小説『斑鳩』
作者:雪路 歩()

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  第二十二章  水色のサマーバケーション12

 ――あの時、貴方は何を思っていたのかしら。

 三日前、学校の屋上でわたしが泣いた日の事を覚えているかしら。
 あの時、貴女はわたしを責めなかったわね。静かに、話を聞いてくれた。そっと、受け止めてくれた。わたしにそんな事してくれる人なんてもういないと思っていたのに。
 呪いの事を話しても、貴方は怯えず、疑わず、恐れず、わたしに触れてくれた。御飯を食べに行こうとすら言ってくれた。とても嬉しかった。
 呪われた女なのに。身も心も醜い女なのに。貴方はそうしてくれた。それがあまりに嬉しくて、あの時思わず泣いちゃったのよ。
 貴方はそれに気付いていた様だったけれど、何も言わなかったわね。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 牛丼って美味しいのね。そして、とても早く出来る物なのね。一分も経たずに出て来て驚いたわ。
 あと、本当はね、わたし、割り箸を綺麗に割る事が出来るのよ。でも、また呪われたせいで手の力が入らなくなっていたの。貴方が心配するといけないから言わなかったけど。
 だからあんな事言われて正直腹が立ったわ。
 ――鳥子さんって不器用なんだね。
 その通りよ。わたしは不器用よ。男の子の事なんて何も知らないし、牛丼だって食べた事無かったし、電車に乗るのだって初めてだったんだから。
 だから覚えていなさい。次からは貴方に笑われない様に、ちゃんと出来るんだから。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 駅の屋上でわたし達はまた話をした。その時、わたしは貴方を怒らせてしまった。
 正直、戸惑ったわ。普通なら呪いを移された事に対して怒るのに、呪いを帰せと言われて怒るんだもの。そんな反応が帰って来たのは初めてだったから、どうすれば良いのかわからなかった。
 その時の貴方の目を見て思ったの。わたしより背が低いのに、わたしは貴方が怖いと思ってしまった。男の子が怒るのって怖いのね。あんな真っ直ぐな目をして睨むんだもの。同性からそうされるよりずっと怖いわ。
 こんな人を呪われたままにしてはおけない。そして、呪いを受け入れてくれる一般人がいると言う事も一族には知られてはいけない。貴方は籠の外で暮らすべき鳥。
 そう思ったわたしは、慌てて馬鹿な事を口にしてしまった。『一緒に来て』と言ってしまった。
 貴方は呪われたのよと言って、食事までたかっておいて、その上付いて来いなどと言ってしまった。更に、来なければ呪うと脅してしまった。
 それでも貴方はわたしを疑う事無く、わたしを真っ直ぐに見詰めてくれた。わたしの言う事を信じてくれた。わたしを恐れないでくれた。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 二人分の電車賃を一回で支払う手際を見て感心したわ。わたしなら何回も買い足して行っていたと思う。きっと何度も買い間違えて、お金と時間を無駄にしていたと思う。
 そうだったわ。その時からわたしは貴方に嫌われようとし始めたのだった。一族の話、呪いの話、わたしの生まれた経緯。負の部分を全て曝け出した。
 それでも貴方のわたしを見る目は何も変わらなかった。一度もわたしを蔑視の目で見る事は無かった。あそこまで話したのに貴方は何も変わらない。
 どうすれば貴方がわたしを嫌ってくれるのか、わからなくなってしまった。そして、わたしはこんな子からこれから嫌われなければならないのだと気付いて、それに絶望した。
 一族の者から嫌われる事には慣れていたけれど、これはさすがに堪えるわ。でも、それは呪巫女の宿命だから仕方が無い。

 ――早く……わたしを嫌ってね。

 夜行列車と言うものに初めて乗った。男の人と同じ部屋で寝たのも初めてだった。
 女子高の友人達からは“男は狼だから気をつけなさい”と言われていたから、内心戸惑っていたのよ。もし貴方が何かしていたら、わたしはどうしていたのかしら。
 少なくとも、肌を見せるまではさせていたかもしれない。そうすれば貴方はわたしを気味悪がって、そのまま嫌ってくれると思ったから。そして、わたしも貴方を嫌いになれていただろうから。
 けれども貴方は友人達から聞いていた男性像とは違っていた。貴方は誠実だった。こういう人ほど人を嫌う事が無いのだから困る。ある意味性質が悪かった。結局その晩、貴方は何もしなかった。疲れていたのね。すぐに寝入ってしまった。
 わたしも疲れていたから、久し振りにお腹も満たされたから、すぐに寝ちゃった。

 ――あの時、わたしはほっとしていたのよ。

 翌朝には既に目的地に着いていて驚いた。夜行列車って便利ね。今度から遠出する時は夜行列車を使う事にするわ。
 ここへ来るのは久し振り。巴が死んで以来。もっとそれより前、巴とここで何日か過ごした事もあった。ここはその時から何も変わっていなかった。
 駅員さんがわたし達を見て『姉弟ですか?』と言った。その時の貴方の顔をよく覚えている。笑顔のままだったけれど、内心気にしていたでしょ?
 そんな反応が、何とも可愛いと思ってしまった。背が低くても別にいいじゃない。可愛いんだから。
 駅から出てわたしがそれを笑うと、貴方は言い返して来たわね。上等よ。女子高でも鼻持ちならない相手に対してはきちんとわたしは言い返して来たんだから。だから負けないわ。
 そうすると貴方は“二面性がある”。“淑やかぶっている”。“いつの時代の人だよ”。そんな事を言って来たわね。それって遠回しに、性格が悪い、世間ずれしている、老けているって言っているのよ。よりによって、全部わたしが気にしている事を言ってくれたわね。本当に頭来たんだから。
 さっきの言葉は撤回するわ。貴方は可愛くなんてない。生意気な年下の男の子なんて憎らしいだけよ。
 でも、その内気付いたの。これは『帰さない合戦』なんだって。貴方はわたしから嫌われて、呪いを帰さないで済む様に仕向けていたのね。危うくその術中にはまる所だったわ。

 ――この程度で嫌ってなんか上げないんだから。

 その後、雑貨屋さんに寄ったのよね。楽しかった。
 貴方は当たり前の様にわたしの分の飲み物まで買ってくれた。さっき喧嘩した事なんてこれっぽっちも引き摺ってなくて、大人だなって感心したのよ。悔しいけれど、もしかしたら貴方はわたしなんかよりずっと大人なのかもしれない。
 お婆さんがかき氷をただで持って来てくれた時も、貴方は礼儀正しく振るまっていた。まだ子どもなのに、礼節的な態度を崩さなかった。きちんとお金を払おうとしていた。
 男子って実はみんな紳士なのかしら。もしそうなら、今度友達にも教えて上げないといけないわね。
 かき氷のシロップ、貴方は自分の名前通りの色を選ぶものだから、わたしはどれにしようか悩んだわ。だから、つい透明なのを選んじゃった。斑模様に染まったかき氷は、まるでわたし自身の様に思えてしまったから。いつかまっさらな白になれる様にって、思ってしまったから……
 どうせなら、わたしも貴方と同じ色を選んでいれば良かった。貴方は迷惑に思うかもしれないけれど、同じ青に染まれられたら良いのにと思ってしまった。
 二人並んでかき氷を食べていると、貴方は何かを思い悩んでいたわね。変な女に付き纏われて困っているのかなって思っていたらそうじゃなかった。貴方はこんな時でも他人を心配していた……家族の心配をしていた。
 昨日わたしが付いて来てと言った時も、貴方はお姉さんの事を口にしていたわね。こんな人のお姉さんなのだもの。きっと心配しているはずだった。善良な人々に対し、わたしがどれだけ迷惑をかけていたのか、その時ようやく気付いた。
 わたしがそれを聞いて慌てていると、貴方は澄んだ目をして言った。大人みたいな表情をして、わたしに言った。
 もし呪いをわたしに帰したりすれば、家族から信用を失うと。嫌われてしまうと。そんな人達なんだと。そんな人達を裏切れないんだと――そんな事言われたら、わたしはいよいよどうすれば良いのかわからなくなってしまう。
 わたしが何も言い返せずに立ち尽くしていると、貴方はぎこちない手付きと足取りで近付いて来てくれた。そっとわたしの手を取って、日影に連れ戻してくれた。
 優しいのね……またわたしが暑さにやられない様にそうしてくれたのね。呪いをその身に刻むわたしに、本来であれば触れる事すら忌避されるわたしに、何の偏見も持たず、そうしてくれた。
 わたしはその瞬間、自身の罪の重さを悟った。それを実感して愕然とした。わたしはそんな人を呪ってしまったのだと。
 けれども、貴方はすぐにそんなわたしの気持ちすらあっさりと取り払ってしまった。
 ――そうだ。帽子を買おう。鳥子さんに似合うのがあればいいな。
 俯いたわたしの横顔に向けて、困った様に微笑み掛けてくれた……――その顔は狡いわ。そのセリフは狡いわ。これでは貴方を嫌えない。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 男性から贈り物をされたのは初めてだった。
 一族からは贈り物ではなく、捧げ物として献上される事でしかわたしに物が贈られる事はなかった。
 貴方がわたしに一番似合うと言って選んでくれたのは、水色のラインが入った、丸い頭の、女性用の麦藁帽子だった。控え目に入った水色の細いラインが何とも可愛らしい。一箇所だけ小さなリボンがちょこんと付いているのもたまらない。首の下で結ぶ紐の色は白で、木の玉が端に付いていた。実はわたしもこれが一番気に入っていたのよ。
 貴女と帽子を選んでいると、わたしの心はいつしか弾んでいた。ついさっきまで絶望していたはずなのに、そんな事もう忘れていた。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 何度も帽子のつばを摘まんでは角度を調節する。どの角度で被れば一番可愛く見えるのか意識していた。
 その後、川辺でお昼を一緒に食べた。貴方と食事するのはこれで三回目。さっき食べたかき氷も含めて三回目。
 川に足を漬けるべきか悩んでいると、貴方は気にしないと言ってくれた。そして、わたしの黒い傷だらけの足を極力見ない様にしてくれた。そんな貴方だから、隣に座っても良いと思えたのよ。
 一つだけ謝らないといけない。一つだけ余る唐揚げを、どちらが食べるかじゃんけんで決めようと提案した時の事なんだけれど、貴方ならきっと譲ってくれるって確信があったの。そうしたら本当にくれるんですもの。笑っちゃった。
 そんな御人好しだと、いつか悪い人に騙されたちゃうわよ?

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 そうだった。その後喧嘩したのよね。お寺の由縁を話したせいで、わたしの目的がばれてしまった。
 そこへ行けば、貴方に刻まれた呪いをわたしに移す方法があるって知らせてなかったから、怒るのも当然よね。やっぱり貴方は聞き入れてくれなかった。
 わたしは必死だった。もしここで貴方が怒って来た道を戻ってしまえば、わたしでは追い着けないし、取り押さえる事も出来ない。
 でも貴方はそうしなかった。ずっとわたしと向き合ってくれた。
 思わず手を上げそうになった時、わたしはそれに気付いた。それを思い出していた。貴方の左頬には、わたしを助けた時に付けた真新しい傷があった。そんな所、とても叩けなかった。それでもわたしはその感情だけは抑える事が出来なかった。
 幸せそうな他人の姿を見て羨んだりしてしまう浅ましいわたしとは違い、貴方はあまりにも純粋過ぎた。だからなおさら腹が立ってしまった。色々酷い事を言ってしまった。
 すると、貴方も言い返して来たわね。驚いたわ。意外だった。気弱そうに見えるのに、言われるままではなく、きちんと自分の意見を伝えて来た。
 一族の人々に対し、わたしは今まではっきりと自分の意思を口にした事が無かった。ただ流されるままだった。その点、貴方は大人だった。籠の中で育ったわたしなんかよりずっと大人だった。背だってわたしより低いのに、その姿は堂々としていた。

 ――貴方は呪いが怖くないの? 

 ――貴方はわたしが怖くないの?

 ――死んでしまうのが怖くないの? 

 ――どうすれば貴方みたいに考えられるの?

 あんなに激しく言い合ったのに、貴方はそれでもわたしの後に付いて来てくれた。普通ならとっくに愛想を尽かされて、帰られてしまっているはずだった。
 何故貴方がそうしなかったのか、答えはすぐにわかった。わたしは再び日射にやられて倒れ込んでしまった。そうしていると、さも当然だと言わんばかりに、貴方はすぐに駆け付けてくれた。
 その時になって、ようやくわたしはそれを悟った。貴方はわたしの事が心配だったから、こうしてずっと付いて来てくれていたのね……本当に御人好しなんだから。
 貴方は偽善者なんかじゃなかった。根っからの御人好しなのね。そんな人に対し、わたし、あんな事言っちゃたのね。最低ね、わたし。
 その内貴方はわたしを負ぶって歩き始めた。非力なのに、背だって低いのに、絶対にわたしを手放そうとしなかった。
 ごめんね……こんな事させちゃって。貴方が途中から泣き始めたの、実は気付いていたのよ。時折肩を震わせて、鼻を啜り上げて、それでも一度も歩みを止ないで進み続けてくれたのを覚えているわ。
 男は馬鹿。男は臭い。男は不潔。男は最低――友人達からはそう聞かされていたけれど、そんな事無いわ。
 貴方のかいた汗がわたしの服に染み込んで来て、わたしの熱を沈めてくれた。わたしは貴方に背負われていた御陰で体調が良くなっていたのよ。
 貴方の汗がわたしの服に染み込んで来て、それがひんやりと冷たくて、心地良くて……でも貴方の背中は温かくて、心地良くて……思わず、その背中を抱き締めてしまった。
 母や巴以外に、もうそんな事してくれる人なんていないと思っていたから。思わず甘えてしまった。
 そうだったのね。前の日も、貴方はこうしてわたしを助けてくれたのね。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 寺に着くと、久し振りに会う巴の妹と話をする事が出来た。
 相変わらず色は呪いが取り分け苦手なままだった。わたしの体には一度も触れられなかったけれど、それでも逃げ出さずに介添えをしてくれた。本当は見るのだって嫌なはずなのに。
 それは仕方がないのよ。貴女はお姉さんが呪いで苦しむ姿を間近で見続けていたんですもの。それでもこうして傍にいてくれてありがとう。だから申し訳無さそうな顔なんてしないで。無表情だけれど、それでも貴女がシュンとしている雰囲気は伝わって来るの。
 大丈夫。御風呂にも一人で入れるから。でも、貴女はそれでも付いて来てくれた。
 わたしは幸せ者ね。恵まれているわね。母と巴が死んでしまっても、それでもまだこうして助けてくれる人が“二人”もいるんですもの。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 御風呂から上がると、色の案内で貴方の居る居間へと案内された。
 うつ伏せになって寝ていた貴方は、とても穏やかな表情をしていた。青白いその顔を見て、目の下に出来たくまを見て、貴方がどれだけ疲れているのかがわかった。貴方がどれだけ全力を出してくれていたのかがわかった。
 うつ伏せのままじゃ疲れは取れないだろうから、ちょっと動かさないといけない。あなたの上半身をどうにか抱き上げて起こし、仰向けにした。
 貴方の額に手を当てて、昔お母さんや巴にそうしてもらった様に、唄を口ずさみながら、何度も、何度も、撫でた。そうしているととても幸せだったの。気持ちが落ち着いたの。前の日もそうだった。
 不思議ね。お母さんが死んでまだ一月しか経っていないのに、それはもう遠い日の事の様に感じられたの。
 そうしていると、その内貴方は目を覚ました。
 わたしは昨日と今日の分を含めて、それ以外の事も含めて、御礼を言った。
 そうすると、貴方もわたしに御礼を言った。昨日、保健室でわたしがそうしていたのを覚えてくれていた。察してくれていた。
 それを聞いて、わたしは貴方の顔が見られなくなった。

 ――あの時、わたしは救われていたのよ。

 寺の主であるあの男が帰って来た。わたしにそれを報せに来てくれたのは貴方だった。
 トランプを始められるものと期待していたのだけれど、本題はこちらの方だったと思い出す。
 全斎は何年か前に会った時から全く姿が変わっていなかった。相変わらず、呪巫女に対しては厳しい態度を取る人だった。
 全斎の説教が始まった。一月前に本家から飛び出した時から覚悟していた事ではあったけれど、男性に怒鳴られ慣れていないわたしには酷く堪えた。しかめ面するだけで精一杯だった。
 歴代の呪巫女達の中でわたしは一番出来が悪いと言われた。それは自分でも自覚している事であった。でも、はっきりそう言われるとやはり堪えた。
 わたしは歴代の呪巫女達の様に、贄としての、受け皿としての取り柄が皆無だった。あるのは不老不死だけ。それも、子供を産めば無くなってしまうと言う、不完全で性質の悪い呪いだった。
 恵まれているお前が何故ここへ来た。そう言われた。それも自覚している事だった。わたしほど呪いを肩代わりされた呪巫女は初めてだろう。
 わたしもそれは認める。わたしは十分恵まれていた。初めはただ呪いが怖くてここへ逃げ込もうとしていたのだけれど、貴方と出会ってから考えが変わってしまった。
 わたしがこの寺へ来た目的は、今は一つだけ。貴方の呪いをわたしの身に帰して、貴方を籠の外へと戻す事。その為ならば、この男から何を言われても構わなかった。
 けれども、貴方は驚いた事に、凄い事を言ってくれたわね。その言葉はあまりに真っ直ぐ過ぎて、正論過ぎて、ぐぅの音も出ないものだった。
 ――他人を排除しようとするからいつまでも呪われ続けているんだ!
 過去に“そんな経験”をしていた貴方だったからこそ言えた言葉なのね……貴方が“父親を刺してしまった”のは、きっとそれが原因だったのね。貴方達家族は、その問題を家族だけで抱え込んでしまった。それは、最後まで外へと助けを求めなかったからこそ起こってしまった悲劇だったのね。
 ――僕は鳥子さんの力になりたい。
 出会ってまだ三日しか経っていないのに、何でそんな事が言えるの?
 貴方は御人好しだから、常に他人を優先してしまうのね。本当は自分も助けてもらいたかったのに、頑なにそれを貫くのね。母親から託された“願い”を――“呪い”を――“誓い”を、果たすために。
 ――昔と今じゃ勝手が違うんだよ! 昔の考えが現代でも通じるわけないだろ!?
 連綿と受け継がれて来た負の遺産。呪い。それをいつしか型のはまった通りの扱いしか出来なくなっていたのはわたしも一族も一緒だった。ある意味では、母と巴も同様だった。
 呪いは移すか帰すかしか選択肢が無いものだとばかり思っていた。それなのに貴方は“帰さない”と言う選択をした。
 ――そういうものは、自分でどうにかするしかないんです。その傷も、痛みも、苦しみも……それが自分のものである限り、全部自分でどうにかするしかないんです。人に押し付けられるものなんかではないんです……呪いの……様に。
 そうだったのね。貴方も“呪い”を抱えていたのね。他人に当たる事で移さず、家族に当たる事で帰さず、今日までその“呪い”を一人で抱え続けていたのね。
 ――親でもどうしようもないものを、更にその親であってすらどうしようもなかったものを、どうして僕達にだけ押し付けるんですか? 大人でも持て余すものを、どうして子どもの僕達が正しく扱えるって言うんですか? 呪いなんてものは誰だって持て余すに決まってるんだ!!!!!
 ありがとう……わたしの代わりにわたしの言いたかった事を言ってくれて。貴方の言葉は、その場限りの綺麗事や理想論じゃなかったのね。一族やわたしと同じ様に、苦しみを抱えながら生きて来たからこそ言えた言葉だったのね。
 他人のせいにするのでもなく、親のせいにするのでもなく、自分の抱える“呪い”は全て自分のものとして受け止めていたのね。

 ――最初から、わたしは救われていたのね。貴方に出会えた時から、救われていたのね。

 矛盾しているわね……貴方らしいわ。他人を排除するから呪われ続けているのだと言っておきながら、貴方自身は“呪い”を自分だけで抱えておこうとするんですもの。まるで、わたしみたいに。
 なのに貴方はついに言ってしまった。罪悪感に押し潰されて、本当の気持ちを吐露してしまった。僕は君の為に付いて来たわけじゃないのかもしれないと。
 良いの……もう良いの……貴方はもう十分頑張ったのだから。わたしの為に命一杯してくれたから。“しがない”わたしでも、貴方の“呪い”の受け皿となれるのならば、どうか頼って欲しい。言ってくれてありがとう。辛い経験をわたしなんかに語ってくれてありがとう。

 貴方はわたしの為に付いて来たのではないのかもしれないと言ったけれど、それは違うわ。貴方は自分と同じ様に、傷付いている人を放っておけなかったのよ。
 貴方がわたしの為に言ってくれた言葉の数々。それを今、ようやく信じる事が出来た。貴方が過去を語ってくれた事で、貴方の言葉の重さを証明する“核心”を語ってくれた事で、その“呪い”をわたしに分けてくれた事で、それが“確信”へと変わったの。

 ――たった今、わたしは救われたのよ。

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