小説『不揃いな勇者たち』
作者:としよし()

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【第6章】

【第十話 因縁の対決】

 クリーヴは杖を携えてそこに立っていた。
 端正な顔立ちに、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。しかしそれもラクトスからすれば、考えていることとは真逆の気持ちの悪い笑みだった。その証拠に、クリーヴの目はまったく笑ってはいない。
 魔法による突然の攻撃も、手加減なしに仕掛けたのだろう。もっとも、ラクトスが避けたことには驚いてはいないようだった。
 ラクトスはクリーヴに向き直った。

「で、なんだってお前はこんな薄気味悪い地下のお城にいるんだ?」
「わかっているくせに聞くんだね。相変わらずだなあ。そんなの決まってるじゃないか」

 クリーヴはローブの裾をまくって、右腕を掲げた。手首に黒い腕輪が嵌っている。手首を覆うほどの太さで、皮ではなく鉱物かなにか硬いもので出来ているようだ。ラクトスはそれが何を意味するか知らなかった。 しかし、だいたいの見当はつく。

「漆黒竜団に、堕ちたのか」

 クリーヴは薄笑いを浮かべた。
 シェリア女王から、漆黒竜団(ブラックドラゴン)という集団が関わっている可能性があるとは聞いていた。ここに辿り着くまでにも、その戦闘員の数の多さには驚いていた。もしかすると、ただの盗賊団では済まない規模であるかもしれない。しかし、今はそのようなことを思案している時ではなかった。

「いい子ちゃんを演じる人生に飽き飽きしてね。ここが、ぼくの本当の力を発揮すべき場所だったんだ」
「前々から趣味の悪い魔法使うとは思ってたけどな。若い娘を攫う男たちにかけたくぐつの術と、男たちが失敗したら死ぬ呪いをかけたの、お前か?」
「その通りだよ。あんな使えないやつら、何人消えたっていいだろう。所詮は与えられた命令すら果たせないクズどもだ。むしろ使ってやったことを有難く思ってほしいくらいだね」

 ラクトスは思わず顔をしかめた。

「そうか。ここまで最悪な人間に成り下がってくれたら、おれも容赦しないで済む」
「無駄口叩いてる場合かい? わかっているんだろう。きみはもう、ここから出ることは出来ない。ぼくたちの存在を知ってしまったんだからね」

 陰険なクリーヴのことだ、そうくるだろうとラクトスは思っていた。このまま黙って通してくれるはずがない。

「お前らの目的は何だ?」
「そんなのきみに言うはずがないだろう? でも、ぼくの目的は教えてあげる」

 クリーヴは目を見開き、ドスの利いた声で叫んだ。

「お前をここで殺してやる! 目障りなんだよ!」

 その表情を見て、ラクトスは嗤った。相変わらず、クリーヴはラクトスのことが憎くて憎くてたまらないようだ。それはラクトスも同じだった。こんな場所で会うことになるとは思いもよらなかったが、次に会ったときはただでは済ませないつもりだった。しかもここには、フリッツもティアラもいない。邪魔も入らず、クリーヴとの決着をつけるにはもってこいの状況だ。
 そしてクリーヴも、それを望んでいる。

「それはこっちのセリフだ。この前みたいにはいかないぜ。完膚なきまでに叩きのめしてやる!」

 ラクトスがそう言うと、クリーヴも薄く嗤った。
 クリーヴは杖を床に突いた。カン、と軽快な音がなる。瞬間、紅い魔法陣がクリーヴの足元に浮かび上がる。ラクトスは目を見開いた。速い。みるみるうちに魔法陣が展開されていく。以前とは比べ物にならないくらい、発動が早い。

「危ない!」

 物陰に隠れているシェリア女王が叫んだ。
 同時に、大きな炎の塊が炸裂した。赤々とした塊が、ぶくっといくつも膨れ上がり閃光を放つ。爆ぜる際に爆風を生み出して、シェリア女王は小さく悲鳴を上げて倒れこんだ。巻き起こる風の強さに、その場に踏みとどまることが出来ず、少し離れた壁まで飛ばされ身体を打った。爆発が収まって、シェリア女王は咳き込んだ。
 炎の魔法、フレイムバーンだ。その威力は中級魔法フレイムダガーの倍以上だと聞いている。しかし、目の前で見た魔法はそんなレベルではなかった。三倍、いや五倍。今の魔法をまともに受けて立っていられる人間などいないだろう。
 クリーヴは本気だった。本気でラクトスを殺しにかかってきている。
 シェリア女王は顔を青くして叫んだ。

「ちょっとあなた! 無事ですか!」

 まだ立ち込める砂埃を吸って、シェリア女王は再びむせ込んだ。反射で涙の浮かんだ目で、シェリア女王は爆炎の後にラクトスの姿を探す。もうもうと立ち込める煙が、ようやく収まろうとしていた。
 煙の中にラクトスが立っていた。足元はしっかりとしており、掲げた杖からはシールドが生まれている。その光がラクトスとその周りを半円形に覆っていた。杖を一振りして、ラクトスはシールドを解除した。クリーヴはそれを見て首をかしげる。

「おかしいな。絶対、やったと思ったのに。防御に転じたのはいい判断だったね」
「えらく速くなってるな。ウスノロだったあの時とは大違いだぜ」
「いいだろう、この魔法。さすがのきみも今まで知る機会はなかったはずのものだよ。フレイムバーンだ」

 クリーヴは余裕を持った表情で、極めて落ち着き払った声で言った。ラクトスは神経質に唇を舐めた。
 フレイムバーンはその威力ゆえに、魔法修練所では免許皆伝した門下生にしか教えられない。話には聞いていたが、ラクトスはその魔法を初めて見、そしてその威力を感じた。ラクトスが手にすることの出来なかった力だ。
 あの時のクリーヴとは違う。また一つ、威力の高い技を身につけたようだ。
 威力、速さ、精度。そのどれもが申し分ない。

―――面白い。

 ラクトスは片方の口元を歪んだように吊り上げた。
 胸に湧き上がるのは、焦りと緊張。そして対抗心だった。
 目をらんらんと輝かせ、引きつったような笑みを浮かべて、ラクトスは奮い立つ。相手はあのクリーヴだ。何の手加減もせず、手段も選ばずにかかってくるだろう。相手がそうであれば、こちらも手加減しなくともよい。
 全力を出せる。
 そのことに、ラクトスは喜びすら感じていた。ラクトスは再び杖を構える。

「お前が本気でかかってきてるのは、よくわかった。返り討ちにする。貧乏人のハングリー精神、なめるなよ」
「生まれながらのエリートとの核の違いを、思い知らせてあげるよ」

 二人の魔法使いは、互いに杖を構えた。






 激しい闘いだった。
 クリーヴにとっても最初のフレイムバーンは大技だったようで、それを乱発することはなかった。しかし技の数も増え、一つ一つの威力が格段に上がっている。その点では、ラクトスも負けてはいない。フレイムバーンには驚かされたものの、その後は冷静に対処した。
 
 魔法使いと魔法使いの戦いは、特にタイミングが重要だった。魔法を発動させるまでのタイムラグがある分、一対一で戦うときにはタイミングを外すことが致命的なミスになる。意識を集中させ、呪文を唱え、魔法陣の完成の後、魔法は力となって発動される。一つでも先に攻撃を食らえば、そこからどんどんと切り崩される。大きなダメージを負ってうずくまりでもしたら、その分こちらの詠唱開始は遅れてしまう。

 ラクトスとクリーヴの力は拮抗していた。ラクトスがフレイムダガーを放つと、クリーヴも同じ術を放った。生み出された炎はお互いの存在を感知し、迷いなくぶつかり合った。空中で鋭く飛ばされたいくつもの炎が、互いを相殺した。
 この勝負、先に相手に攻撃が届いた者が勝つ。それを二人ともが理解していた。

 ラクトスは続けてツイストを仕掛けた。緑の魔法陣が描かれ、円が繋がると唸るつむじかぜが現れる。小規模な竜巻は凶悪な咆哮を上げながら、クリーヴ目掛けて襲い掛かる。竜巻の進んだ後には、敷かれている石レンガが削れた。 
 一方、クリーヴはグランドノックを発動させた。石レンガをなぎ払い、クリーヴの足元からみるみるうちにむきだしの土の塊が壁のように盛り上がった。むくむくと生まれた大地の壁は、クリーヴの前に強固な壁として聳え立った。ラクトスのツイストがクリーヴのグランドノックにぶち当たり、竜巻はその壁を削ろうと回転の速度を上げた。ラクトスは杖に力を注ぎ、壁を壊そうとさらにツイストに集中する。

 だが、それは失策だった。

 ラクトスは不意に自分の足元が盛り上がるのを感じた。しまったと思ったときには、もう遅かった。
 みるみるうちにラクトスの足場はくずれ、一部はへこみ、一部は盛り上がる。あの大地の壁は防御の役目とラクトスの的としての役割を果たしつつ、実は地面の下ではラクトスの足元を崩そうと進行していたのだ。壁を壊すことに集中したラクトスは、それに気がつくことができなかった。

 ラクトスは足元が崩れる恐怖に襲われたが、とっさに呪文を唱えた。今発動しているツイストを、格下げしてウインドアームに変化させる。ウインドアームは音を立てて崩れたり伸びたりする地面からすんでのところでラクトスを救い上げた。ツイストのままでは自分もかなりのダメージを受けるため、応用の利くウインドアームに変えたのだ。
 ラクトスは冷や汗をかいた。危ないところだった。地面が元に戻ったのを見て、ラクトスはウインドアームを解除する。荒れた地面に足をつけて、息を吐いた。魔法の衝撃で石レンガは取っ払われ、今はすっかりただの地面に戻っていた。

「…やるな。防御と攻撃、同じ魔法で同時にやってみせたのか」

 完全に意表を疲れた。
 最初の大技といい、術の使い方といい、クリーヴは見事な進化を遂げていた。

「ふふ、まだまださ。本当のぼくの力は、こんなもんじゃない」

 クリーヴは再び呪文を唱え始めた。グランドノックが来る。ラクトスは自分の足元に無効化の魔法陣を走らせた。中級ほどの魔法なら、発動を抑えることが出来る。足元を崩されるとまた厄介だ。しかし、それを見てクリーヴはにやりと笑った。
 
 ラクトスはクリーヴの様子がおかしいことに気づいた。クリーヴの途中まで完成しかかっていた魔法陣が消えていく。途中で詠唱をやめたのだ。そして今は、別の術の詠唱に切り替えている。ラクトスは舌打ちし、無効化の魔法陣を解くと攻撃に転じようと呪文を唱えた。
 しかし、遅かった。クリーヴはツイストを発動させた。風は鋭い凶器となってラクトスを引きちぎろうと押し寄せてくる。ラクトスはシールドを出すのが精一杯だった。しかし、それでは間に合わない。ラクトスは奥歯を噛みしめる。

「さあ、お遊びはここまでだ!」

 クリーヴが杖を掲げた。それと同時に、クリーヴの魔法の威力が強まった。
 ラクトスは押し寄せる風の波をなんとか杖で持ちこたえていたが、足元がずるずると後ろへ下がっていった。そしてついに、クリーヴの魔法の威力がラクトスの防御を押し切った。ツイストに巻かれて、ラクトスの足元はふわりと浮かび上がった。地面から足が離れたが最後、恐ろしい強さと速さで吹き付ける暴風は一瞬でラクトスを離れた壁まで叩きつけた。

「…がっ!」

 ラクトスは石造りの壁に背中から叩きつけられた。ラクトスを中心にして、壁がへこみ、亀裂が入る。標的を捉えた風は、役目を終えて静かに消えた。ラクトスは静かに、落ちた。
 背中と頭を容赦なく打ちつけた。頭ががんがんと震えている。視界がぶれているのは、どういうことだろうか。これほどの痛みは、人生初めてのものだった。身体が、肋骨が悲鳴を上げている。痛いというレベルではない。
 折れた骨が内臓に刺さっていないことを願いつつ、ラクトスは歯を食いしばって自分自身に治癒魔法をかけた。ガラでないといって、治癒魔法の分野にはあまり手を伸ばさなかったことが悔やまれた。叫びだしそうな激しい痛みは治まったが、それでも体力は限界だった。息も切れ切れで、冷や汗が額を伝う。
 壁際に倒れて動けないラクトスを見て、クリーヴはゆっくりと近寄ってきた。

「おともだちとの馴れ合いで、弱くなったんじゃないのかい?」
「…なんだと」

 クリーヴのその言葉に、ラクトスは思わず低い声を出した。クリーヴは距離を詰めるのを楽しんでいるように、ゆっくり、ゆっくりとラクトスの方へやってくる。

「きみが後衛に下がって呪文を唱えている間、その時間はおともだちが稼いでいてくれていたのかな? そんな生ぬるい状況で、成長なんか期待できるはずがないよ。たった一人で、一人ぼっちで、誰にも顧みられることなくじりじりと燻っている。あの頃のきみはそんなふうだった。こんな裕福な頭の弱いバカどもに負けてたまるか、自分こそが一番凄いって思い知らせてやろう、って。でも、今のきみは相手にもならない。正直、がっかりだ。きみは一人じゃなんにもできないのかい?」

 ラクトスは怒りに目を見開いた。クリーヴにそんなことを言われる筋合いなどない。しかし、言い返す言葉が浮かばない。現に自分はこうして、冷たい地面に転がっているだけではないか。
 クリーヴはラクトスの心中を察したようだった。見下すような笑いを浮かべる。しかし、その声音は不気味に甘さを含んでいた。

「もう諦めなよ。ぼくはきみが嫌いだし、さっきは死ねって言ったけれど、なにも本当に殺したいだなんて思っちゃいないよ。ただ、きみから魔法を奪えればそれでいい。どうしようかな。杖が持てないように手を切ろうかな。魔法書が読めないように目を潰そうかな。呪文が唱えられないように口を縫おうかな」

 クリーヴはついにラクトスの目前まで来た。
 そしてラクトスの正面で、ぴたりと歩みを止める。

「ねえ、今までのぼくに対する無礼を謝ってよ。そうしたら今言った三つの中のどれかにしてあげる」
「…やなこった」

 ラクトスはクリーヴを上目遣いに睨んだ。反抗的な視線に、クリーヴの目は冷酷な色を帯びた。

「じゃあここでお別れだね。残念だよ」

 クリーヴは思い切りラクトスの腹を蹴った。なす術もなく、ラクトスは咽こんで反射的に身体を丸めた。
 ラクトスが本当に反撃できないのを知ると、クリーヴはにやりと嗤った。そして続けざまに腹を狙って何度も何度も蹴った。ラクトスは何も出来ず、ただされるがままだった。一方的で単純な暴力を振るわれて、ラクトスは受身も取れずにいた。
 やっとクリーヴの気が治まると、杖を使ってラクトスを仰向けにさせる。ラクトスはまだ苦しそうに咽こんでいたが、そんなことには構わなかった。クリーヴはラクトスの額に、自分の杖の先を突き立てた。ラクトスの頭蓋骨に、電気が走るような衝撃が響く。目玉から火花が出そうだった。

「きみは今まで、なにをしてきたんだい? 住所不定無職の、魔法使い崩れさん?」

 五感は上手く働かず、痛みしか感じることは出来なかった。浅く呼吸をするたび、胸が上下に揺れ、痛みが走る。ラクトスは仰向けになっていたが、その瞳にはなにも映し出されてはいなかった。






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