五 エラドール 5
それからエルゥたちは、壊れた家を片付ける手伝いをし、その日は床だけのその家で泊めてもらうことにした。
壁や天井は無くなったが竈は無事だったので、エバールは得意の野菜スープをエルゥたちに振舞った。
満天の星空の元、とても楽しい食事である。
色々盛り上がる話の中で、エルゥはとても不思議に思っていたことをレシアに訊いてみた。
「ねえ。レシアはどうしてアルノワを追放されたの?どうみてもレシアは、エラドール人よりもアルノワ人ってカンジだよ」
無邪気に訊いてくるエルゥに、レシアは少し苦笑しながら答えた。
「大罪を犯したからだよ」
「どんな?」
「アルノワを滅ぼすほどの大事件を引き起こしたんだ」
「ええ?ホントなの?信じられない!」
「龍…どうやって創られるか知っているかい?」
「うん。セイドに聴いた」
「私もかつては他のアルノワ人と共に、龍の卵を創り出し、成長した龍を倒していた。だが次第に疑問を持つようになった。倒すためだけに創りだされる龍を、哀れに想ったんだ。そしてある日、皆が作り出した龍の卵を盗み出し、フォボスの山から他の山に移して、そこで育てることにした。愛情を込めて育てたら、凶暴で邪悪な存在にはならないだろう。そう信じてね。そして卵は孵化し、龍は私の想いの通り、大人しく人懐っこい性格になっていった。やがて狩りの季節となり、皆は武器を手にフォボスの山へと登った。もちろんそこに龍はおらず、龍の捜索隊が出されることになった。そしてついに龍は発見され、退治されることになったんだ。私はこの龍は大人しいと主張したが、聞き入れてはもらえず、皆は次々龍に飛び掛って行った。すると龍は眠っていた本能が甦り、かつて無い程に暴れ始めたんだ。龍は私がかくまっていたため発見が遅くなり、通常よりも成長していたので、その分狂暴さも半端ではなく、皆はとてもてこずり、街は激しく破壊され、死者も数多く出てしまった。私はアルノワを滅ぼすために、龍をわざと成長させたのだと疑いをかけられたが、否定しなかった」
「どうして?」
「もちろん初めは、そんなつもりは全く無かった。だけど愛情を込めて育てた龍が倒されていく様を見ながら、私はアルノワなど滅んでしまえば良いと思っていたんだ。そして私の背には黒い翼が生え、エラドールに追放されたんだよ」
「そうだったんだ…」
(やはりこの人はとても優しい人だったんだ。倒すためだけに龍を創るなんて、そんな可哀相なことは良くないと思ったんだ)
エルゥは、レシアが自分と同じ想いを感じていると知り、とても嬉しかった。
「セイドは龍が暴れた時どうしてたの?他の人たちと一緒に倒したの?」
「その時彼は地上に降りていたよ。しかしアルノワの一大事に駆けつけ、龍に止めを刺したのは彼だった」
「じゃあ…」
エルゥは少し言いにくそうに訊いた。
「セイドのこと、恨んだりしてる?大事に育てた龍を倒しちゃって…」
「いや。セイドには感謝しているよ。彼が倒してくれなければ、本当にアルノワは滅んでいたかもしれない。それほど龍は狂暴になっていたんだ」
「ふうん…」
エルゥは自分が助けたあの龍も、そんな風になってしまうのだろうかと不安になってきた。
今のうちに…、まだ幼いうちに倒したほうが良いというのだろうか。
倒せなければ、地上は大変なことになってしまうのだろうか。
自分は間違ったことをしようとしているのだろうか…。
今のエルゥにはまだ、自分の中に、明確な答えを出すことは出来なかった。
「ところで、アルノワにはどうやって行けば良いのじゃ?」
エバールにもらった香りタバコをふかしながら、ティム爺がそう訊いた。
「リングウォルトの西にエアロカの谷があります。その大滝にかかる虹から、アルノワに行くことができます」
「虹の橋を渡るの?」
エルゥとイファは同時に瞳を輝かせてそう言った。だがレシアは軽く頭を振りながら答えた。
「残念ながらそうじゃないよ。エアロカの虹は『審判の虹』と呼ばれ、普段は滝に半円状にかかっているが、それを特別な力で垂直に集めるんだ。そしてアルノワに行きたいものがその中に入ると、行っても良い者はそのままアルノワへと、一瞬にして身体が運ばれる。しかしアルノワに行ってはいけない者は、虹からはじき出されてしまうんだ」
「じゃあ、もし虹にはじかれちゃったら、アルノワには行けないの?」
「そういうことだよ。アルノワに行けるか行けないかを、審判の虹が決めるんだ。だが君たちなら大丈夫だ。心配しなくても良いよ」
「でも私、龍の臭いがついてるよ。ホントに大丈夫かなあ」
「虹は臭いなど感じないよ」
「そっか。そうだね!」
少し不安になっていたエルゥだったが、すぐに満面の笑顔になった。
「しかしリングウォルトか。ここからまだ八日以上はかかりそうじゃのう」
「さらにリングウォルトからエアロカの滝までは、険しい山道を、一日以上かかります」
「つまり十日ほどかかるわけじゃな」
「まだまだ遠いね」
「後たった十日じゃ。出発した日から数えても、二十日にも満たんぞ。わしの旅はいつも一月以上はあちこち飛び回っておるからの」
「そうだね」
そう言えばティム爺は、いつも一月や二月は、旅に出たまま帰ってこなくなる。それに、何度も怖い目に遭ったりしたが、知らないことを色々体験できるので、結構旅は楽しいものだと、エルゥもイファも感じていた。
「私、ティム爺が旅に出たがる理由がよく解ったよ」
「僕も」
「そうか。ほっほっほっ…、なら、落ち着いたらまた旅に出ようぞ」
「うん!」
エルゥとイファは大きく頷いた。
すると、いつもは無口なガライまでが、
「俺も」
と、大乗り気である。
「おお。おまえさんも行ってくれるかの。それなら、ジャイロよりも大きなモノを買わねばならんのう。こりゃ楽しくなってきたわい」
その後、しばらくティム爺の旅話で盛り上がり、夜も更けてきた頃に、明日に備えて眠りに着いた。
翌日。陽が昇ると共にエルゥたちは目覚め、簡単な朝食の後、エバールの庵を発つことにした。
「一人で大丈夫?」
エルゥは、壊れた庵に一人取り残されるエバールが少し心配になってきた。
エバールは笑顔で返した。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
「旅が無事に終わったら、ここを建て直す手伝いをしに、戻ってくるぞい」
「ありがたいが、心配無用だ。もともと一人で建てたものだしね」
「でも、この先もずっと一人で、ここを護り続けるの?もし何かあったら、一人じゃあ大変だよ」
「それも心配無用だ。予言では、もう直ぐ私に弟子ができ、共にここを護ることになる」
「へえ、すごい!早く来ると良いね!」
「実は、すでに出会っている。後は本人が気づき、再びここに訪れることを待つだけだ。そう遠くは無い」
「へえ、もしかして私?」
思わずエルゥは、無邪気な瞳でそう言った。
エバールはにっこり微笑みながら、
「どうだろうね。ではそろそろ、先を急いだ方が良い」
と返した。
「うむ。そうじゃの。では世話になった。達者でのう」
「皆の幸運を祈っている」
エルゥたちは、エバールの見送る中、庵を離れていった。
「エルゥじゃないだろ」
しばらく歩いたところで、イファがそう話しかけた。
「何?」
「賢者の弟子なんて、エルゥには似合わないさ」
「ヒドーイ!私だって、勉強したら少しは賢くなれるよ!」
「そう言う意味じゃないさ。エルゥはビオラ島で、青い海と青い空に囲まれて暮らしている方が似合っている」
イファがとても真面目な顔でそう言ったので、エルゥはなんとなくくすぐったいような気持ちになった。
「案外、僕かもね」
「え?」
「賢者の弟子だよ。色々勉強することがありそうだから、どちらかといえば僕に向いていると思うよ」
「ここに…住むの?」
エルゥは少し不安げな口調で言った。
「弟子になるなら、住まなきゃあね」
「ふうん…」
エルゥは何となく、複雑な心境である。
勉強好きなイファなら、賢者にもなれるだろうと思うのだが、こんな山奥に住んだりしたら、そう簡単には遊びに行けないではないか。
そんなエルゥの気持ちをイファは察したのか、
「でも多分、僕じゃないさ」
と微笑んだ。
「どうして?」
「そんな気がする。まだ解らないけどね」
二人の会話を前で聞いていたティム爺は、ふと、イファがセイドにアルノワ人になりたいと言っていたことを思い出した。
(アルノワ人の次は賢者に興味を持ったか…。イファはどうやら、成長したいという願望が、とても強く芽生えているようじゃの。イファにはビオラ島は狭いかもしれん)
ビオラ島では、ただ、家の書棚にある本を読むだけだったイファだが、広い世界に出て、世の中には無尽蔵なほどに学ぶことがあるというのを、彼は知ってしまったのだ。
彼の目覚めた知識欲は、もう誰にも止められないだろう。
ティム爺は、やがてイファはエルゥから離れて、何処かへ行ってしまうかもしれないと予感した。
六 焼失の町 1へ続く