってのける。
 都会は怖い。人間という魔物の棲む場所なのだと、フリッツは恐ろしさを再確認した。

「あ、先言っとくけど。おれ見た目ほどケンカ強くねえからな」
「そうなの!」

 その言葉にフリッツはショックを受けた。てっきり得意な方かと思っていたのだ。

「ってか、したことねえんだわ」
「そっか。相手が逃げていっちゃうんだね…」

 実は結構アテにしていた。見掛け倒しとはまさにこのことだ。不戦勝のラクトス、とでもいうべきか。
 ケンカが出来ないくせにやたら周りを睨む癖は、注意しておかなければならないとフリッツは肝に銘じた。

「ルーウィンとティアラは?」
「ティアラの新しいブーツ買うって、さっき二人で出て行ったぞ。用事がないなら、まっすぐ宿に行くんだな。おれはまだ用がある。いいか、くれぐれも寄り道なんかしないように」
「言われなくてもそうするよ」

 一緒に人ごみを抜け、それからラクトスが建物の中に消えて行くのを見送った。

 フリッツの気になる『アーサー』の試合はその日の夜だった。まだずいぶんと時間に余裕がある。このまま闘技場に残って時間を潰しても良かったが、一人でいればまたやっかいなことに巻き込まれかねない。
 やはり言われたとおり一旦宿屋に帰って、夕飯を食べたら出直そう。フリッツはそう思い、宿屋に向かって歩き出そうとした。

「きみ、凄かったね。さっきの戦い」

 フリッツは嫌な予感がした。ついさっき、同じ言葉をかけられたばかりだ。
 恐る恐る振り返ると、さっきとは違う男たちがそこにいた。

「あんまり番狂わせされると、困っちゃう人間がいるんだよなあ。明日は負けてくれるって約束してくれたら、嬉しいんだけどなあ」
「さっきの試合のお祝いに、なにか奢ろうか。お兄さんたちとちょっと話し合いしないかい?」

 今回はあからさまだった。五人ほどのガラの悪い若者たちに囲まれ、フリッツは闘技場の入り口からじりじりと裏通りのほうへと追いやられた。

「あの、ぼく、ちょっと…」

 言うや否や、フリッツは背を向けて走り出した。話が通じる相手ではなさそうだ。
 お約束のように「まてーっ!」と男たちが追いかけてくる。フリッツは必死になって逃げた。

 そしてフリッツは、大変な鬼ごっこに付き合わされる羽目になる。その鬼ごっこは翌朝の明朝にまでもつれこみ、とんでもない持久戦に持ち込まれた。
 当然、目当ての試合など観れるわけもなく、フリッツは夜通しクーヘンバウムの街を駆け回ることになった。








 それはまるで、剣舞だった。

 クーヘンバウム闘技場での、第三回戦。
 ほっそりとした三日月が紺碧の空に白々と浮かび、闘技場はまるで別世界のようだ。煌々と松明が燃え、影が妖しく躍る。そしてリング上では、刃と刃がぶつかり合う硬質な音が響いていた。

 しなやかな身のこなし、唸る剣。ロズベラー流の長いソードを、『男』はまるで自分の右腕のように扱った。

 『男』の対戦相手である一昨年の元チャンピオンは、はやくも彼に対して畏怖の念を抱いていた。
 元チャンピオンは、今回のトーナメントで自分がシードに選ばれなかったことにかなりの驚きと、そして悔しさを抱いていた。初戦と二回戦の対戦相手など児戯に等しく、その気迫と剣の腕で、一瞬にして決着をつけてきた。

 元チャンピオンである自分にぶつけられる、大会では無名のシード。
 いったいどんな奴が現れるのか。単純な興味が湧いた。軽く遊んでやろう、そして自分の名を再び世に知らしめてやろう。そんな意気込みで、準備万端で挑んだ相手だった。

 それがどうだ、この有様は。

 今や元チャンピオンは肩で息をし、額から汗を滝のように流し、かなり消耗している。元チャンピオンは、その『男』の剣を受け止めるのに精一杯だった。しかし、彼も善戦したといえよう。この『男』を相手に、数分保たせることができたのだから。

 しかし『男』を愉しませることは出来なかった。
 『男』は始終無表情で剣を繰り、息を乱すことなく、汗を一粒も落とさず、その瞳は一度も感情を映し出すことがなかった。元チャンピオンの繰り出す鋭い切り込みを危なげなく受け止め、それを返す。

 観客には、レベルの高い手に汗握る一戦が繰り広げられているように見え、二人の刃がぶつかる度にどよめきと歓声が沸き起こる。
 特別席でその一戦を肴に、優雅にワインとカナッペとおしゃべりを楽しんでいた金持ちも、ついグラスを持ったまま口を開けてその戦いを食い入るように見つめる始末だった。

 元チャンピオンは自身の全身全霊をかけて、戦いに望んでいた。
 しかし一心不乱に戦っていた彼だったが、ふと相手と自分とを、比べてしまった。自分はこんなに必死になって、そしてもうボロボロだ。周りにそうは見えなくとも、元チャンピオンにはもう余力などなかった。
 対して目の前の『男』は、どうだ。ただ、剣を構えているだけ。戦いが始まる前と、なんら変わりのないその姿。

 元チャンピオンは、そこで大きな間違いを犯した。恐れを抱いてしまった。
 こいつに力の底はあるのか。こいつは本当に自分と同じ人間なのか。

 そしてそこで気づいてしまった。
 自分は、この目の前の男にはどうあがいても絶対に勝つことが出来ない、と。

 『男』の真っ暗な瞳に、元チャンピオンのその恐怖が映りこんだ。



 一閃。




 あまりのことに、会場は静まり返った。元チャンピオンは、鮮血をほとばしらせその場に崩れ落ちた。
 女性の客たちからは甲高い悲鳴が、男たちからは驚きの声が漏れる。リングに控えていた救護班がざわつき元チャンピオンが搬送されると、リングには血溜まりと、剣を持て余した男だけが取り残された。

「ブ」

 実況者の唇が動いた。

「ブラボー!! 圧倒的な強さ、しなやかさ、そして美しさ!! 今年の優勝候補の一人、前々大会のチャンピオンを軽く手玉に取り、見事な圧勝だーっ! 
 彼はもはや、鬼神。そう、鬼神が今ここに、この時代に現れましたーっ!!」

 実況者が叫ぶと、会場からは割れるような拍手と歓声とが送られた。魅せられた観客たちは、思わずその場で立ち上がり声援を送っている。
 元チャンピオンが瀕死の重傷を負ったことなど、客たちにはもはやどうでもよかった。生きているか死んでいるかなど、どうでもよかった。
 今目の前で、男の剣技を見られたことに感動し、新たなる王者の資格を持つ者が現れたことに興奮している。

 それは『男』の放つどうしようもない異彩と、観客の求める狂気の融合。

 その異常な波の中で、ある観客は呟いた。
「でもさあ。確かにかっこいいしすげえ強いけど」

 その連れの客も、頷いて同意する。
「もしあんな奴が悪者だったら、ちょっと困るよなあ。試合に収まってるからいいんだけどさ」

 寸分の隙もない、圧倒的な勝利。

 見事勝利を果たしたシードの『アーサー』は、沸きに沸いた観客を一瞥することなく、リングに一礼することもなく、剣の血糊を振り払って、静かにリング上から姿を消した。





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