小説『斑鳩』
作者:雪路 歩()

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  あとがきがわりに



 この物語を書き上げた後、400字詰め原稿用紙換算での枚数を確認してみました。
 815枚でした。
 一つの物語の一エピソードを、ここまで長く描いたのは初めての経験でした。

 ――呪いに苦しむ少女を救わんと、自らも苦しみを抱える少年が躍起になり、奔走する。

 ――一夏の出来事を通し、いつしか思いを通わせる二人。

 プロット自体は単純そのもので、極めてお約束なものでした。
 しかし、ここまで難解なテーマを描く事になるとは予想しておりませんでした。

 この物語は『ホラー+人間ドラマ(※ある意味人減ドラマとも?)+恋愛+学生+α』と言う、
 複合ジャンル作品です。

 絶妙な配分で複合的な要素を織り交ぜた作品です。
 なので、一概にホラーとは認められない作品だと思う方もおられるかと思われます。

 一つだけ反論させて下さい。

 ホラー=恐怖と定義します。
 恐怖と言う言葉の意味はかなり広範です。

 殺人鬼、戦争、犯罪、災害、怪奇現象、怪奇存在、人を襲う獣……
 恐怖を想起させる存在や事象は数多く在ります。

 それをもう少しだけ解体して、抽象化してみます。
 それはつまり“嫌な事”と言う言葉に置き換えれるのだと思います。
 音楽の授業で、皆の前で歌を歌うのが恥ずかしくて怖い。
 嫌な奴(※例えば不良とか)に会うのが怖い。
 親族とのしがらみ(※例えば怖い姑とか)が怖い。
 つまりは、対人関係の中にも、大なり、小なり、恐怖は潜んでいるんです。

 灰羽鳥子は一族とのしがらみと、呪いと言う恐怖を抱えています。
 それだけでなく、醜い傷跡を持つ体をも抱えているので、
 それによって生じる他人との軋轢にも恐怖しています。

 一方、守野青羽もまた、親族とのしがらみと、人を傷付けてしまったと言う恐怖を抱えています。
 恐怖により、トラウマにより、病的なまでのお節介さを持ってしまっています。
 他者が傷付く事が怖いと言う恐怖を抱えてしまっています。

 守野青羽の家族もまた、各人が見えざる恐怖を抱えているはずです。
 青羽が父親を刺した事件を機に、姉の紅羽と父はそれぞれ、
 恐怖とも置き換えられる現実の厳しさを目の当たりにしたはずです。
 伴侶の死、親族からの非難、自身の不甲斐なさによって生じた借り……
 弟の黄羽もまた、両親が居ない家庭環境に疑問と言う名の、不安という名の恐怖を抱えているはずです。

 そしてまた、全斎と色も様々な恐怖を抱えています。
 色の方は本編中にて具体的な恐怖の数々を描きましたね。
 全斎の抱える恐怖は、これから先の物語で描く予定ですので、しばしお待ち下さい。

 ――現実を舞台にし、一滴だけ非現実的要素を垂らし、それによって生じる複雑怪奇な人間模様を描く。

 これは私がよく取る表現手法です。『斑鳩』とは、呪いと言う非現実要素と、
 人が普遍的に抱える現実的な問題によって生じる、複合的な恐怖を描いた作品なのです。
 これがジャンルをホラーとした理由です。

 ありったけの陰惨さと、やり過ぎなくらい人の善の面を描く事で、
 双方が対比的に映え、相乗効果を持つと言う狙いがあります。

 別作品の『トータル・メガ‐ミッション』の方でも同様の構図を描いています。
 究極的な絶望的状況下で、綺麗事を実践する若者達と言う対比を描いています。

 ここで一番言いたい事はそれです。
 人は極限まで追い込まれれば、極限まで絶望してしまえば、
 その時は最早、自分の為には動けない生き物なんです。
 自分と同じ様に、傷付いている者、弱い者の為でなければ、究極、頑張れない生き物なんです。
 青羽と鳥子もまた、そんな極普通の人間なんです。
 つまり、そういう事なんです。
 よくわからなかったかもしれませんが、よくわからない例えだったかもしれませんが、
 私はこの作品でもそれが言いたかったのです。

 以上です。

 こんなに長い物語を、最後までお読み頂けて感謝します。
 本当に、本当に、ありがとうございました!

 雪路 歩

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