「おえっ、内臓が……」
転移した禍の団の本部の一室で、朧はげーげー吐いていた。――血を。
「無茶するからだぜぃ」
「ホント。朧にゃんの体はほとんど人間と変わらないんだから、あんまり無茶すると死んじゃうわよ?」
「ついカッとなってやった。今では反省している。――おぇぇぇ……」
朧は今すぐにでも死にそうである。内臓がいくつか破裂してたらそうなっても無理ないが。
「美猴、黒歌、ちょっとこちらへ」
朧から少し離れた場所に立っていたアーサーが、二人を手招きする。それを見た二人が近づいていくと、アーサーは小声で話し始めた。
「彼はこれ以上、戦わせない方がいいかも知れません」
これに二人は首を傾げた。
「……今のオーフィスの状態、知ってますか?」
「知らないねぃ。けど……」
「見なくてもなんとなく分かるにゃん……」
美猴と黒歌は上階の、オーフィスがいるであろう方向を見て身震いした。
「オーフィスのオーラがもの凄く不安定になってるねぃ」
「最近朧と会ってなかったから?」
黒歌の質問に、アーサーは首を縦に振った。
「この間、オーフィスのいる部屋に入った者が、オーラだけで消し吹き飛ばされて、余波で半径百メートルほどが廃墟になりました」
それを聞いた二人はうわぁ……という顔をした。
「ただ会えないだけでこれなのですから、もし死んだとなれば……」
三人の脳裏に浮かんだ四文字は「世界崩壊」だった。
「でもよぅ、肝心のあいつは命を節分の豆のように撒くような奴だぜ?」
「それに、言って聞くなら誰も苦労してないにゃん」
実は聞かなくても苦労してる人はいない。
「まあ、それはそうなのですが……」
「それに、あいつが簡単に死ぬ奴かぃ? 倒しても倒しても立ち上がりそうな奴だぜぃ」
「殺しても死ななそうなイメージにゃん」
二人のある意味でひどい印象に、アーサーも頷いた。
「まあ、私も彼が死ぬイメージはわきませんが、意外に呆気なく死にそうな気がするのです」
「それはあるかもねぃ」
「段差で転んで死にそうにゃん」
朧は一体どの様に見られているのだろうか?
と、朧の扱いを話していた(と思いきや愚痴り合いに変化していた)最中(ちなみにこの間、朧はずっとげーげーしてた。吐いているのは血液なので、そろそろ人間だったら死ぬほど吐いている。早く病院に行くべきである)、美猴と黒歌がふと顔を見上げた。
「お? 降りてきたぜぃ」
「珍しいわねー」
「呑気にしている場合ですか。このままでは私たちはどうなるか分かったものではありませんよ」
現状整理。朧――吐血中。美猴、黒歌、アーサー――それを遠目で眺めている。というか放置。
それを確認した後、三人はこの場から立ち去った。
その数十秒後、この部屋の唯一の扉を開けて、オーフィスが入ってきた。
「朧、見つけた」
部屋の中を見渡したオーフィスはが朧を見つけると、すぐに近寄り、前かがみのその背中に腹ばいで寄りかかる。
「……やあオーフィス、久しぶりッ!? 元気してた……?」
途中で言葉が不自然になったのは、オーフィスが朧の内臓を締め付け始めたからである。
「久しい。本当に」
無表情のはずのオーフィスが怒っているように見えた。
「ごめん」
こういう時、朧は言い訳せずに謝る。ただ単に反論すると命が危ないだけかもしれないが。
「だから、罰」
「罰?」
「しばらく、このまま」
それを聞いた朧の血の気がサッと引いた。
普段なら大歓迎ウェルカムなのだが、内臓のいくつかが機能停止している今、あばら骨をミシミシさせているオーフィスの抱きつきが長時間続いたら、朧は本当に死ぬかもしれない。けど嫌と言ったら本当に死ぬかもしれないので、朧に逃げ道はなかった。
「あの、オーフィスさん? しばらくってどれくらいですか?」
「我の気が済むまで」
それを聞いた朧は更なる絶望に襲われた。過去最長合わなかった期間は一週間。その時も同じことをされ、その時は8時間ほど抱きつかれた。そして今回開けていたのはその二倍以上。
この二つから導き出されたのは『死』の一文字であった。しかし、それでもいいかと心のどこかで考えている朧は何がとは言わないが既に末期である。
「せめて、抱きつく力を弱めて……」
「嫌」
最後の希望も潰えた。オーフィスが嫌と言ったら絶対である。それを覆そうと思ったら、朧の時間の二週間ほどが必要である。しかも機嫌のいい時に限る。
その後、朧は丸一日オーフィスに抱きしめられ続け、開放された後に駆けつけたルフェイが持ってきた輸血と美猴と黒歌の仙術による生命力増幅により、九死に一生を得た。