小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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一子は辺りをもう一度見回す。
そんなはずはない、と思っても現実は変化しなかった。
そこに海斗の姿は無い。
どうしていいか分からない中、思い出される1つの言葉…

“海斗は常夜に帰っちまったんだよ”

天使が言っていた海斗の情報。
しかし、さっきまで海斗は確かにこちらにいた。
どうして常夜にいたはずの海斗がいたかは分からないが、もしも何かの理由
でこちらに来て、それが終わったのだとしたら…。

―海斗は常夜に帰ってしまう。
その結論に行き着いたとき、じっとしてはいられなかった。
祝勝ムードの周りを無視して、入り口へと走る。


(まだ遠くには行ってないはず…!)


常夜の場所なんて分からない。
でも、今立ち止まることなんて到底できそうになかった。
こういうときに勘を使わずにいつ使う。
そんなに複雑に道が分かれているわけではない。
明るい街の方へ続く道とその逆に進む道。
大きく分けてこの2つのようなものだ。
一子は迷うことなく暗いほうの道へと走り出した。


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全てが終わった。
葵冬馬も救われて、小雪の願いも果たされただろう。
もう俺がここにいていい理由はなくなった。

静けさに包まれた街をゆっくり歩く。
走る気分もないし、特に急がなきゃならない理由も無い。
今日でさよならの景色をもう一度目に焼き付けておくのもいいだろう。

それに今日は色々疲れた。
最後だし隠す必要もないからといって、気を使いすぎたってのもある。
今までずっと封じてきたから、使ったのは本当に久しぶりだ。
それでも0にするという行為のおかげで、気の扱いは衰えていなかったらしい。
なんとか勝負に支障をきたすことはなかった。
とはいっても、やっぱ結構きつい戦いだったからか、疲れは隠せない。
まあ、でも寝ればどうせ明日には元気になってるだろ。
その前に常夜の硬く冷たい地面で眠れるかが心配だけどな。

…お別れなんだよな。
この世界と。
ここにいた奴らと。
もう二度と目にすることはなくなるってわけだ。

………はぁ。
別に未練なんて残すつもりはなかったんだけどな。
なんだかんだで俺は結構こっちでの生活を楽しんでたってことだよな。
あっちでは絶対に得られなかった刺激。
ただ単純に目新しいものがあるとかじゃなく、環境全部が違う。
そして、そこに住む者も…

なんだ、結局俺は人間っていう生き物に失望したわけじゃなかったんだな。
あっちでは常に命を狙われて、時には裏切られもした。
てっきり俺自身嫌いになっているのかと思ったが、そうじゃない。
こっちの奴らは皆良い奴ばっかだ。
見ていても面白いし、それぞれが色んなものを持ってる。
逆に俺はそんな奴らが好きなくらいだったんだ。

どこかで俺は友達というものが出来たみたいで喜んでいたのかもしれない。
あっちの世界ではどんなに切望しても叶わなかった願い。
まぁ、残念ながら今じゃこっちの世界でも一方通行の思いだけどな。
俺の最低な過去はバレて、印象なんて良かったわけでもないだろうが、崩れ
去ったのもいいとこ、ガタ落ちだ。
今の俺は必要とされないただの裏切り者、ってとこか?
今まで普通に接した奴が血と悪にまみれた恐怖の塊と分かったら、そりゃ寒
気がするなんてもんじゃないだろう、誰だって身震いする。

本当に申し訳ないことをしたっていうか、恨まれて当然だよな。
何の贖罪も出来ないが、二度と顔なんて見たくないだろうから、そんな意思
に従う行動をとるくらいで精一杯だ。

でも、俺がどう思われていようが、俺はあいつらに感謝してる。
俺なんかに付き合ってくれた沢山の奴ら。


―大和田伊予
ある事件のおかげか俺のことを名前で呼んでくれる後輩。
動物カステラをくれたりと、気遣いも出来る子だ。
そういや、好きな子いるんだっけな。
出来ることなら協力してやりたかった。

―板垣天使
ゲーセンにいた快活な女の子。
名前にコンプレックスを持っていたらしい。
ちょっとしたいざこざもあったが、結局分からず終いで解決。
放課後の遊び相手になってくれた。

―マルギッテ・エーベルバッハ
赤髪に眼帯の強い軍人。
いきなり突っかかってきたが、なんとか対処。
そういや、久しぶりの戦いは面白かったな。
結局、1人の女の子を守りたい優しい奴だ。

―榊原小雪
天然で無防備な不思議女子。
仲間をとても大切にしている。
それゆえに1人で抱え込み、心を塞いでいた。
でも、心から笑顔の方が似合っている。

―クリスティアーネ・フリードリヒ
ドイツから来た金髪留学生。
芯の通った生き方をする真っ直ぐな少女。
融通がきかないのが、たまにキズ。
しかし、からかい甲斐があって楽しい奴だ。

―黛由紀江
控えめで恥ずかしがりやの後輩。
優しい奴だが、ものの見事に空回りをして友達づくりに悪戦苦闘。
俺なんかと友達になりたいと言ってくれた。
そして、さっきは俺を捕まえようと……大丈夫だったかな?

―川神一子
ポニーテールが似合う努力家の少女。
得体のしれない俺に手を差し伸べてくれた。
俺の退屈な日々を終わらせてくれた奴。
水族館…行けなくてごめんな。


俺の周りは恵まれていた。
常夜にこもっていたら、こんなことは経験できなかっただろうし、楽しいと
思える日々も送れなかった。
出来ることなら、もう少しこの生活を……

って、何考えてんだかな。
もう終わった、他でもない俺のせいで。
俺には大きすぎる望みだったのかもな。
常夜にいた時点で普通の生活なんて送れるはずがない。
運命は決まってたんだ。

ありがとよ、俺の一時の夢に付き合ってくれて。
……じゃあな。







「待って!!海斗!!!」


響いたのは紛れもない現実で自分を呼ぶ声。
運命は今変えられる。

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