小説『π>ψ』
作者:馬頭鬼()

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「おい! 佐藤和人!」

 放課後。
 今日は由布結の挑戦を退けたところで、俺に怒鳴りつける声がした。
 さっき撃退した由布結は、自分の操作するリボンに絡まって身動き一つ取れない状態だ。スカートが思いっきりまくれあがって、フリル一杯のパンツが丸見えになっている。
 それよりも注目すべきはリボンに絡まって寄せて上がったCサイズだろう。
 と、今までの俺ならば視線はそこに釘付けになり、あまつさえ愛の告白までしてしまったかもしれない。
が……その寄せて上げられたCサイズがTNT爆弾とするならば、あの数奇屋奈々の持つ胸部のミサイルは熱核兵器くらいに規模が違う。
 流石に間近でアレを見続けた所為か、Cくらいなら耐性がついてしまったようだった。
 中学時代よりも遥かに短い時間で正気に戻った俺は、声のした方……体育館入り口の方を向き、そこに立っていた少年の方に問いかける。

「お、鶴来舞斗。何の用だ?」

「何なんだよ、アイツは!」

 少年は俺の質問を無視して、いきなり怒鳴りつけてきやがった。
 女っぽい顔立ちに似合わず気の短いヤツめ。

「何って? 委員長だけど?」

「そうじゃない、あの能力は何だって言っているんだ!」

 折角とぼけようと思ったのに、コイツ、またしても無視しやがった。
 ふざけるとかとぼけるとか、そういうのが通じそうな空気じゃないな。俺はため息を一つ吐くと、正直に答えることにする。

「能力名は乾燥能力(シリカゲル)
水分を大気へ逃すことが出来る能力。
ちなみに実家は高温多湿で日当たりの悪い場所で、洗濯物が乾かなくて困って……」

「対抗手段はっ?」

 こら、人の話を聞けよ。
 本当にこの舞斗ってヤツは、思考が戦闘に直結してやがるな。
 しかも直情的。
 ……悪いヤツじゃなさそうなんだが、絡まれると迷惑極まりない。

「超能力のアドバイザーやっているんだろう? 分からないのか?」

 古武術を修め、礼儀と忍耐を曾祖父から学んだ俺だったが、一方的にどやしつけられた挙句に無能呼ばわり されると流石にイラッときてしまう。
 ……深呼吸してコイツの顔面に右正拳を叩きこみたい衝動を落ち着かせる。
 二度ほど深呼吸したお蔭か、俺はようやく冷静さを取り戻していた。
 ただ、冷静に考えても……別のクラスの、しかも礼儀すら知らないコイツ相手に教えてやる義理はない。
 だけど、教えないと俺が無能みたいに思われるという、この二律背反。
 けど、対処法を教えるにしても、素直に教えるのも癪だし……

「……目を閉じて戦えば問題ないな」

 取り合えず一番簡単に実行できて、最も突っ込みどころ満載の答えを……

「そうか! 恩に着る!」

 俺の適当なアドバイスに納得したらしく、舞斗少年はそう礼を言うと俺たちの帰る方角……寮のある方へと一目散に走り去って行った。
 ……まさか、寮へ直接決闘しに行ったのか?

「それこそ、冗談だよな?」

 そこまで馬鹿じゃないだろう。
 幾ら、あれだけ直情的な少年でも……目を閉じて戦うほど馬鹿じゃない筈だ。

「ま、結末くらい見届けてやるか」

 俺の下らないアドバイスで、舞斗が酷い目に遭おうが構わないが……流石に何もしないのは目覚めが悪い。
 そう思った俺は、寮に向けて走り出す。

「……それより、ほどいて〜」

 背後からそんな声がしたような気がしたので、慌てて振り返り……俺にプレゼントされるが如く横たわるCの芸術が目に入る。
 リボンをほどく最中に、ちょっとばかりCカップに触れるようなことがあっても、それは事故に違いない。
 ソレが視界に入った瞬間、俺の脳裏に舞い降りたそんな悪魔の囁きに、俺の理性は一瞬で崩壊。
 俺は目の前に用意された神の送りしプレゼントに跳びかかる。
 尤も、流石の俺も数寄屋奈々の持つアレのお蔭で、偶然触れる以上のことをするつもりはなかった。

 ──が、しかし。

 これだけ複雑に絡まっていたら、接触事故くらい何度も何度も何度も何度も起こってもしかたないだろう。

 ──舞斗の結末がどうなったのか、リアルタイムで見るには間に合いそうにないな。

 俺は内心でそう呟くと、事故を期待しつつの人助けを開始したのだった。
 


「よくも騙してくれたな!」

 寮に辿りついたときには、もう全てが終わっていたようだ。
 俺の胸倉を掴んでいるのは、目を真っ赤に晴らした舞斗少年。
 寮のソファーや壁は見事にボロボロ。
 あの傷は……曾祖父との稽古でトラウマになるまで見せられたことがある。

 ──刀傷かよ。

 どうやら、舞斗の能力は刀剣を扱う類の能力らしい。
 そして、こちらを睨んでいるのは無傷の委員長。
 いや、違う。
 俺を睨んでいるんじゃなくて、舞斗を睨んでいるのだろう。
 っと。
 周囲を見回すと羽子・雫・レキ、奈美ちゃんに亜由美までいやがる。
 いや、一組っぽい女子も五名ほど居るな。
 お。柱の裏側から突き出ているのは、国士無双のおっぱい様。

 ──いや、貴女のその超絶なる突起物は、柱程度じゃ隠せませんから。

 こうしてみると、一年生ほぼ半数がこの決闘騒ぎを野次馬していたらしい。
 ……寮生活している所為か、みんな暇を持て余しているようだった。

「お陰で居間がこんな有様だ! 全て俺の所為にされた!」

「いや、それ、お前がやったんだろ?」

 俺の言葉に頷く野次馬一同。
 多分、目を閉じて超能力を発動し……周りが見えない不安から超能力で暴れまわり……手ごたえがなく周囲が気になって、目を開けたところに一撃喰らって敗北って感じかな?
 あ。おっぱい様が頷いてくれた。
 どうやらそれで間違いないらしい。

「いや、これは貴様の所為だ! 貴様のふざけたアドバイスの所為だ!」

 ああ、確かにふざけていた。
 それは素直に認める。
 だけど、あのジョーク半分で言ったアドバイスを聞いた途端、それ以上の会話もなしに走り出したのは誰だったか。

 ──って、言っても聞かないだろうな〜。

 頭に血が上りきってやがる。
 眉を吊り上げ、目を赤く腫らし、顔を真っ赤にして睨み付ける女顔の少年ってのは、相変わらず迫力の欠片もなく。
 どっちかと言うと、少女に告白をされているような気分になってくる。

 ──って、ちょっと待て!

 俺はノーマルだ。
 おっぱいが好きでおっぱいを愛しているおっぱいのために生きていると言っても過言ではないおっぱい星人だ。
 乳もない男の娘なんて、射程外にもほどがある。

 ──委員長の妙な癖、伝染性の病気じゃないだろうな?

 ほら、腐った林檎が一つあると、箱の中の林檎は全部腐っているって言うし。

「つまり、この惨状はお前が悪い!」

 っと、ちょっと新たに生まれつつあった性癖の芽生えと戦っていたら、舞斗の話を聞き逃していた。
 ……えっと?

「決闘だ! 俺とお前で勝負する! 負けた方がこの部屋を片付ける!」

 次の瞬間、舞斗が叫んだその言葉を聞いた俺は、流石に呆れて声が出ない。
 周囲のギャラリーも同じだった。
 いや、違った。一組の女子達は諦めたように苦笑している。

 ──こんなヤツだってこの一週間でよく分かっているのだろう。

 あ、もう一人。おっぱい様だけは何かを認めたくないように首を左右に振っている。
 多分あの様子だと、舞斗のヤツの思考を覗いてみて……その無軌道さに納得したくないのだろう。

「さぁ、始めるぞ!」

 彼の超絶なる思考では、いつの間にか決闘に応じることになっているらしい。
 能力を発動しようとしているのだろう。右手を上に上げようと……
 けど、こんな惨状を作り出すようなPSY能力者とまともに決闘なんてやってられない。ただでさえ勝ったときのメリットがないのに。
 それに曾祖父に作られたトラウマが全力で叫ぶのだ。
 『刃物怖い』『刃物怖い』『刃物怖い』……と。
 だから、少しだけ策を練ってみた。

「あ」

 そう言って、右側の食堂入り口の方を向く。
 まるで先生が入ってきたかのように、少しだけバツの悪い顔をして。

「ん?」

 俺の演技力も捨てたものではないようだ。舞斗は能力発動を一瞬忘れてそちらを向いていた。
 いや、周囲のギャラリー全員がそちらを向いた。
 ……尤も、俺の思考を読めるおっぱい様だけだは笑いを堪えるような顔をしているけど。あと、奈美ちゃんも効果なかったな、これ。
 けど、舞斗には問題なく効いている。
 ……なら、それで十分だった。
 俺は、舞斗の死角側である左拳を斜め上に突き上げるようにして、突き出す。

 ──スマッシュ。

 ボクシング漫画で覚えた必殺パンチの一つ。よそ見もその一つだった。
 とは言え、流石にデンプシーロールは使えないけど、コレとよそ見くらいなら、ま、何とか。
 漫画で覚えたとは言え、スマッシュはボクサーでも反応し辛いと言われる一撃だ。
 余所見をしている素人が避けられる筈もない。
 PSY能力者といっても反応速度は常人と変わらない……というのを、俺はこの一週間の決闘で学んでいる。

「──っ!」

 効果は絶大だった。
 俺の拳は舞斗が何か反応するよりも早くヤツの顎先を捉え。
 全力のスマッシュを喰らった舞斗は叫び声さえ上げられずに壁際まで吹っ飛び、そのまま崩れ落ち……後はもうピクリとも動きやしない。

「やるね〜。和人!」

 そう言って笑顔で口笛を吹いたのは亜由美だった。他の連中は……微妙な表情をしている。ま、流石に手段と言い威力と言い……

「……ちと、やりすぎたかな?」

 少しだけ反省する俺。
「虚を突く」というのは武術の基本だから、アレが卑怯とは思わない。
 けど……周囲のギャラリー的にはあまり良い決闘じゃなかったらしい。

「いや、十分でしょう」

 と、反省している俺にフォロー入れてくれたのは委員長だった。
 少しだけ微笑みながら、こちらに寄ってくる。
 手にしているのは……女子の制服と、箒にエプロン?

「あとは、キッチリ掃除させますから」

 その時の委員長は、素晴らしい笑顔をしていた。
 これ以上ないというくらい、晴れやかな笑顔でそう言ってのけた。
 ……その笑みが自分に向けられたなら、一瞬で恋に落ちても仕方ないと思えるほどの。
 彼女が笑みを向けている対象が気絶した舞斗のヤツで、そしてその笑みを浮かべた理由になってる彼女の趣味が劇場版ナウシカの早すぎた巨神兵なんかじゃなければ、だが。
 ただ、その笑顔を見て、少しだけ舞斗のヤツに同情してやる。
 けど、ま、庇ってやる筋合いもない。
 委員長の笑みに腰が引けた俺は、さっさとその場を離れる。
 下手にあの場に残っていたら、俺まで女子の制服を着せられる羽目になりかねん。

「……大丈夫。和人は委員長の趣味じゃない」

 居間から離れる時、俺に話しかけてきたのはおっぱい様だった。
 久しぶりに至近距離で見下ろしたその絶景は相変わらず凄い。
 人体から突き出た器官が、ここまで見事に重力に反発して、しかもその弾力を失っていないのが明らかに分かるという、その矛盾が素晴らしい。

「……人の忠告、聞いた?」

 至近距離にあった至高の芸術に魅せられた俺を正気に戻したのは、その二つの芸術の上に乗っかっている顔から放たれた、そんな声だった。

 ──っと。はい。正気に返りました。委員長の趣味の話ですね。

 しかし、おっぱい様からそう保障されても……委員長の趣味は俺には今ひとつ理解できないのだ。
 である以上、君子危うきに近寄らず。下手に関わらないに限る。

「……ふん」

 自分の言葉を流されたからだろうか?
 おっぱい様の機嫌があまり良くない。眉間にしわとか寄ってるんじゃないだろうか?
 ……顔に目がいかないから分からないけど。
 結局、会話はそれで打ち切られ、おっぱい様は去って行く。
 仕方なく俺は芸術鑑賞を諦め、自室に戻ることにした。
 喧嘩の雰囲気に脅えたのか、奈美ちゃんは話しかけてこなかったし、羽子・雫・レキの三人娘も、何故かこちらに向かうのを躊躇っている。
 というか、お前ら、顔が赤いぞ? 風邪でも引いたのか?
 


「いやぁ、しかし、和人もやるね〜」

 晩飯食べて風呂に入ってから。
 予習・復習という選択肢のない俺にとって、遊ぶか寝るかという時間帯になった頃。
 突然窓から現れ、人のテレビに繋ぎっぱなしのゲームを起動しながら、亜由美はそう呟いた。
 相変わらずのTシャツ姿。しかも胡坐かくからパンツ丸見え。
 と言っても、今日はピンクかって感想以外しかないけど。
 コイツの下着なんて……流石に見飽きている。

「何がだ?」

 主語を明確に喋ってくれ。

「ほら、今日の舞斗クン。あっさりと罠にかけていたじゃん」

 ゲームのスイッチを入れながら、そう続ける亜由美。罠ってほどのものでもないんだけど。小手先のテクニックというヤツだ。
 しかし、また格ゲーか。俺はシューティングとかレースゲームとかも好きなんだが。

「あのフェイク、見事に決まっていたでしょ? 彼、下で怒り狂ってたから、明日は本気で喧嘩売ってくるかもよ?」

「……うげ」

 亜由美に渡されたコントローラーを握りながら、俺は呻く。俺は平穏無事に過ごしたいだけなのに。
 こりゃ、明日は喧嘩を覚悟しないとダメか。
 本気で対処法を考えないと……そうなるとまず必要なのは情報だ。
 彼を知り己を知らば百戦危うからず。兵法の基本。

「アイツの能力は?」

「んっとね。剣を作り出すっぽいよ? それを三つ四つ、操るみたい」

 何だ、その反則みたいな戦闘用の超能力は? 
 流石は一組のホープということだろうか?
 つーか、亜由美よ。俺は冗談抜きでこの情報に命かかっているんだから、対戦をねだるの止してくれ。

「剣の速度は?」

「ん〜。四つも出されたら、ボクじゃ避けるのきついくらいかな?」

 コントローラーを握ったまま、中空を眺めるように思い出しつつ、そう呟く亜由美。亜由美の速さで四つが限界……か。

「ま、舞斗クンも本気で斬りかかりゃしないでしょ?」

 気楽に亜由美が呟くが……それは気休めにもならない。
 あの馬鹿が本気で怒っていたら、何をやらかすか分からないぞ?
 ……どうも短絡的で直情的な上に、思考回路が読めないし。
 何か、武器を用意した方が良いかな? こうなるんだったら実家から曽祖父の形見の鎖帷子でも持ってくるんだった。
 なんて考えていた時だった。

「……あれ? 何そのカード?」

「あ」

 ……素で忘れていた。
 昨日の三人娘を撃破した時に、賭けで巻き上げたんだった。
 俺はダブルA〜Bなんて雑魚サイズには欠片も興味ないから、机の上に置きっぱなしですっかり忘れていた。
 そのことを亜由美に教えると、ニヤニヤしながら机の上に転がってあったSDカードを手にとって……

「一緒に、見よ?」

 なんて、言いやがった。
 おい、こら、了承した訳じゃないんだから、勝手にテレビ下のパソコンと接続するなよ。

「おいおいおいおい。こら、勝手に……」

「うわ、何するんだよ! 別に減るもんじゃ……」

「……何をやっているの?」

 いきなりドアが開いたかと思うと、突然部屋に入ってくるおっぱい様。

 ──いや、違いますよ?

 コイツとこんなにくっつているのは、他人の写真データを勝手に見ようとするコイツを止めていたんであって、別にイチャイチャしていた訳では……夜の密室でTシャツ一枚パンツ丸出しの女の子を羽交い絞めにしているこの状況で、言い訳出来るとも思えないけど……って、精神感応能力者なら言い訳通じるか。
 俺の内心を読み取って頷いて下さるおっぱい様。
 伊達に素晴らしいバストをしている訳じゃない。
 青のパジャマが、凄まじい造形の立体と化しているし。
 その様相はまるで空の一部を切り取ったかのよう。どこまでも奥行深い空という質感を、服の中に閉じ込めたと表現するのに相応しい、有限により無限を表現するという、まさに芸術を体現した光景が俺の眼前にあった。

「あはは。奈々っちも見る?」

「……奈々っちって……」

 俺とおっぱい様の間に走った一瞬の緊張を、まるで気にしていない亜由美の言葉。
 本当に亜由美はこういうの、気にしないんだな。
 男兄弟とのスキンシップは普通だったらしいし。
 流石のおっぱい様も絶句している。
 と言うか、他人のデジカメデータ……しかも、人の戦利品を勝手にだな。

「ほら、これ」

「うわ、お前、勝手に!」

 結局、俺の抗議は役に立たなかったようだ。急に部屋に降臨なされた天の御使い様の御姿に、一瞬我を失ってしまたのがまずかったのだろう。
 俺が躊躇した間に、亜由美のヤツは勝手に写真データを画面に映し出している。

「うわ、えっろ〜」

 亜由美が笑いながら画面を指差す。
 画面の中では、雫が制服のスカートをたくし上げていて……おぃ、黒かよ。
 次の写真は、雫と羽子が絡んでいた。
 服も脱げかけで……カメラ目線ってのがちと冷めるけど、下着がチラチラ見えるのが男心を分かっている構成だな。
 羽子のヤツは猫のアニメ絵がプリントされたヤツで、変に子供っぽい感じだった。
 ……しかも、顔が真っ赤。
 どうやら、勢いで撮ったけど、恥ずかしくて仕方ないって雰囲気だ。
 写っているのが同級生ってのも、この場を盛り上げる様子の一つになっている。
 それから、雫の脚線美を主体として、羽子が絡んでいく写真が続く。
 どうやら、コレ、撮ったのがレキっぽい。
 あまり喋らない少女だと思ったが、こういう才能があったのか。

「うわ、こんなのまで撮らしてる〜! 鬼畜だ〜!」

「……貴方は何をやっているのですか?」

 て言うか、なにこの拷問。
 別に俺が撮った訳じゃない。
 そもそも脚線美を中心にした写真なんて、俺の趣味には欠片もかすっていない。
 なのに、隠していたエロ本が従姉妹に見つかった時のような、そして目の前でソレを批評されている時のような、あの居たたまれない雰囲気が〜!

「……そんなこと、あったの?」

 うわ、しかも心の中まで読まれる羞恥プレイ付き! 

「え? なになに?」

 その挙句、心の中を亜由美にまで解説される始末。しかし、この二人、いつの間に仲良くなったんだ?

「……昨日、仲良くなりましたけど?」

「うん。和人の部屋でエロ本探してたら、意気投合してね」

 ──そんなことまでしてたのか、お前ら。

 昨日と言うと、三人組と決闘していた頃だろうか。
 放課後になってすぐの出来事で、しかも俺の予定が入っていたことは二人とも知っている。
 ……まさに、計画的犯行で、情状酌量の余地なんてない。
 尤も、この寮に入って色々あったから、エロ本なんて買う暇すらなかったのだ。
 捜したところで出てくる筈もないんだが。

「……ええ、ですから、そのことを伝えるために、部屋に上がらせてもらいました」

 なるほど。それなら納得出来る。
 この無神経パンツ丸出し女相手に礼儀を教えるおっぱい様という構図な訳だ。
 やっぱバストサイズと品性は比例するんだな、うん。

 ──だから、うちの従姉妹連中はあんなに礼儀知らずでガサツなんだよ。

 一番上の従姉、もう二十歳だってのに、B止まりだからな〜。

「うわ、コレも凄っ!」

 はしゃぐような亜由美の叫びに、俺は視線を画面に戻す。
 写真を送るにつれ、肌色の面積が多くなり……あ、レキが剥かれてる剥かれてる。
 写真撮っている内に調子の乗った発言をしでかしたのか、被写体に反撃されたらしい。
 撮影時にデジカメをオート設定にしているらしく、三人娘が無茶苦茶に絡んでいる様子が分かる。
 レキの下着はチェック柄で、やはりあまり色気がない。
 とは言え、三人娘がふざけている様子は……百合っぽさよりも素人の行き過ぎた投稿写真っぽくて、その辺りに若干のエロスはあった。

 ──う〜ん。でも、レキでさえBだし。

 だから、亜由美よ。俺の反応を窺うように、いちいちこっちを見るな。
 その視線の所為で、女の子の前でエロ写真鑑賞というただでさえ悪い居心地が、最悪になっている。

「……そういえば、お前達、こういうの、平気なのか?」

 ふと気になって尋ねてみる俺。
 前の学校では、ちょっとお色気トラブルが多いと評判のエッチぃ漫画を見ていただけで、男子と女子の戦争にまで発展しかけたぞ?

「あ〜。ボクん家は兄さんがな〜」

 あ、遠い目。

「中学生時代にはそれで喧嘩して、何度も家出したし……もう慣れたかな?」

 人に歴史ありというか。
 悩みなんて無さそうなこの無神経女にも、それなりに色々あったんだな〜って分かる、そんな表情だ。

「……私も、男性のこういうの、慣れた」

「へ? 彼氏、いたの?」

 亜由美の一言でギクッとする俺。

 ──もしかして、あの芸術品に触れた、そんな冒涜的な行動を行ったヤツがいるのか?

 もしいたとしたら……本気で抹殺を企てねば。
 けど、亜由美の質問に首を横に振るおっぱい様。
 首の動きに連動して弾んでらっしゃる。

 ──そりゃ、あれだけ他人の思考ばっかり読んでいたら慣れるわな。

 俺は全身から噴き出して止まらなかった殺気を鎮める。
 尤も、その読まれている他人の思考ってのは、まさに俺が今こうして考えていることも含まれている訳で。
 俺の全身から噴き出していた殺意は、一瞬で冷や汗へと変化してしまう。

「……くす」

 だから、おっぱい様。
 思考を読まれるのはもう慣れたけど、そういう意味ありげな笑みは止めて欲しい。

「それよりもさ〜」

 亜由美が何かを言おうとして振り返ったその時だった。

「師匠〜! 新しい技開発したんで……あれ?」

「中空さんと、数奇屋さん?」

「あ、写真」

 この状況で、来るか、羽子・雫・レキの三人娘。
 しかも、俺の部屋のテレビに映っているのは、その三人組のあられもない姿。

「な、な、なんで!」

「その二人まで見ていますか!」

「返せっ!」

 三人娘が顔を真っ赤にして叫んでいた。
 ……って考えてみれば確かに。そりゃ怒るだろう。
 その顔の赤い三連星は、その怒りの矛先を……え? 俺?

「ぶわっち!」

 羽子が持っていたのは塩胡椒?
 それを風に乗せて俺の顔面に!

「目が〜! 鼻が〜!」

 一瞬で視界と呼気を奪われた俺は、目を押さえながら悲鳴をあげる。
 幾ら古武術やっていたとしても、目と鼻の粘膜なんざ鍛えられる訳がない。

「冷たっ!」

 そんな闇の中、いきなり冷水が顔面にかかる。
 恐らくは雫の新たな技だろう。
 心臓が止まるかと思った。

「ぐはっ!」

 次の瞬間、顔面に石が直撃した感触。恐らくはレキの技だろう。
 何の備えも覚悟もないままに顔面を強打された俺は、あっさりとバランスを崩して倒れこむ。
 ……あれ? 何かを掴んだ?

「うわ、何するんだよ! 和人!」

「……離してっ!」

 右手には小さな布切れ。左手には大きな布切れの感触。
 目がまだ見えないため、何を掴んだかは分からなかった。

「がっ! げふっ!」

 だけど、右こめかみにローキック。顔面にヤクザキックが直撃してひっくり返る俺。
 ……何が何だか分からない。
 どこぞのノートに騙された探偵のような言葉が脳裏に一瞬浮かぶものの、数度の衝撃によって俺の脳に刻まれたダメージは深刻だった。

「うわ、中空、お前、まだなん?」

「う、うう、うるさい!」

 結局、そんな声を最後に、俺の意識は闇に飲み込まれて行ったのだった。

-13-
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