「のび太?」
静寂な雰囲気の中、先に口を開いたのはラクリーマだった。
彼はなぜかのび太に手を差し出している。握手のつもりなのか……?
「……?」
のび太もその不可解な行動に全く理解できないが、とりあえずこちらも手を差し出してみた。
互いの手がもう数センチでふれ合おうとした所まで来た、その時、
「えっ!?」
ラクリーマは突然、彼に瞬時に足払いをかけた。
のび太の視点が真正面から横にずれてそのまま下へ落ちていき、
床に倒れる。しかし次の瞬間、
ラクリーマはブラティストームの内蔵武装の一つ、鉤爪を突出させ、すかさず右手で倒れた彼の口をグッと押さえこみ……。
その場にいた全員に緊張が走る。彼の放った鉤爪がのび太の眼孔の前で寸止めされていたのだった。
「ムッムムッ!!?」
のび太は突然過ぎて何が何だか分からなかったが次第に恐怖に駆られて今すぐにでも抜け出したいが、今ジタバタすれば目の前にある4つの鈍い光を放つ鋭利な刃物のエジキになりかねない。
本能的にそう感じたのか、のび太は身動き出来なかった。
「キャアアアアッ!?」
しずかはとっさに悲鳴を挙げる。彼女も突然の出来事に何をしたらいいのか分からなくなったのだ。すると、
「心配すんな、別にのび太を殺すわけじゃねえよ!」
「……え……っ?」
ラクリーマは彼女を落ち着かせるかのようにそう伝え、押さえこんでいるのび太の方へ目を向ける。
そのあと彼は、いつも通りの笑みを浮かべてのび太にこう質問た。
「お前、もしこんな状況になったとしたらここからぬけ出せることができるか?」
「?」
彼はのび太を離し、鉤爪も引っ込める。のび太はゆっくり立ち上がるとラクリーマに目を向けた。
「どっ、どうゆう……こと?」
その意味を聞こうする彼に、ラクリーマは分かりやすく説明した。
「ようはさっきみたいに絶体絶命な状況に陥っても気を保っていられるかってことよ!」
「……」
のび太は考え込む。しかし先ほどの事態を想像すれば、どう考えてもまず自分の能力ではどれほど抵抗してもなす術もなく、殺されていただろうという考えに行き着くのであった。
「俺らはどんな状況下にも屈せず、生き残るために訓練してんだ。
だがな、訓練ごときで手ぇ抜いて、本番になったら手を抜かないと胸張って言えると思うか?」
彼の言葉が戦闘員全員の心に強く突き刺さる。さらにラクリーマはその場にいる全員にこう説く。
「侵略、特に戦闘時の勝敗は実力もあるが、なにより心理面、つまり強気か弱気か、気ぃ抜くか抜かないかで大きく左右するもんだ。
のび太みたいに押し倒されて、刃物が自分に迫っていて、“ああ、もうダメだ”って弱気になればそりゃあオダブツになるのは当たり前よぉ。
ちなみに俺はこれに限らずどんな状況になっても切り抜けられる自信はある。
俺はやるときは常に全力だからな、自然にいくらでも方法は思いつく」
勉強にしても、スポーツにしても得意ではない、好きではないことにはすぐに手を抜いたり諦めたりするのび太とはまさに正反対の考えだ。
「あとさっき握手だと思って油断してたろ?俺がいきなり手を差し出して不自然だと思わなかったのか?
それともあれは単につられて手を出したのか?」
「あっあれは……」
「……すぐ言えねえとなると……つられたんだろうな。
お前ら地球人のことは知らんが実際そんな手取り足取り親切にしてくれる世の中じゃねえぜ。
お前みたいにお人好しでホイホイ人を信用しているとそれが仇となっていつか自滅すんぞ」
ラクリーマの言う通りである。世の中はのび太が思っているほど甘くない。
現実はもっと汚く、騙し合いが常の弱肉強食の世界なのである。実際に地球でもそれが日常茶飯事に起こっているのである。
のび太は良いも悪いもお人好しですぐに人を信用してしまうことがあり、それが元で貧乏くじを引かされるのは度々あり、時には窮地に陥ったことが度々あった。
ラクリーマは短期間でのび太のその性格を見抜いていたのである。
「どうだ、俺は間違ったこと言ってるか?
これもみんなこいつらにそうなってほしくねえから言ってるんだ」
「けっけど、さっきの訓練にしたって頑張って疲れてる人に向かってさ、『雑用でもしてろ』とか言ったり、地面に叩きつけるなんて……いくらなんでもヒドいとは思わないの!?
大体疲れてる時に気が抜けてくるのは当たり前じゃん、僕だってそうだよっ!」
のび太は負けじと反論する。
「それに言うけど、ラクリーマのやり方はこの人達を休憩なしでただ疲れさせてるだけにしか見えないんだけど……」
「ばっバカっ!!」
「……」
次の瞬間、ラクリーマはのび太の胸ぐらをぐっと掴み、憤怒の表情で睨み付けた。
「ひいっ!!」
のび太はこの男の気迫に圧倒されてしまう。しかし彼はそんなことをお構い無しでぐっと持ち上げ始めた。
「テメエがそんな口をきくとこを見るといかに今まで楽して生きてきたか、よおくわかるんだよ!
血ヘドを吐かせてやろうか?そうすれば同じ言葉が二度と言えなくなるハズだ!」
「…………」
「気が抜けている奴が一人でもいると訓練の意味がなくなるだけじゃねえ、真剣にやってる奴に対して失礼なんだよ!!邪魔なんだよ!!
訓練てのは疲れてるからこそ気を引き締めたほうがよっぽど効果あるんだよっ!!」
ラクリーマは胸ぐらを離すとのび太はペタンと尻餅をつき、彼の方を見上げた。
「俺らが助けたとはいえお前は部外者だろうが。俺らのやり方に水差すようなことすんじゃねえよ、わかったか?」
「……ううっ……ひっくっ……」
ついにのび太は泣き出してしまった。子供相手に、ましてや泣き虫である彼にそこまで叱咤すれば泣くに決まっている。
そんな彼を見かねたラクリーマはのび太を肩をギュッと掴んだ。
「泣くな、男だろ!!
しずかが横にいんのに恥ずかしいと思わねえのか!!」
「…ラッ……ラクリーマ……」
「俺はすぐ泣くやつは大嫌ぇだ!!そんな奴見てるとマジでぶっ殺したくなるんだよ!」
「…………」
「のっ……のび太さん……」
彼らのやり取りにつられて今にも泣きそうになるしずかはのび太の方を心配そうに見つめていた。
「ううっ……ラクリーマさん……絶対真面目にやるのでもう一度やらせてくださいっ!!」
「……」
さっき倒された部下が起き上がり、ラクリーマに深くお辞儀をして頼み込む。
しかしのび太は立ち上がると彼の元を行く。
「けっけど……疲れてるんなら……また休めば……」
「のび太だっけ……お前みたいな子供に庇われちゃ俺はもうおしめぇよ。けど……ありがとな……」
「……」
ラクリーマは腕組みをして部下の方をギロッとした目で彼を睨み付けた。
「次に手を抜いてみやがれ、その時はマジでお前を八つ裂きにするからな。
てめえらもだ、俺がまた気ぃ抜いたと悟ったらどうなるか覚えておけよっ!!」」
“はっはいっ!!”
戦闘員一斉に大きな返事をした。
「レクシー、のび太としずかを見学室に連れ戻してやれ。
訓練参加者は少し休憩をやる。もっかい気を入れ直して訓練を始めるからな!!」
レクシーは頷くとのび太としずかを連れて見学室へ歩き出した。
「のび太さん……大丈夫っ……?」
「うん……しずかちゃんに恥ずかしいとこ見せちゃったね……っ」
「そっそんなことないわ、あたしも少しラクリーマさんの指導はやり過ぎかなと思ってたから……」
「……」
レクシーは二人の会話を黙って聞いている。彼は今、何を思っているのだろうか、全く分からなかった。
三人は見学室に近づくにつれて、何やら人影がうっすらと見えてくる。
それは見たことのある姿であり、意外な人物であった。
「ユノンさんだ!」
見学室では彼女は座席に座らず腕組みをしながら後ろの壁に寄りかかり、映像を見ていた。
のび太達が近づいても全く彼らの方を見ようとしない。
「珍しいですね、ユノンさんがこんな所へ来るなんて。座らないんですか?」
「……いいわ。仕事が一段落ついて彼のむさ苦しい姿を見にきただけだから……」
「……そうですかい」
レクシーとユノンは素っ気ない会話して三人は座席に座り込む。
映像にはそれぞれ休憩している戦闘員達の横で絶え間なく、いわゆるシャドーボクシングのように素振りをしているラクリーマの姿が映っていた。
一発一発に気を練り込んだ素振り、その彼の瞳を見ると、真剣そのものでものすごく集中しているのがよく分かる。
「…………」
しずかはもちろんのび太でさえ、その姿に惚れてしまいそうだ。
「……吸ってもよろしいかしら?」
「あっ……はいっ」
「……?」
ユノンはレクシーから承諾をもらい、しずかの横に設置してある円い穴のついたオプジェの前に立つと懐から何やら細く短い棒を取り出し、それを口に加えた。
それはのび太達も普段見かける物、煙草であった。
“フゥ………っ”
ライターらしき物で火をつけ、上へ向かって煙をゆっくり吐く。
“ドキ……っ”
しずかは、まるで恋をしたかのように胸が急に引き締められるような感覚に襲われる。
(こっこの人、タバコ吸うんだ……。けど……)
その姿を何回もチラ見してしまう。
横から見るユノンの煙草を吸う仕草、ふかす仕草が実にサマになっていて、同じ女性であるにもかからわず、とても美しく且つカッコよく見えてしまう。
背が高く、大人の風格を持ち合わせる彼女でこそ見せられる姿だ。
「……何かしら?」
「いっいえっ!なんでも!!」
ジロジロ見てるしずかに気づいたユノンは彼女をじっと見つめる。
しずかは焦り、すぐに目をそらすもやっぱりその姿が焼きついてしまっていて何度もみてしまいそうになる。
「……のび太君だったかしら?いい見物を見せてくれてありがとね」
「えっ?」
レクシー達三人とも驚いて一気に彼女に注目する。
普段はあまり自分から話さないユノンがのび太に声をかけた。組織員でもなかなか話さないのに部外者である彼に話をするということは今までにないことだった。
「彼に反抗するなんて……あなた、底なしのおバカさんのようね」
「なあっ!?」
しかし期待を大きく反して、平然な顔でバカ呼ばわりされたのび太は多大なショックを受けた。
「ちょっと酷くないですか!?のび太さんは勇気を出してラクリーマさんに言ったんですよ!?」
「しずか!?」
「しずかちゃん!?」
のび太を庇うしずかの姿に当の本人とレクシーは驚いた。
しずかからしてみれば、大切な友達である彼に罵言を言われて黙っていられるわけがなかった。しかしユノンはこちらを見ず、全く顔色を変えないでただ映像を見つめていた。
「まあ、よかったところもあったわ」
「良かったところ?」
ユノンは目をつむり、軽く笑う。
「あなたの泣きっぷり。鼻水まで垂らしててとてもカワイかったわ」
「…………」
ほめているのかバカにしているのか全く分からず、のび太の頭の中がモヤモヤする。
彼女は言ったことを気にする様子はなく、残り少なくなった吸いがらを穴の中へいれるとそのまま模擬戦場から去っていった。
「……っ!」
しずかは珍しく苛立ちを募り、体をプルプル奮わせている。
そんな彼女をよそに、レクシーはのび太に励ましの言葉を送っていた。
「のび太気にすんな、きっとあの人なりの誉め方なんだよ。普段あんなに話さないからな」
「そうなんですか?」
「多分な」
二人の会話を聞いていたしずかは多少落ち着くが頭の中は考えが複雑に絡みあってすっきりできない。
優しい性格で労ることを知っている彼女からしたらユノンの発言に悪気があったどうかはともかく、友達であるのび太を明らかに見下すような言い方に気にさわっていた。
それもあるが、なんといっても先ほどの煙草を吸う姿があまりにも印象が残り過ぎて忘れられず、その結果、モヤモヤとなってしまうのだった。
そんな中、画面では休憩が終わり再び訓練が始まろうとしていた。
「よっしゃあっ、なら気を取り直して始めるぜ!!てめえら準備はいいか!!」
“おおっ!!”
さっきの一件で戦闘員も始める前よりも気合いが溢れて全員が大声を出す。
これものび太とラクリーマのおかげであろう。
……そして訓練が始まり、全員が一丸となって励む。その内容や全員の頑張る姿は初めの訓練以上に覇気伝わるものなり、非常に熱き展開へと進んでいく。
そんな姿を端から目視していたラクリーマは心を揺さぶり嬉しくてたまらないのであった。
「やりゃあできるじゃねえか!!これなら俺も死ぬ気で頑張れるもんよぉっ!!」
ラクリーマも満面な笑みを浮かべて自ら訓練に参加していく。
その訓練に参加するラクリーマの顔はなんて楽しそうな顔なんだろう。
それは見学室にいたのび太としずかにも伝わっていた。
「ラクリーマ、本当に楽しそうに訓練してるなぁ……」
「あの人達もさっき以上に活気に溢れているわ。これものび太さんとラクリーマさんのおかげね!」
「しずかちゃん……いやぁ……えへへっ!」
「へっ……」
思い人であるしずかに誉められデレデレしているのび太、そんな二人をチラ見して、軽い笑みを浮かべるレクシー。
「次々行くぞ、ついてこいよ!!」
“はっはいっ!!”
ーー訓練が終わるとまた訓練と……休憩なしの連続地獄が始まる。
様々な戦闘場所を変えて、彼らは疲労しきり、今にも死にそうな顔をしているが、指導しているラクリーマを失望させまいとただ気合いと根性で乗りきっていく……。
「うわあ……これで何回めだよ……?」
「かっ、数えただけで6回目よ……。ホントにキツそうよね……頑張って……っ!!」
のび太としずかはそんな彼らに同情している。
この訓練一回につき制限時間30分なため、計6回は約3時間は全く休みなしでこなしているということになる。
だとしたら彼らの疲労はすでにピークを迎えてると思われるが……。
「言ったろ、マジで死にそうになるって……。俺も前にあれをやらされたときは終わったあとその場で『ドサッ』だったな。あんなのもう意地と体力の張り合いだぜ……っ」
「…………」
「…………」
二人の血の気は引いて、青ざめる。本当にアマリーリスに所属していなくてよかったと思うのだった。
その最中、しずかは不可解な点を見つける。
それはラクリーマのことに関してだった。
「レクシーさん、ラクリーマさんを見てて思うけど、あの人あんなに動き回ってるのに全く疲れてそうに見えないんですけど……」
彼女の質問にレクシーは半分彼に対して呆れたような表情をし、腕組みをした。
「リーダーは三度の飯より戦うコトが大好きだからな……、あんだけ動いても疲れると感じてねえんだろうぜ。
見てみろよ、あの顔を」
そう言われ、二人は映像を見ると途中参加であるものの、ぶっ続けで訓練している部下達と劣らぬくらいに動き回り、指揮し、闘っている彼の表情は疲労しているどころか逆に楽しんでいるかのように生き生きしている。
「俺がゆうのも何だけど、あそこまでいくとどんな神経してんだよと思うぜ……っ」
「「…………」」
ーーそして、その訓練地獄にも終わりが……。
「これでこの訓練は終了する。てめえらよく頑張ったなっ!!」
ラクリーマの終了合図に参加者ほぼ全員がその場にドサッと倒れた。
“やっ……やっと終わった……っ”
皆、心からそう思うのだった。
「おいおい、そのまま倒れんなや、歩きながら深呼吸しろ。でねえと死んじまうぞ」
「……はい……ぜぇ……ぜぇ……っ」
しかしそれを実行したのは少人数だけで、それ以外は疲労しきり、立つことさえもかなわなかった。
「ご苦労さんっ、てめえらやれば出来んじゃねえか!
まあ実際はこれもある意味のび太のおかげかもな。あいつに礼言っとくか?」
彼を満面な笑みで部下達を見つめている。
「……すごかったなぁ」
「ええっ、あの人達も本当に頑張ったよねぇ……っ」
のび太達は感動したのか知らず知らずに涙を流していた。
彼らの頑張りは二人の心に大きく印象に残り、良いものを見れたと心からそう思うのだった。
「……何か嫌な予感がするぜ……っ」
「……?」
レクシーは何かに気づいたのか、険しい表情している。
画面を見ると、ラクリーマがまた素振りとさらにフットワークを開始していた。
これはまさか……。
「お前ら、早く呼吸を整えとかねえと次がキツいぜ?」
“…………へっ?”
「次は格闘技場で組手やるぜ、あと20分くらい休憩したら移動しろよ?」
「……こっ……これで終わりじゃないんですかい……?」
「誰が終わると言った?甘ったれたこといってんじゃねえよ」
“……………”
彼のその言葉に全員が耳を疑った。これで終わりではないのかと……その場にグニャっと脱力する。
それはのび太達も同じであった。まだやるのかと二人も目を点にして口が開いたまま塞がらないのであった。
「こっ……心に火がついちまったようだな……ハハッ……」
レクシーもただ苦笑いするしかなかった。