第28話 “何か”
「あはははははは!」
腫れ上がったキモオタ匠の右頬を叩きながら高々と笑う剣介。
しかし、その笑いは人が何か面白い物を見たときのような笑いでは無く、何か黒い“何か”を秘めた笑いだった。
そう、キリヤですら背筋に冷たい何かを感じる程の。
「ゆ、許じ・・・・で、ぐだざーー」
「あはははははは!豚が喋ってるよ!あはははははは!滑稽だ!」
「剣介・・・・なの?」
ただ黒い“何か”を孕んだ笑いをする剣介をキリヤは本当に剣介なのか疑っていた。
何時ものように笑顔で優しく接してくる剣介は何処に行ったのだと。
目の前の“それ ”は何なんだと。
「愛って何だ!?太る事か!?だったら太って無いやつは皆愛を注がれてないのか!?何なんだよ愛って!?教えて見せろよ!なぁ!」
「愛・・・・?」
途中から剣介は自分が何をしているかも解らなくなって何故か『愛』についてキモオタ匠に問ていた。
(どうしちゃったの剣介?)
「あは!あはあはは!愛って!ひゃひゃはは!愛って何!?親って何なの!?姉弟て何!?私は愛を知らない!俺も知らない!教えてよ!」
遂に笑いながら涙を流し、壊れだした剣介。
「家族って!何!私は独りぃぃぃぃ!私が本物のーー!」
「な、何なんだよお前!僕は、こんなの!うわぁぁぁ!」
剣介がカタカタと壊れている内に一目散に逃げ出すキモオタ匠。
そこを見計らった麻理がキリヤの側まで走り出す。
「キリヤさん!」
「麻理さん!あの、剣介は一体!?」
「知らないわよ!私だって長いこと幼馴染みやってるけどこんな壊れた剣介見たこと無いわ!」
「あひ、あひゃひゃ!俺が剣介!私は何!?」
「もぉぉぉ!どうしちゃったのよケンちゃん!」
まるで“もう1人の自分“と会話しているように泣き叫び、壁に頭を打ち付ける剣介。
「~~~~~~~!剣介!」
ドサ!
「あひゃ!?」
バチィン!
今度はキリヤが強引に剣介を押し倒して剣介の右頬にビンタをお見舞いした。
「!?き、キリヤ・・・・?」
「剣介は独りなんかじゃ無い!家族が、私が居るじゃない!」
「キリヤさん・・・・」
「キ、リヤ・・・・?お、俺は何をして・・・・何でこんなに泣いてなんか・・・・・・・・・・・・ま、また、俺は・・・・あああああ!!」
ドッ。ダン!
キリヤのビンタで自分を見付けたのか、戻ってきた剣介は独り言を呟きながらキリヤを押し退け、裏山の方へと跳躍していってしまった。
「剣介!」
「な、何なの一体!?ケンちゃんはどうしちゃったの!?」
「分からないてすけど、剣介が“何か”を抱えているのは分かりましたね」
キリヤと麻理は夕陽でオレンジに染まった裏山を見つめていた。
◇
それからというもの、剣介は家にも戻っておらず、裏山の頂きに位置するひときわ大きな木の枝に腰掛け、足をぶらつかせていた。
「俺は何をしているんだ・・・・何なんだよ俺は・・・・一体“誰”なんだよ・・・・!?」
頭を抱えて割れた額の血を脱ぐって木の幹に拳を叩き付ける。
叩き付けられた木の幹はミシミシと不快な音を立てながら凹み、そこから上の方が少し傾く。
「はぁ、はぁ、はぁ、んはぁっ」
もう呼吸をすることさえ忘れるほどに動揺を隠せない剣介。
既に日は落ち、辺りは暗い静寂が包んでいる暗黒の世界。
木々がざわめく度に剣介は身をビクつかせ、帰るべきか迷っていた。
「俺はどうすれば・・・・」
ーー・・に・・・・か・せば・・・・・ぜ。
「え?」
突然聴こえた微かな喋り声。ただし、それは遠くで話しているから聴きこえにくいのとは違って、ノイズが混じったかのようで上手く聴き取れない。そんな感じだった。
「誰?誰か居るのか!?」
ーー・・・・・だを・・・・らく・・・・。
(聴き取れない・・・・何なんだよこれは!?)
「う、五月蝿い!」
シーーー・・・・ン。
それっきり、謎の声は聴こえなくなってしまった。
「んな、何だったんだよ今のは!気味悪ぃ!」
ザサッ!
とうとう怖くなってしまった剣介は木から飛び降りて何時も通る獣道のような草の分け目を歩いていく。
「帰るべきだよな・・・・」
しかし、剣介はまだ迷っていた。
◇
僅かに街灯が照らす帰路を歩くこと30分。何時もならば跳躍魔法ですぐに帰れるが、剣介はただノロノロとローペースだった。
「帰ってきた・・・・キリヤの奴、夕飯食べたかな」
重い足取りで玄関へ向かい、ポケットの鍵を鍵穴に差し込む。そして時計回りに捻る。
ガチャ。
玄関のドアの鍵が空いた。
何時もの玄関には何時ものようにキリヤの純白のサイハイレッグアーマーが薄暗いながらもその白さを、存在を象徴させている。
そしてその横に同じく白いメンズスニーカーがちょこんと踵を揃えて置かれている。
「・・・・ただいま」
だらしなく靴を脱ぎ捨ててリビングのドアを開けた剣介を待っていたのはーー
「お帰りなさい剣介。えっと、ご飯にする?お風呂にする?そ、それとも・・・・わ、私?///」
「んなぁ!?」
なんとキッチンから出てきたのは世間的に言われる『裸エプロン』の姿のキリヤだった。
顔を真っ赤にして背を向ける剣介とあまりの恥ずかしさにその場にしゃがみ込んでしまうキリヤ。
「お、お、おま、おまおまお前!何してんだよ!?」
「こ、これはっ、その、裕二さんに「男はそれで大体喜ぶ。勿論、俺も嬉しいがな!」ってこの格好を教えてくれて・・・・でも私恥ずかしくて・・・・!」
(裕二・・・・女の子にこんな格好をさせるとは、そんな趣味とは知らなかった・・・・しかしーー)
チラッと剣介はキリヤを見る。
女神の名に相応しい白く美しい肌、華奢な四肢に自然に視線が釘付けになる。
「・・・・」
「け、剣介・・・・もしかしてこの格好は、嫌いだった・・・・?」
「そ、そんなことは無いぞ!・・・・その、あの・・・・嫌いじゃ、無い・・・・」
目のやり場に困りながら自分の中の何か爆発しそうなものを抑える剣介。しかも、しゃがみ込んだキリヤの上目遣いがまた剣介の心拍数に大きく影響を与えている。
(か、可愛い!ヤバイ、直視出来ない・・・・だぁぁぁ!抑えろ!抑えるんだ俺ぇぇ!)
「剣介?大丈夫?」
ドキン!
「大丈夫だ!問題ない!」
「そう・・・・剣介。今日はどうしたの?急におかしくなったりして」
「あ、あぁ。それは詳しく話すけど・・・・取り合えずちゃんとした服を着てくれ。何かなっちゃいそうで怖いから・・・・」
男の癖にモジモジとしている剣介の言葉にキリヤはどう理解したのか、更に頬を赤らめるキリヤ。
「べ、別に、私は何かなっちゃっても・・・・良いよ・・・・?///」
「頼むから服を着てぇ!」