ユノンを処刑するという事実は艦内に瞬く間に広まった。
「ええっ!?本気ですかリーダーっっ!?」
「ああっ。場所はオペレーションセンターだ」
彼の周りには部下達が一斉に集まっている。しかもそれを疑っているよう顔で。
「ユノンさんはさっき重症を負ったばかりなんですよ!?
いくらなんでもあんまりじゃないですか?」
「あいつはもうダメだ。戦力外どころか俺らの士気まで下げかねん奴だ。
そんな女をいつまでもここに置いとくわけにいかねえ。
くせぇやつは元から断たないといけねえんだよ」
と、彼は平然と断言する。
「一体、ユノンさんと何があったんですかぁ……?」
「……」
「なら……代わりは誰がするんで……」
「……候補はレクシーだ。頭もいいし、統率力もある。なによりあいつなら俺と相性がいい。上手くやってけるだろう。
……以上だ。もしユノンに別れを言いたい奴がいるなら好きにしろ。
それ以外は各人、時間まで持ち場に戻れ!!」
「…………」
誰も反論できなかった。アマリーリスの総司令官である彼の宣言は絶対であるからだ。
命令を無視または逆らうことはすなわち反逆を意味する。
説得しようとも、彼は決めたことには断固として曲げない性格なのは全員がわかっていた。
もはや誰にも止めることはできなかった。
「……俺はちょっと疲れた。少しだけ、部屋で仮眠してくる。
誰も起こしにこなくていいからな」
そう言い、ラクリーマは無言のまま、部下達から去っていった。
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「はあっ……はぁ……っ、ユノンさんを処刑するって本当かぁ!?」
「レクシー?あとのび太も!」
ちょうどレクシーも彼らの元へ駆けつけてきた。
その後ろにはのび太も一緒で息を切らしているのを見ると急いできたのがよく分かる。
「のび太に聞いたらリーダーがこっちに向かったと聞いてな!」
「あの……ラクリーマは……」
「……部屋に戻った。時間まで仮眠を取るって……」
「次の副司令官はレクシー、お前だそうだ……」
レクシーは頭を押さえて苦渋の表情へと変わった。
「まさかこんなことになるなんて……」
「レクシーさん……」
のび太は事の重大さを前にしても何も出来なかった。
自分には関係ないであるけれど、今日さっきまでいた、しかもラクリーマという悪党であるが自分たちを地球まで送ってくれる云わば、恩人が思いを寄せる女性が2時間後には……。
そう思うとあまりの無力さに胸が締め付けられるような気持ちになる。
「僕に……何かできないかな……?」
……………………………………
一方、メディカルルームでは取り残されたしずかとユノンは無言のまま、ただ来るべき時間まで身を任せているだけであった。
ユノンはベッドでしずかとは反対方向に寝そべっていた。
まるで顔すら合わせたくないかのように。
「ユノンさん……いいんですか……?
このままじゃ……あなたは本当に……っ」
「…………」
ユノンは何も喋ろうとしない。
そんな彼女をしずかは。
「ラクリーマさんは……あなたのことを心配しているんですよ?
だから少しだけでも理解して…っ」
「うるさい!!」
「! ?」
「あたしはもう終わりなのよ!!もう最期まで誰とも会いたくない!!」
「ユノンさん!!」
「出ていきなさいよォ……。もう同じ空気を吸っていると思うだけでも吐き気がする……」
あまりにも自暴自棄な発言にしずかにもついに……。
「どうして……どうしてそんなに拒むんですか……?あなた、あの人に殺されるかもしれないんですよ!?
なんで許してもらえる方法を考えないんですか!?」
「……ムダよ」
「どうして!?」
「あいつは決めたことには一歩を退かない頑固者なのよ。もう、誰にも止められない……。
それに……あたしはもう人生に疲れてね。いっそのこと、一思いに殺してくれれば……」
しずかは拳を震わせて、目頭を熱くさせていた。もちろん、興奮などしていない。
今の彼女はあまりにもだらしなさすぎての苛立ちである。
「ユノンさん、あなたは前から逃げてるだけだわ!
このままじゃ……あなたは本当に死ぬまで孤独のままよ!!それでもいいの!?」
「…………っ!!」
「それにあなたが処刑されるなんて、あたしやのび太さんはもちろん……ここの人たち全員は絶対望んでないわ!!
ラクリーマさんだってあなたを本当は処刑なんてしたくないハズよ!」
「……黙れぇ……」
「お願いだから心を開いて!!
あなたの気持ちはわかるわ!けどあなたが変わらないことには……」
「いいっ!!」
ユノンはベッドから降りて、殺気を込めた瞳でしずかに睨み付けた。
「……前に言わなかったかしら……あたしにナメた口きくとどうなるかって……。
……どうやら本当に痛い目に遭いたいようね!」
「ああっ……あ」
「……わたしはねぇ、あんたみたいにのうのうと気楽に生きてきたような奴を見るとすごぶる腹が立つのよ……。
……何が気持ちがわかるだ。自分がそういう経験をしてないのにいかにも分かったようなツラしやがって……」
「ユノンさん……?」
ユノンの様子は明らかにおかしかった。心の奥底に溜まった黒い部分を全面に押し出しているように、今の彼女は醜く見えた。
「何が孤独よ……ならあんたも一緒に来てくれるかしら……っ。
あたしと地獄にねぇぇっ!!」
ユノンはしずかに飛びかかり、首根っこを両手で本気で握り掴み、そのまま床に押し倒した。
「あ……がぁあ……っ」
「どうせあたしはもう死ぬんだ。あんたも道連れにしてやる……っ!!」
ユノンはしずかを殺す気だ。
その握力、殺気、全てが物語っている。
……幼い頃、母親が自分に手をかけた同じ方法で……。
「やめ……てぇ……、ユノン……さ……ん……」
「あ ん た だ け は 許 さ な い ……。 絶 対 に ……」
しずかは悲しかった。彼女は本気だ、そこまで自分を……。
“わからない。わたしはユノンという女性がわからない”
しずかが見た彼女の顔はどす黒く汚いモノが顔中に目や鼻、口が見えないほどにべっとりつき、どんな表情をしているのかもわからなかった。
「〜〜〜〜〜っ」
ユノンの力はさらに増して、このままではしずかの命は危ない。
(……ふざけ……る……な。なんで……あたしがァァ……っ)
「ギ ャ ア ァ ッ っ! !」
なんとしずかは渾身の力で彼女の腕に掴み、首を起き上げた同時に右腕に噛みついた。
ユノンはあまりの激痛に噛まれた部位を押さえている。見ると歯形が出来ているほどの威力であった。
「このガキィ……よくもあたしの腕をォォ!!」
「ゲホっ……ゲホゲホっ!!はぁ……はぁ……。
なっ……何よぉ……。人がせっかく親切にしてるのに……あなたみたいな分からず屋はホントにはじめてだわ……っ」
しずかは咳き込みながらゆっくり立ち上がり、涙まじりの目でユノンをグッと睨み付けた。
「もうあなたなんて知らない!そんなに殺したきゃ殺せばいいじゃない!!やりなさいよぉ!!」
「このぉ……言わせておけば!!」
「けどそんなんじゃ……あなたは死ぬまでラクリーマさんの気持ちなんてわからないわ!!」
「はあ!?あいつの気持ち?
意味が分からないわ!?」
「この際だから言うけどラクリーマさんはねぇ、ユノンさん、あなたのことが好きなのよぉ!!」
次の瞬間、ユノンの険の表情がなくなった。
「いっ、今……なんて……っ」
「聞こえなかったの!?ラクリーマさんはあなたが好きなのよぉ!!」
「ええっ……ウソ……でしょ」
「嘘なんかじゃない!
あたしとのび太さんはこの耳でしっかり聞いたわ!!
ラクリーマさんはあなたのことが好きで好きでたまらないそうよ!」
「……!!」
「けどあなたが……あなたがそんなんだから……あの人はいつまで経ってもあなたに好きって言えないのよ!!」
「あ……ああ……っ」
「ラクリーマさんはあなたを救おうとして、元気にさせようとして必死で悩んでたのよ!
それなのにあなたは……あなたって人はァァ!!」
しずかは泣きながらユノンにその事実を伝えた。
すると、彼女は真っ青となり、ぶるぶる震えて両手で顔を押さえ、ついに!!
今まで聞いたことのない悲しく痛みが混じった叫び声が辺りに響きわたり、その場で顔を押さえながらへたりこんだ。
「ユノンさん!?」
「…………もう……何がなんだか……わからないの……」
彼女は泣いていた。それも悲しみのドン底に叩き落とされたかのように。
「……苦しいよぉ……誰か……助けてよぉ……もういやなのよぉ…………」
本当に哀れだ。
まるで映像内で泣いていた幼い頃の彼女と重なってる。
――ただ苦痛を耐えしのぎ、居場所のない日々を過ごしていたあの時の彼女に――。
しずかは少し後悔まじりの表情でユノンに近づき、肩に優しく手を置いた。
「……ユノンさん、言い過ぎてごめんなさい。
けど、あなたが変わらないと何も変わらないと思う。
あなたはラクリーマさんのこと……どう思うの?」
ユノンはやっと冷静さを取り戻し、今まで記憶や思い出を振り返った。
考えてみれば……ラクリーマがいたからこそ、今までなかった自分の生きる場所、能力の活用できる、いわば『居場所』をもらえた。
さらに誰とも心を開かなかった自分が、彼のおかげで少しずつだが明るい感情を引き出してくれた。
証拠に、今は昔と比べて喋るようになったし、本音を言えたり、尚且つ色んなことをさらけ出すことができた。
そしてしずかが教えてくれた事実。
そう考えれば、彼は自分のために本当に悩み、苦しみ、頑張ってくれていたのだと今、初めて実感した。
そこから出された答えは……。
「……ラクリーマの……こと……自分の気持ち……わからないケド…………わたしも好きよ……好きぃ……」
「ユノンさん!!」
しずかは今すぐにでも飛び上がりたいほどに嬉しく感じた。
あのユノンが初めて……彼に対する本心を今ここで打ち明けてくれたのだった。
「けど……どうすればいいの……このままじゃ……あたしは……っ」
「ユノンさん、あたしも恋なんてしたことないからよくわからないわ。
けど……あなたもあの人のことが好きなら……その思いを自分から伝えたみたらどうかしら……?」
しずかはユノンの手をギュッと握り、コクッと頷いた。
「しずか……あなた……ホントにいい子ね……。……ごめんなさい……ヒドイことしちゃって……」
ユノンが涙を浮かべて謝っている。
……本当にしずかというこの女の子は素晴らしい人格の持ち主である。
「ユノンさん、今ならまだ間に合うわ。
ラクリーマさんにちゃんと自分の気持ちを打ち明けて謝れば絶対に許してもらえるわ。
わたし、思うの。あの人はそこまで酷い人じゃない……」
「……ええっ……わたし、行ってくるわ!!」
しずかからの励ましをもらうとすぐに立ち上がり、急いでメディカルルームから去っていった。
「ユノンさん、頑張って……っ」
しずかはユノンの後ろ姿を暖かい目で見守った。
……………………………………
「はぁ……はぁ……っ」
ユノンはラクリーマを探して艦内をさ迷っていた。
もう時間など関係ない、今はもう彼に本当の気持ちを伝えることしか考えていなかった。
すると、
「「ユノンさん!?」」
途中でのび太とレクシーに出会い、足を止めた。
「はぁ、はぁ……らっ……ラクリーマはどこ……教えてっ!!」
わけがわからず焦り出す二人。
「リ……リーダーは……」
「ラクリーマは……司令室で少し休むって!!」
「……ありがとう。助かったわ」
彼女は休む暇なく、また走り去っていった。
「どうなってんだ一体……!」
「レクシーさん!!ユノンさんを追いかけよう!!」
「あっああっ!!」
二人も彼女を追って全速力で走り出した。
……そして彼女は司令室にたどり着き、ユラユラ歩きながら中へ入っていった。
「ラクリーマ……あたし……っ」
彼はベッドで寝ていた。疲れがたまっているのか、ぐったりしているようにも見える。
ユノンは彼にたどり着くと瞳を震わせて見つめる。
「ラク……リーマ……」
起こそうと彼に触れようとしたその時、
「……ラン……っ」
「! ?」
突然、あの名前が彼の口から飛び出した。
「……ラン……俺を一人にするな……」
多分、寝言だろう。だが、ユノンにとってはまるで絶望の渕に立たされたような気分であった。
「……まだ死んだ女のことを……ううっ……」
彼女はまた涙を流し、彼から離れた。
……女の嫉妬である。たとえ寝言でも好きな彼氏から昔の彼女の名前を出されたら不快極まりないのである。
それはいまだに忘れていない証拠。
そう……ユノンもそういう心境でだった。
「……ううっ……うああああっ!!」
彼女は泣きながらそこから後にした。部屋から出ると、なりふり構わず駆け出した。
もう泣くことしかできなかったのである。
「「ユノンさんっ!!」」
ちょうど駆けつけたのび太とレクシーは泣きながら走り去っていく彼女とすれ違った。
「…………」
「どうしたんだろ……っ?」
すると、
「お前ら、どうした?」
当の本人もさっき目覚め、眠たそうな顔をしてのび太達の元にいた。
「さっきユノンさ……」
「ラクリーマさん!!」
「「「しずか(ちゃん)!!?」」」
今度はしずかが三人と合流を果たした。
彼女も走ってきたのかえらく息切れしていた。
「はぁ……はぁ……ラクリーマさん、ユノンさんがこっちに来なかったですか!?」
「えっっ……来てないが。あいつがどうしたんだ!?」
「あの人、ついに本心を打ち明けてくれたわ。ユノンさん、あなたのことが好きだって!
今、思いを伝えに行くって!!」
それを聞いた三人、特にラクリーマに強い衝撃は通った。
「なん……だとぉ!?
……それでユノンはどこに!?」
「それが……っ」
「ユノンさんなら向こうへ泣きながら走り去っていきましたぜ!!」
レクシーが指を差し、ラクリーマは状況をゆっくり受け止めて、三人の方を見た。
「……わかった。あいつを追う。お前らも手伝ってくれないか!?」
「……リーダー、処刑は……」
「なしにきまってんだろぉっ!!俺もあいつの気持ちを聞きたい!!頼む、力を貸してくれ!!」
三人は互いに見つめあい、同時に頷いた。
「わかりやした!」
「僕たちも手伝うよ!!ねぇしずかちゃん!?」
「ええっ!!」
「……恩にきるぜ。レクシー、二人を連れて向こうを探してくれ。俺は反対側から探す!
多分、テレポーターを使うからどこに行くかわかんねえ。
あいつを見つけたら通信機で伝えてくれ!俺も見つけたらお前に連絡をとる」
「了解しやした。仲間を総勢させますか?」
「いや、全員はちいとマズい。あいつ感づいて隠れちまったら非常に面倒だ。
キツいがお前らと最小限の人数だけで探してくれないか?」
「わかりました。なら、二人とも行くぞ!!」
「「はいっ!」」
のび太達はラクリーマの反対方向へ去っていった。
「ありがとよ……お前ら」
ラクリーマも走ろうと構えた時、
「つ……うっ!」
また激痛が走った。しかしこれまでとは比べものにならないほどの痛みであった。
「くそォォっ!!こんな痛みなんぞ……あいつの心の傷と比べたらぁ!!」
ラクリーマはわき腹を押さえて走っていった。