小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第6章】

【第九話 グラッセル兵隊突入】 

 フリッツは、広間の床に何かが描かれているのを見つけた。今いるこの位置からでなければ、見落としてしまっていたかもしれない。

(…あれは?)

 フリッツは描かれている文様に目を凝らした。地面に大きな魔法陣が描かれている。その脇に鉄格子の檻があった。少女たちが入れられている。おそらく今まで街から攫われてきた少女たちだろう。
 少女たちが捕らえられている檻の横に、その魔法陣はあった。かなり大きなもので、小さな家が二軒ほど入りそうな大きさだ。幾つもの円が描かれており、複雑な記号が絡み合っている。中心に五芒星が描かれ、その五つの頂点にはまた円が描かれている。人一人が丸まって入れるほどの大きさだ。
 フリッツは、捉えられている娘たちの中に見覚えのある所作をする娘を見つけた。

(ティアラ!)

 フリッツは思わず拳を握り締めた。そして唇を噛む。遠目ではっきりとは断定できないが、ティアラでほぼ間違いないだろう。ここからでは何も出来ない。
 白昼の城下襲撃で攫ったのは女王の影武者だとわかり、捕らわれたのだろう。敵に逆上され、その場で斬って捨てられるよりは幾分かましだ。ティアラはややぐったりとしている様子で、手足の自由は奪われているが、目と口は塞がれていなかった。ティアラよりも前に街で攫われてきたであろう娘たちが、同じように牢屋の中に閉じ込められている。ティアラは時折、がんばりましょう、必ず助けが来ますと、少女たちに声を掛けているようだった。
 ティアラの居場所はわかった。
 しかし問題は、どうやって彼女を助け出すか。階下には男たちが大勢いる。
 突然、階下がバタバタと慌しくなった。

「敵襲です! グラッセルの者共にこちらを嗅ぎ付けられました!」

 伝令が大声で叫ぶと、男たちはそれぞれ作業の手を止めた。

「あら。飛んで火に入る夏の虫。さっきのあの子の後でも尾けられてきちゃったかしら。まあ、こんな事態も計算のうちだけど」

 声の主は先ほどの女のようだった。フリッツは見ることが出来なかった女の顔を見極めようとしたが、さすがに今いる位置が高すぎてぼんやりとした輪郭しかつかめない。

「グラッセルの精鋭部隊と、うちの戦闘集団。平和ボケしたチャンバラごっこ集団と、一介の賊。どちらが強いのかを測れる、またとないチャンスじゃない。総員、入り口を固めなさい。好きにして構わないわ」

 女がそう命じると、男たちはその場で敬礼をした。まるで王宮の軍隊のような、洗練された統一感だった。男たちはそれぞれが各々武器を手に取り、流れるように通路の方へと消えていった。少女たちの捕らえられている檻の付近に見張りの者だけが残り、大多数の人間はいなくなった。指示を出していた女も、一緒にこの部屋を出て行ったようだ。
 閑散とした広間を見て、フリッツは安堵のため息をついた。

(思ったより到着が遅かったじゃないか…! ああ、ハラハラした)

 王宮の兵士たちが真正面から迎え撃てば、もう怖くない。あちらは任せて大丈夫だろう。フリッツが危険を冒し、心を折って女王に扮した甲斐があったというものだ。
 しかし、安心している場合ではない。囚われた娘たちは、未だにそのままだった。王宮の兵士が早くここまで辿り着いてくれればいいのだが、万が一その前になにかが起こりそうならば、フリッツが行動に出るしかない。しかしそれにはリスクが大きすぎる。

(…動きがあるまで、階下で身を潜めよう)

 事が起こる前に兵士たちがこの場に辿り着いてくれることを、フリッツは一心に願った。








 地下王宮への入り口にて。
 隊長はグラッセルの国旗を掲げた。六枚の翼の意匠が、大きくゆっくりと回される。

「これ以上賊に好き勝手させるわけにはいかない! 我らがグラッセルを護るのだ!」

 隊長が叫ぶと、後ろの兵士たちが口々に声を上げた。剣士に弓使い、魔法使いに治癒師と、グラッセルの選りすぐりの戦士たちだ。それぞれが隊を成し、日頃の鍛錬の成果を存分に振るおうと奮い立っている。普段はのほほんと日々を送っているようで、しかしそこはさすがに歴史のある王国だった。有事の際にはすぐに対応できるよう、一流の戦士を揃え、出動させる準備は出来ていたのだ。
 その後方に、ラクトスとルーウィンも控えていた。隊の先頭で旗を振り、味方を鼓舞していた隊長が最後尾へとやってきて、ラクトスとルーウィンのもとで足を止めた。

「相手もかなりの勢力が予想される。数と力のぶつかり合いになるだろう。わたしたちはここでやつらを潰すのが仕事だが、きみたちはティアラ殿とフリッツくんを探し出してくれ」

 その申し出に、ラクトスは隊長を見返した。

「いいのか?」
「きみたちは貴重な戦力だ。しかし、わたしはティアラ殿を捨て駒にするために影武者をお願いしたのではないからな。フリッツくんにしたってそうだ。彼のお陰で、この場所を突き止めることが出来たんだ。それにわたしたちは、国の威信を背負った戦いのプロだからね。こういうときの正面衝突は任せて欲しい」

 その言葉を聞いて、ルーウィンはにやりと笑った。

「ありがとう。じゃあ、遠慮なく行かせてもらうわよ」
「ああ、武運を祈る」

 隊長はそう言うと、再び隊列の先頭へと戻っていった。
 丁度その時、広間の奥からぞくぞくと人が押し寄せてきた。
 敵襲だ。
 
「総員前へ! 逆賊を迎え撃て!」

 隊長は腹から声を出し、あたりに緊張が走った。国の威信と命運を掛けた討伐作戦が、今まさに火蓋を切って落とされようとしていた。両者は声を上げて、敵目掛けて突っ込んだ。刃と刃が、魔法と魔法が、容赦なくぶつかり火花を散らす。
 ラクトスとルーウィンは壁際を通り、命の奪い合いの戦場を走り抜けた。






 入り口すぐの広間での衝突をなんとかすり抜け、ラクトスとルーウィンは松明の灯る通路を走っていた。数は五分。しかし、これは由々しき自体だった。相手を多く見積もって組まれたグラッセルの隊列は余裕を持っていたはずだ。勝ちを見越しての突入だった。しかし、あの分では勢力は拮抗するだろう。まさか賊がここまで人員を確保しているとは予想外だった。
 不意に、ルーウィンは足を止めた。

「あんた、先に行って。これ、フリッツに届けて」

 ルーウィンはラクトスにフリッツの木製の剣と錆びた真剣とを放り投げた。二人がやってきた通路の向こう側から、人のやってくる気配がした。二人が広間を抜けたのが見つかり、追っ手が来たのだ。ラクトスは二本の剣を抱え、ルーウィンを見た。

「お前」
「魔法使いがいるんでしょ。ここから先に行くには、あんたの方がなんとかなるかもしれない。あたしは戦闘員が肉弾戦のうちになんとかしておくわ。それに、今丁度良いかんじだし」

 ルーウィンとラクトスの後ろには、剣や斧を手にした屈強な男たちが続々と詰め寄せているところだった。それも、通路いっぱいに。それはさながら、自ら的になりにきているようなものだった。しかしいくら腕の立つルーウィンだとはいっても、詰め寄せている男たちは二十人ほどいる。こちらに追いつかれる前にカタがつくかどうかは紙一重だ。
 ラクトスの心中を察して、ルーウィンは声を上げた。

「ほら、気が散る。さっさと行って! 必ずティアラを見つけなさいよ! あと、フリッツも。でないと承知しないから!」
「悪い!」

 ラクトスはフリッツの剣を二本持って走り出した。ラクトスが行ったことを背中の気配で察して、ルーウィンは詰め寄せる多勢に目をやった。こうしているうちにも、距離はぐんぐんと狭まっている。

「さあて。やるとしますか」

 ルーウィンは唇を舐めて、弓を構えた。

「こいつらが本当に漆黒竜団(ブラックドラゴン)なら、聞きたいこともあるしね」







 ルーウィンと分かれ、ラクトスは走った。転々と通路に灯る松明は、人が行き来していたという証拠だ。戦闘員の気配はなかった。恐らく入り口で迎え撃つための配置と、その後ルーウィンが引きとめている第二波に人手が集中していたのだろう。ラクトスにとっては都合が良かった。
 しかし、ラクトスの前に人影が現れた。とうとう追っ手が先回りしたか思い、ラクトスは足を止める。杖を掲げ、相手の動きを見極めながら慎重に呪文を唱え始めた。

「無礼者!」

 声が通路に響き渡り、ラクトスは杖を下ろした。高く響いたその声は、残念ながら聞き覚えのあるものだった。

「あんた、こんなところでなにしてるんだ」

 ラクトスは迷惑そうな表情を隠しもせず、声の主に近づいた。
 現れたのはシェリア女王だった。兵士と賊の正面衝突が行われているこの場に、女王がいていいはずがない。ましてや、供の一人もつけずに。
 しかし、ラクトスは目の前の女王を偽者だとは思わなかった。こんな場所にこんなタイミングで現れる女王など、警戒して当然だ。逆にそんな中で現れるということなど、疑われたくないはずの偽者がするはずがない。

「ここは王宮地下ですよ? ならばわたくしが、地上の王宮からの抜け道を知っていたって不思議ではないはずです」

 ラクトスは前髪に手を突っ込んで掻き上げた。いっそ敵側の用意した偽者であったら、どんなにか良かっただろうか。それならば倒してしまえばいいだけの話だが、本物では余計に厄介だった。

「カンベンしてくれ。おれはあいつらを捜すので精一杯なんだ。あんたのお守りなんかする余裕はない」
「わたくしが行かないでどうするのです。こんな時に、王宮でのうのうと待ってなどいられません。向こうが話がしたいのなら、こんなまわりくどいことをせずとも、わたくしが直接出向けばよいのです」

 女王の頑なな態度に、ラクトスは敵中であることも忘れて声を荒げた。

「あんたはバカか。大将は前線にほいほい出てくるもんじゃねえ! 後ろでどんと構えて、下からの報告を待ってりゃいいんだ! あんたがいなくなったら、この国は終わりだぞ!」

 それを言われて、さすがのシェリア女王もすぐには言い返せなかった。ラクトスはシェリア女王を睨んだ。上背のある、しかも目つきの悪い相手からの怒りのこもった一睨みは、思わず女王を怯ませそうになる。しかしシェリア女王は顔を上げた。

「それでも、女王を指名された以上、わたくしが行かなければ。この国の女王は、たった一人なのですから。玉座にあぐらをかき、家臣の首を突きつけられてから腰を上げるような王にはなりたくないのです」

 女王はラクトスの鼻先に人差し指を突きつけた。そして凛とした声音で、有無を言わせぬ調子で言った。

「わたくしを、なにがなんでも護り抜きなさい。これは命令です」

 ラクトスは突きつけられた指先をじっと見つめた。しばらくして、ラクトスは女王にくるりと背を向けた。

「…おれはティアラとフリッツを連れ戻しにきたってのに。とんだ勅命だな」

 ラクトスは持っている杖先を振った。

「やるだけやってやる。行くぞ」

 シェリア女王は頷くと、ラクトスとともに通路を進んだ。







 ラクトスが前に、その後ろにシェリア女王がついて走る。シェリア女王はこの地下王宮のこともだいたいは頭に入っているらしく、迷うことなく道を指示した。ラクトス一人ではこうはいかなかっただろう。

「わたくしも幼い頃に父に案内されたきりですが、だいたいのことはわかります。長い年月で埋もれてしまっていることもあるので、使える部屋は限られているはずです」

 シェリア女王はいつもより簡素なドレスに低めのヒールの靴を履いていた。意外にも、足も遅くはない。思っていたよりは足手まといにならないようで、ラクトスは内心ほっとしていた。
 通路の終わりに明かりが見える。使われている部屋なのだろう。ということは、敵がまだ潜んでいるかもしれない。ラクトスはシェリア女王を見た。女王は頷く。

 通路の壁に身を寄せ、シェリア女王にはそのまま待機を指示すると、ラクトスは部屋の様子を窺った。
 松明が壁際に灯されているが、中は若干薄暗い。人気はなさそうだ。しかし、それは大人数の気配がないだけのことで、見張りが潜んでいる可能性は十分にある。ラクトスは部屋に足を踏み入れた。天井の高い、石造りの殺風景な空間だ。ラクトスはゆっくりと部屋の中央へと進み出た。

 その時、空気が変わった。

 ラクトスはとっさに杖を掲げ、そのまま地面に振り下ろした。足元には火がついた導火線のように、紫色の光が走ってくるところだった。しかしそれを杖を突き立てることで相殺したラクトスは、反射的に飛び退いた。
 第二波がやってきて、たった今ラクトスのいた場所に炎の塊がぶつけられたのだ。暗闇の中で、悪意を持った炎は標的を失い、床にぶつかって消え失せた。焦げ臭さを感じながら、ラクトスは正面の暗闇に視線をやった。
 ぼうっと薄紫色の明かりが灯り、そこから一人の魔法使いが姿を現す。

「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「…とんだご挨拶だな」

 ラクトスは嫌悪を顕に舌打ちをした。
 黒いローブに身を包み、人の良さそうな笑みを浮かべてラクトスを迎えたのは、キャルーメル高等魔法修練所元主席のクリーヴだった。



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