小説『甲斐姫見参』
作者:taikobow()

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 千姫の下に奈阿姫と甲斐姫が連れられてきた。

家康は

 「千、お前は血のつながらない奈阿姫をそんなに思っていたのか。」

と言った。すると千姫は

 「はい、私はこの奈阿姫をわが子だと思って育ててまいりました。養女にするのも私に課せられた運命かと

思います。」

と言った。すると家康は

 「そうか、仕方ないな。」

と言った。そしてそのすぐ後、国松は首を跳ねられ処刑された。戦国時代の慣わしとして敵の血筋の子供達の

処遇は勝った者の裁量に委ねられるのだが、多くの場合男の子は斬首、女の子は血縁や家族が勝者にいない場

合斬首となっていた。それを踏まえて千姫は奈阿姫を養女にして命を助けたのだ。

家康は

 「千、お前は江戸へ連れて行く。そこでまた大名との縁組に備えるのだ。それから奈阿姫、そちはまだ子供

ゆえ自分では決められないであろう。そこで甲斐姫に介添えを申し付ける。良いな。」

と言った。すると奈阿姫は

 「分かりました。仰せのとおりに。」

と言った。

 甲斐姫は千姫、奈阿姫と話し合った。

甲斐姫は

 「私が思いますのに、この戦の後ですからこれ以上の事は無いでしょうが問題は数年後です。家康様の気が

変わり、また奈阿姫の命を狙うことにでもなりましたら手に負えません。」

と言った。すると千姫は

 「奈阿姫の命を助けるということであれば尼になるしかないが。それでは豊臣の血が完全に途絶えることに

なる。」

と言った。すると甲斐姫は

 「それも家康様が奈阿姫がお子を生むことになれば許さないでしょう。ここはどう考えても尼になることに

しか生きる道はありません。」

と言った。すると千姫は

 「そうか、それでは甲斐姫、そちが奈阿姫の世話をして鎌倉の東慶寺まで連れて行ってくだされ。東慶寺に

はわらわから文を書いておく。」

と言った。すると甲斐姫は

 「分かりました。奈阿姫様これから私が鎌倉に連れて行きます。それでご納得してください。」

と言った。すると奈阿姫は

 「うん、分かった。鎌倉じゃな。どんな処じゃろうか。」

と言った。


 注、東慶寺、鎌倉時代に建立された東慶寺は現在は男僧の寺だが明治時代以前は尼寺であった。江戸時代初

期に奈阿姫(天秀尼)が入寺、甲斐姫も同時に入ったとされる。縁切り寺として有名な東慶寺であるが、その

発端となったのが、会津藩主加藤明成が家老堀主水と仲違いし主水を斬り、その妻子を追って鎌倉の東慶寺

に逃げ込んだところを発見し、引き渡すよう迫ったことにあった。当時、奈阿姫(天秀尼)はその申し入れを

断り、江戸へ意見書を出したところ加藤家は改易となる。それが縁切り寺として全国に名が知られるようにな

った事件であった。


八、鎌倉 東慶寺へ

 一ヵ月後、鎌倉へ向かう甲斐姫、奈阿姫の一行が東海道を東へと旅立って行った。見慣れた大阪、そして京

の都、それらが走馬灯のように行列の後ろへと行き過ぎていった。

 関が原を通り、尾張から駿府に着いて家康の居城である駿府城に立ち寄った。家康はすでに駿府城に帰って

いて天守閣から甲斐姫達を見ていた。

家康は

 「あの成田の鬼姫はわしの首を本気で取ろうとした。その迫力は凄かったの。」

と言った。すると藤堂高虎は

 「はは、家康様も危機一髪でしたな。」

と言った。すると家康は

 「これ、言いすぎじゃぞ。それより甲斐姫は奈阿姫に付添って東慶寺に入るつもりかの。」

と言った。すると服部半蔵は

 「それは分かりかねますが、私が付いて行って確かめてきましょう。」

と言った。すると家康は

 「うむ、頼む。」

と言った。

 駿府城に招かれた甲斐姫達は一晩そこで旅の疲れを癒し、鎌倉へとまた旅立った。そして甲斐姫には懐かし

い片浜の海岸に着いた。

 富士山が目の前に大きく見え、駿河湾の大波が海岸線を洗っている。そこで一休みするために輿を下ろし、

二人は外に出て景色を見た。

甲斐姫は

 「懐かしいのう、わらわが大阪に行くときに、ここで一休みして前田慶次殿と遊んだものじゃ。」

と言った。すると奈阿姫は

 「海岸に出てみたいのう。」

と言った。すると甲斐姫は

 「出てみようぞ、楽しいぞ。」

と言って取巻きの者と共に海岸に出た。

 二人は砂を掴んで投げあったり、富士山を見たりして楽しい一時を味わった。

甲斐姫は

 「奈阿姫様、私はこのまま東慶寺に入ります。奈阿姫様にこれからの一生を捧げる覚悟はできていますゆ

え。」

と言った。すると奈阿姫は

 「そうか、甲斐姫も尼になるのか。」

と聞いた。すると甲斐姫は

 「はい、私も戦で多くの者の命を奪ってきました。その者達の供養をしなければなりません。」

と言った。すると奈阿姫は

 「嬉しい、甲斐姫が一緒なら何でも我慢できるぞ。」

と言った。

 富士山の山頂にはうっすらと雪が積もっていて、きれいな白富士となっている。甲斐姫と奈阿姫はまた輿に

乗り鎌倉へと向かって行った。


                                    おわり

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