格闘技場は先程の模擬戦場の横にあり、広さは4分の一程度である。
その中は沢山の戦闘員に詰め込まれて非常に暑苦しかった。
「うおおおぉっ!!」
「次ぃっ!」
「ダリャアアッ!」
「次ぃっ!」
ラクリーマ本人が直々に組手を行っているのだが、彼の前には全く歯が立たず、立ち向かっていく戦闘員達は全員返り討ちにあっている。
……もはや組手と言う名のただの殴り合いであった。
「頼むレクシー、俺と代わってくれぇ!」
「ふっ、ふざけんじゃねえよっ!?今日俺は非番じゃあ!!」
交代を要望されて首を横に振るレクシーだったが、
「レクシーっ!!」
見ると、彼はニヤニヤしながら「来い」と言わんばかりに指でクイクイ呼んでいる。
「まっ……マジ……っ?」
呼ばれたからには行かないワケにはいかず、
「ぎゃああああっ!」
当然敵うハズもなく、のび太としずかの目の前で倒れながら震えている。
「レクシーさん……大丈夫ですか……」
「…………」
そんな状態が続き、格闘訓練が終わった。
参加者ほぼ全員が顔中アザだらけでへばっているのに対し、ラクリーマ自身は全く無傷で相変わらず元気に素振りしている。
「はあっ……もう終わんねえかなぁ……」
「まじで気持ちワリぃんだが……」
「俺達を殺すつもりなのか……あの人は……っ」
どこからか不満や弱気な声が出始めている。
それをラクリーマは彼らをチラ見するも、黙って素振りを続ける。
……数分後。
「お前ら集合。最後の訓練を始めるっ!」
休憩していた参加者全員を召集させる。
「またキツい訓練やらせれるんだろうな」と彼らはそう思っていた。
しかし、このあとラクリーマの訓練指示は誰もが理解できないことだった。
「……1時間の猶予をやる。休憩及び、今から各人のベストだと思う武装、装備して……もう一度模擬戦場に集合な!」
“……えっ!?”
「リーダー……何の訓練を……っ?」
「それはその時のお楽しみだ。さあ、お前ら準備にかかれ!」
そう言って彼はまた素振りに入る。
部下達は一向に分からず、頭を傾げるのであった。
「リーダー、何をするか教えくれま……」
「うるせえっ、早く準備しねえか!!
ちなみに遅れた奴はマジでどうなるか覚えとけよ?1時間という多大なサービスをしたんだからな!」
「…………」
そう言われ、部下達はすぐにそこから去っていく。
ラクリーマは手を止めて、見学しているレクシー達の方へ向かった。
「リーダー、何をするんで?」
ラクリーマはどや顔でこう告げた。
「俺一人対あいつらの実戦訓練だ」
「! ?」
その無謀すぎる内容にレクシーは唖然とする。
「ちょっと待ってくだせえ!リーダー1人で100人以上いる戦闘員(あいつら)とやり合うなんて、いくらなんでも無理ありすぎますよ!!」
「今日は俺のワガママに付き合ってもらったからな。あいつらも不満溜まってるみてえだし、俺も多少は痛い目食らおうかなってな……フフっ」
尋常ではない発言をするラクリーマ。一体何を考えてるのか?
「あいつらに本気で攻撃するように言うし、モチロン俺も本気でやる。なんならレクシーも入っていいぜ?」
「きょっ今日はやめときます!!」
ラクリーマは彼の隣にいるのび太としずかを見ると、二人はこれから何が起こるのか理解できずキョトンとしている。
「あいつらにヤル気を出させた礼だ。のび太にしずか、お前らに見せてやるよ。俺の本気ってモンをな!」
そう言い、彼は三人の元から離れて、また素振りの続きを始める。
「本気……?」
「リーダー……マジでやるんですかい……っ」
「…………」
レクシー、のび太、しずかはそれぞれの考えは違っていた。
……………………………………
一時間後、模擬戦場にはレクシーの言った通り、完全武装した参加戦闘員が100人以上が集結、訓練内容を聞かされ全員が唖然とした。
「ちょっ……なに考えてるんですかい……っ!?」
「さすがの俺達でもラクリーマさんに本気で手ぇかけるのは無理ですよっ!!リーダーの身に何かあったらどうするんですか?」
あまりにも無茶苦茶な訓練。部下達はすんなり受け入れるワケがない。
「お前らには今日、俺のしごきを耐えた褒美だ。俺を殺すつもりでかかってこい、いいなっ!」
「しっ、しかし……っ!」
「しかしじゃねえっ!!お前ら……いつも俺に不満持ってるヤツも少なからずいんだろ。
どうだ?もしこの中の誰かが俺を討ち取ったらリーダーの席譲るぜ?うめぇ条件じゃねえか?」
「…………ゴクっ」
『席を譲る』という言葉に反応する一人の男がいた。
ーーユーダである。
「なら始めるぜ。お前らは回りに広がって全員で集中砲火するのもよし、全員で突っ込んで俺をボコボコにするのもよし、どんな手ェ使ってでも殺しにこい!」
彼の指示で回りに囲むように配置させる。
「制限時間は30分。想定場所はなしだ!
お前ら各人の実力を見させてもらうぜ、クックック……っ」
彼は笑っている。明らかに彼が不利な状況なのに。
『まともじゃない……っ』全員がそう思うのだった。
……見学室では。
「今から何を……?」
「…………」
レクシーは何も言わず、ただ映像を見ている姿は緊張と焦りを感じさせる。
のび太としずかも彼の表情からただならぬ事態であると感じさせていた。
そして、
「さあて始めるか。俺を楽しませてくれよ、来なぁ!」
“もうやるっきゃねぇぇぇっ!!”
“ウオオオッ!!”
彼の合図と共に一斉に大勢の戦闘員が一気に襲いかかる。
四方八方から攻めてくる彼らを前にしてラクリーマは……。
「きやがれぇっ!!」!
「ギャアッ!」
「グワッ!」
彼は全く臆することなく猛進し、一撃で大人数を吹き飛ばした。
「グアハハハァッッ!!」
鬼のような形相をした彼の雄叫びが辺りにこだまし、全員が畏怖する。
約十数人が手持ちの火器を彼に狙いを定めて砲火する。が、ラクリーマはすかさず義手を前に出して、弾丸や光線をはねのける。
しかし、さすがに全て跳ね返せるハズがなく何発かは彼の体にかする。これはラクリーマの反射神経がよいのか発砲者が彼の身を案じてワザと外してくれたのかはわからない。
「くぅっ!」
かすった所が出血し、彼が怯んだ隙を見逃さず、戦闘員が彼に襲いかかる。
「のぼせるなぁ!」
彼は休む暇もなく高くジャンプし、空中に逃避する。しかし下を見ると何人かが携行していた小型のバズーカらしき重火器を上空にいるラクリーマへ向け――。
一斉に発射。丸い大型弾頭が彼に向かって勢いよく向かっていく。
「けっ、面白れぇ!!」
ラクリーマは焦る気もなく、義手を前に突き出すとなんと太い上腕部の装甲からハッチと思わしき円い門が上部と下部に開き、中から野球ボールほどの物体が二つ飛び出した。
飛び出した『それ』は落ちる否や、空中分解を始めるが、その中からは何と無数のマッチのような棒状が一気に飛び散り、まるで雨のように拡散しまくる。
それは超小型のミサイルの束であり、数えても50本くらいは裕にありそうだ。
そのミサイルは飛んできたバズーカの弾頭に直撃し誘爆。残りは全て真下の戦闘員に向けて無情にも降り注ぐ。
その一本一本小さいながら、小型爆弾並の威力を誇り、広範囲に渡って爆炎と硝煙の海と化した。
――そのまま密集地帯から離れた場所に着地すると、すぐに右手でブラティストームをグッと掴む。
何と上腕部ごと義手を力ずくで外し始めた。チューブや回線を無理やり引きちぎる嫌な音が辺りに響きわたる。
「てめぇらの相手はこいつだ!!」
引きちぎったブラティストームを全力で投げつける。その瞬間、
ブチ切った義手がまるで意思を持っているかのように内蔵している全武装を一気に展開し、先ほどの爆撃で完全に痛手を負った彼らに襲いかかり、左手がなくなったラクリーマも続いて突撃する。
「てめぇら片腕しかねえ俺相手でその程度かァァーっ!!」
ラクリーマとブラティストームの連携攻撃により、彼らの陣形は跡形もなく崩壊する。
「せっ……せぇいっ!」
“カスっ…”
一人がラクリーマの顔面に拳突きをいれようとしたが、あまりにも力が入ってなくスレスレでかすった。
しかし、その行為が彼を苛立たせる要因となった。
「おいっ、もしかして俺だと思って手ぇ抜きやがったなコラァ!」
「ひいぃぃっっ!」
逆に彼の顔面に本気で拳を入れるラクリーマ。その場に倒れ、悶絶する。
「『敵はためらわず殺せ』と教えなかったか?
今の俺はおめえらの敵じゃあ!」
ラクリーマの勢いはさらに加速を増し、もはや誰にも彼を止められない。
縦横無尽に動き回り、誰たった一人で何十人を蹴散らす彼の実力、例えるなら『戦神』の名にふさわしい。
「うあっ……」
「何てこと……」
のび太としずかはその様にもはや言葉に言い直せないほどの衝撃を受けていた。
無論、レクシーもである。
「いやぁ……こりゃあ驚いた……。ここまでスゲぇなんて……」
彼の並外れた怪力もさることながら、あんなガタイのいい筋肉から全く予想出来ない程に軽い身のこなし、そして一番の特徴はその凄まじい程の気迫であり、それだけで大人数の相手を圧倒している。
……彼は今、歓喜している。さっきの訓練とは比べ物にならず、一発攻撃するごとに悦びが一層高まっているのがわかる。
なんて楽しそうに闘っているのだろうか。それは彼は根っからのだからである。
ーー訓練も中盤に差し掛かり、
「ぐぐっ……」
さすがの彼も次第に疲れが見えてきたのか「ハァ…ハァ…」と息を切らしているのがわかる。
さらに何の策もなく突撃しているので防御はほとんど考えておらずラクリーマも攻撃、被弾を受け、至るところから出血を起こし、よくここまで動いていたものである。
(くくっ……まぁこんなもんか。けどなぁ、そんなじゃあまだ俺を殺せねえぜ!)
また右手で一撃でなぎ払おうと力を込め、振ろうとした時。
“ズキィ!!”
「ぐう!?」
突然あばら骨に激痛が走り、その場に止まる。
しかし戦闘員達はそれをチャンスと言わんばかりに彼に飛びかかり、
彼を四方八方から殴り続け、そして彼は力なくその場に倒れる……。
「…………」
さすがにやり過ぎたのか、全員が手を止めてラクリーマを見つめる。
「ラクリーマ……さん?」
一人が声をかけるが全く反応しない。まさか……とは思うが。
『リーダーっ!!」
「ちょっと冗談はなしですよ!!」
しかし、返事をするどころか指一つ動こうとしない。
そんな彼を見て、一瞬で全員の表情は青ざめる。
見学室にいる三人もその事態にいても立ってもいられなかった。
「お前らはここでじっとしていろぉ!!」
「レクシーさんっ!?」
「リーダーァァァっ!!」
すぐに彼の元へ向かう。『死なないでくれ』と心の底から思うのだった。
駆けつけたレクシーはすぐに戦闘員達を押しのけて、ラクリーマの元へ辿り着いた。
「……リーダーぁ……」
凄惨であった。身体中打撲傷や銃創らしき痕で血まみれであった。見るからに生きている可能性は……限りなく低いと誰の目でも分かるのだった。
「オメーらっ!!リーダーをメディカルルームに運ぶのを手伝えっ!!」
レクシーが指示するが、例えラクリーマの命令に従ったにしても誰もが自分たちのしたことに後悔し、茫然自失している。
しかしそんなことをしている暇などない、早くしなければ本当に取り返しのつかないことになる。
そんな中、あのユーダが小笑いしている。
「ケッケッケッ……これで俺がリーダーになれるチャンスができたかもなぁっ!!」