小説『真剣で私たちに恋しなさい!』
作者:黒亜()

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Side 百代


「逃げられたか…。」


今まさにあいつが出て行った武道場の扉を見つめる。
ついさっきまで、うちの選りすぐりのエリート層100人を相手にしてたっ
ていうのに元気なもんだ。
そこまで嫌がんなくてもいいじゃないか、ったく…。

だが、今日ので再確認した。
あの柔軟さ、冷静さ、センス、どれをとってもあいつは強い。
もしかすると、私が今まで出会った中で一番かもな。
ここまで心から戦ってみたいと思ったのはあいつが初めてだ。

だが、今の状態であいつと戦ったところで本気を出してはくれないだろう。
今の戦いだって、そうじゃないか。
百人組み手を勝ち抜いた、それがましてや一流の相手となれば、それだけで
既に強者の域に達しているのは言うまでもない。
にも関わらず、あいつからは余裕すら感じられた。

…いや、少し違うな。
あいつもギリギリではあった。
何かを隠し抑制したステータスのもと、ギリギリで戦っていた。
それで渡り合える、勝ってしまう奴なんだ。

そう、それだけの実力がある。
川神学園の廊下でも聞いたこと、“何故隠す?”
あれだけの強さ、恥じることも謙遜することもない。
私には分からない。

ただ、戦うのが嫌だとかではない気がする。
あそこまで頑なに決闘を良しとしないくせに、戦っているあいつの顔は嫌が
るどころか、むしろいきいきしているようにも見える。

だから、何かしら引っかかる理由でもあるんだろう。
本気の戦いを避ける理由が。
それがあいつを抑制し、本心も実力も縛っているに違いない。
それを解決してからだ、あいつと全力で死合うのは。
まあ、こういうときこそ賢い弟にでも手伝ってもらうとしよう。

……流川海斗。海斗か。



Side out



「はぁ…」


なんかもう、溜息しか出ないわ。
あの戦闘狂こと川神百代、案の定決闘しようとか言い出した。
追ってこなかったから、なんとか逃げれたよ。

それでなくても修行って言ってたのに、相手が俺の予想より遥かに強くて、
こっちは大変だったっての。
まあ、ストレス発散になったうえに、レアにゃんこのプレゼントまでもらえ
たし良しとするか。


「そういや、腹減ったな。弁当でも買ってくか。」


運動で疲れたことだし、飯でも調達しようとスーパーに向かった。
だが、その店内には…


「こんなところで会うとは奇遇だな、流川海斗。」


聞き覚えのある威圧感のこもったハッキリとした声。
俺の頭の中には1人の女の子が思いつく。

いや、待て。
決め付けてしまうのはまだ早い。
そう自分に言い聞かせ、一握りの期待を持って顔をあげる。

しかし、そこにいたのは紅い髪に紅い瞳。
周りにはなじまない軍服に、何より左目の眼帯が特別目立つ。
俺が浮かべた予想と全く違わぬ少女、マルギッテだった。


「戦う気にでもなったか、いつでも私は相手になろう。」

「いや、そんなこと一言も言ってないだろ。」


今、俺は戦ってきたばっかなんだよ。
重労働後でヘトヘトなんだ。
これ以上はオーバーワークに突入するぞ。


「そんなことより、なんでマルギッテがこんなとこにいんだよ?」

「っ!気安く名前を呼ぶのはやめなさい!」

「なんでだよ…。俺、基本こういう感じなんだけど…」


今更、ずっとお前とか言うのはあんまりな…。
これから名前くらいは呼ぶことあるだろ。


「そんなの私の知ったところではない。馴れ馴れしいのは禁止する。」

「なんだそりゃ。じゃあ、クリスみたいに“マルさん”って呼べばいい…」

「私のことはマルギッテと呼びなさい。」


“いいのか?”と聞こうとしたら、速攻で答えが返ってきた。


「いやでも、さっきは…」

「私のことはマルギッテと呼びなさい!」

「それでいいなら、別に文句ないけどよ。」


そんなにマルさんって呼ばれんの嫌なのか。
ふーん……
腹が立ったら、これ使ってやろう。(←悪い奴)


「それで?」

「それでとは?」

「ここにいる理由は?」

「ああ。お嬢様が“ちんすこう”なるものが欲しいというので、買出しに出
ているところだ。」

「……へぇ」


ちんすこうね。
やっぱり色々興味があるんだろうな、クリスは。
大和あたりから聞きでもしたか。
けどさ…。


「なんで、ちんすこうを探してるお前が歯ブラシコーナーにいるんだよ…」

「今探している途中でな、なかなかないのだ。」

「ちなみに知ってる?ちんすこう。」

「知らないが、探していけばいつかは見つかるだろう。お嬢様の頼みはただ
遂行するのみ。」

「そんなことしてたら、日が暮れるだろ。人に聞くとかしないわけ?」

「こんなこと人に頼るまでもない。」

「ああもう…!」

「はっ!?お前、何を…!」


我慢できなくなったので、強引に手を引いて歩き出す。
多少の抵抗は覚悟したのだが、さっきから口ばかりで暴力が来ない。
なんか拍子抜けだが、僥倖か。


「この手を離せ!流川海斗」

「ほら着いたぞ。」


結局、近くのお菓子屋まで引きずってきた。
沖縄じゃなくても揃ってんのは、今の時代の便利さだな。


「ん?ここは」

「ここ、お菓子屋。これ、ちんすこう。」

「あ、ああ…」


強引にちんすこうの袋を手渡す。


「それでいくらだ?」

「いいから、それ持って早く戻れ。しらみ潰しに探して、待たせてんだろ。」

「しかし…」

「細かいこと気にしてんな。任務最優先だろ。」


なんだかんだでこれが一番効果あるだろ。
軍人の模範のようなもんだからな。
…戦闘欲は除いて。


「…分かった。ここまで連れてきたもらったことに礼は言っておく。」

「ああ、それだけで十分だ。」

「………………」


マルギッテは一度だけこちらを目で見たあと、去っていった。


「…弁当でも買いに戻るか。」


対して俺はさっき出てきたスーパーの方へと引き返すのだった。
今日は完全にオーバーワークだ。

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