時計の針は夜中の零時を刻もうとしていた。辺は静寂で覆われ、雲一つない上空にある三日月が、海面に鈍い光を照り映やしている。
子が一人、屈曲した|marineの旗の上に立っていた。紺色で槍状の模様が幾重にもついた巨大な建造物を背景に、視線の先に浮かぶ三日月を眺めている。ここは最弱の海、|東の海に存在する海軍『第16支部』の海軍基地である。
子はしばらく月を眺めながら思考していたが、それが終わると口地元に笑みを浮かべた。
――月明かりに反射した、”モノクロ”を灰色に輝かせながら――
第6話「罪と闇が|融けるままに」
ある夏のこと。コノミ諸島はうだるような暑い日で、ココヤシ村の家々はけだるい静けさが漂っていた。いつもなら昼間は活気がある商店街の大通りは、人気が少なく、今年は日照りの影響もあってか、水田は枯渇している。故に炎天下で仕事がままならないココヤシ村の住人は、日陰を求めて涼しい屋内に引きこもり、吹きもしない風を誘い込もうとばかり、窓を広々と開け放っていた。
そんなココヤシ村から少し西の海岸沿いに歩くと、ココヤシ村のような古びた木造住宅とは打って変わって、そこには巨大な白いリゾートが建設されていた。建物の外面は混じり気のない白壁で、間近に海が見えるその周りには、四つのプールがある。また内面は、広々として高級感溢れる家具やアンティーク、床には大理石を敷き詰めてあった。そして当リゾートは、料理の方も一流の料理人達を雇っており、かつ、現在でもリゾートの広告を世界中に出しているので、最近の|東の海の情報誌にも『|東の海人気リゾートトップ3』と紹介されているほどだ。故にココヤシ村の住人はともかく、他の島から来る観光客は、この場所が少し前までは、雑草生い茂る原生林があった場所とは、想像できないのであった。
そのリゾートの船着場に男が二人、欄干の傍に立っていた。豪華な彫刻が付いた船を背景に、二人は巨大な白亜の断崖の裾に、アーチ状に広がる波打ち際を見下ろしている。二人は額を寄せ合い低い声で密談を交わしていた。傍からフォーマルな格好をしている二人を見れば、相当に身分の高い人達だという事が容易に推測することができることだろう。
――二人の中の一人、ライバックは、非凡な男であった。冷徹な頭脳を持ち、どのような状況でも柔軟な対応を取れるずば抜けた存在故に、ある人物に才能を見込まれ、このリゾート『ココヤシリゾート』の社長に任命を受けたのである。そしていざ彼に仕事をやらせてみると、その才能を嫌が上でも発揮し始め、瞬く間にでも|東の海指折りに入るリゾートに成長させた。
そして現在、ライバックとその部下は、お得意先に挨拶に行くべく目前の船に乗り込み、出航の準備をし始めた。
▼▼▼
「チチチチ……、いつも済まないねぇ、ライバック君?」
ネズミの帽子を被り、正義と書かれたコートを着ている男が、ライバックに話しかけた。
二人は、ネズミを彷彿とさせる椅子や机の上にある置物がある|間とは区分けされた客間で話している。その机の上には、一つの分厚い封筒が置かれていた。
「いえいえ、これはいつも大佐閣下殿にお世話になっているほんの気持ちですよ」
ライバックも大佐の言葉に笑みを浮かべながらそう返した。
「どうだね、リゾートの方は?」
大佐がライバックに問いかけた。
「おかげさまで今月も顧客は鰻登りに増えており、近い期日にはゴルフ場の建設予定となっております」
すると、大佐が少し驚き、
「ほぉ……!! それは是非体験してみたいものだ」
そう大佐が述べるとライバックは含み笑いをしながら、
「フフッ、ご心配なく。閣下殿にはVIP席を用意しております」
「チチチチ、それはそれは……、いつも悪いねぇ、ライバック君。では近い内に利用させてもらうよ」
大佐は笑声をあげ、ライバックにそう述べた。するとライバックも笑みを返し、
「はい、ではお待ちしております」
と、言葉を返した。
「うむ、……あっ、そうだ!! これは別件なんだがね、君も知っての通り×月に本部から大佐が視察に来られるのだが、接待の際は是非君のところを紹介しようと思っていたのだよ。……」
その後もライバックは大佐と他愛もない話を続けていたが、大佐はまだ業務が残っていたので、今度一緒にゴルフ場を回る約束を入れて海軍基地をあとにするのであった。
▼▼▼
:電話中の会話
低く寂れた男の声がライバックの耳に聞こえた。
男が問いかけた。ライバックは少しの間躊躇したが、意を決して口を開いた。
男はしばらく沈黙していたが、ゆっくりと口を開いた。
男は言い終わると同時に通信を切った。
――男のいる場所は物が雑然としていた。絵本が隅の方に散らばって積まれ、その脇に綺麗に積まれた本は、測量・航海術・医術・男が新聞から切り取ったスクラップ本がある。
男はしばらく部屋をウロウロしていたが、下の階から女性の呼ぶ声が聞こえたので、フゥッと溜息を漏らすと、下に置かれている絵本を跨いで部屋を出るのであった。
▼▼▼
電話の件からしばらく時が流れ、残暑が厳しい季節となった。午後8時過ぎ、|東の海は南から軟風が吹き、空からは黄色い三日月が光を照らしている。
海の孤島にある要塞、海軍『第16支部』はいつも通りの平常運転であった。今宵も警備隊は警備らしい警備もせず、脳内では懐にある捕縛された海賊の財宝の一部を、ギャンブルや女、薬物に使用することだけを考えているのだった。
そんな海軍基地の本館の垂直な壁の中部に子が動いていた。目立たない黒い服を着用し、体勢は中腰でバランスをとり、上に伸びているワイヤ掴んで登っている。子は少し息が上がっていたがそれでも構わず登り続け、とうとう鼠の顔をした建造物のところまでたどり着いた。
子は鼠の顔の頭部にある|欄干を登り、顔の裏側に行くと、いくつかの窓とドアが見える。ドアは鍵がかけてなかったので、子はドアノブをそっと回して開けるとすぐにドアを閉めてしまった。
中は空き部屋で降ろし階段が設備されていた。子は音が立たないように階段を下ろし、下の階に降りていいった。
大佐は既に帰宅していて部屋には居らず、中は窓から指す月明かりによって仄(ほの)かに明るかった。子はあたりに目を凝らすと、左斜め方面にネズミを|彷彿させるデスクが見えた。その正面には大きな木製の本棚があって、上に大佐の趣味であるランプのアンティークが飾ってある。この本棚の右隣には背の高い灰色の金庫があって、磨きこまれた|真鍮のハンドルが、月光をうけて光っていた。
子は足音を忍ばせて金庫に近づきじっと見ていたが、今度は部屋のドアの方に行き小首を傾げて耳をすませた。だが、当然廊下からは何も聞こえてこない、故に子は目前にある灰色の怪物と対決するべく金庫に向け、歩を進めた。
子はまず服の袖をまくり上げ、ゴム手袋をつける。――懐から革の袋を取り出すと、それをそばに開き、その中から金属製の異なる形状をしたピックとテンションバーを数本ずつ取り出した。五分程も子はいろいろと道具を変えたりしてあくせくしていたが、ツールが錠にマッチすると、絶妙な感覚で中のピンを揃え中筒を回転させる。すると、ついにカチッと音がして灰色のドアが開いた。覗いてみると、中にはたくさんの書類が封をし、上書きをして入れてあった。子は暫く目当ての書類を探していたが、それが見つかるとここで初めて笑みを浮かべ、それを手に取ると一つの作業に入るのだった。
▼▼▼
作業を終えた子は、海軍のシンボルマークが刻まれた旗の上に移動していた。旗は北風により南の方角にはためいている。
――不意に、子は肩の服を掴み力強く引っ張る。すると一瞬姿が見えなくなり、確認できる頃には黒いシルクハットにマントを羽織り、右目には月明かりによって灰色に輝くモノクロつけた、言わば、”怪盗”の姿へと|変貌を遂げていた。
「さて、これで前準備も完了した。役者も揃いつつある。これより物語は|佳境に入るだろう。」
子はベルト付近のボタンを押すと、マントが展張し『ハングライダー』と化した。
「さあ、この罪と闇が|融ける世界に羽ばたき、あの気まぐれで|蠱惑的な女性を追求しようではないか。”|アヴァンチュール”という名の」
続く
後書き
……一応できたのですが、後でもちょっと文を追加するかもしれません。しかし年末は忙しくその暇がありませんし、何よりお待ちいただいている読者の皆様がいますので、今日投稿することにしました。
追記
コピペしたからなのか、ルビが正しく振られていません。後日修正することにします。
補足:わかる人にはわかると思うんですが、”ダレン”が基地に潜入したわけではありません。