「いやはや、真面目に死ぬところだったぜ」
「お願いですからもう少し自分を大切にしてください」
「ルフェイはいい子だなぁ……」
(とてもテロリストとは思えない)
微笑ましくなった朧は、なんとなくルフェイの頭を撫でようと思ったが、帽子があったので諦めた。
「大丈夫。俺が死んでも代わりはあるから」
「冗談言わないでください」
「いや、本当。俺の遺伝子使って作ったクローン的存在だけど」
(ただし未完成)
代わりにはなれそうになかった。
「死んだ時のことを考えるんじゃなくて、死なないように努力してください」
ルフェイの心からの言葉に、朧は真剣に頷いた。
「あ、ところでヴァーリいるか?」
「いえ、今は開けてますけど……?」
「ならいいや。伝言でイッセーが正式な禁手になったって言っておいて」
朧はそう言付けを頼むと、輸血の針を抜いて立ち上がった。
「まだ動いちゃダメですよ!」
「大丈夫大丈夫。大丈夫じゃないけど、そういうことにしないと拙いからね」
朧には敵が多いので、弱みを見せるわけにはいかないのだ。
ルフェイと別れた朧がやってきたのは『禍の団』の実験フロア。ここでは主に人間が、三大勢力から盗み出した技術を用いて何かを作っている。『禍の団』の中で最も忌避される場所である。そのため管理者に名乗り出る者がおらず、朧が管理を押し付けられていた。
「だるぃ……」
何故朧がこんなところに来ているのかというと、簡単に言うと立ち合い人というか、審判を任されたのである。何をジャッジするのかというと、どっちの合成獣がより強いかという、倫理はどこに行ったと訊きたくなる内容であった。
片方はこう言った。
「現存する強い個体に、生物の長所を追加していくのが最強の合成獣へとつながる」
もう片方はこう言った。
「元々強い生物を掛け合わせるのが最強の合成獣へとつながる」
そして朧は内心で叫んだ。
(どーーーーーでもいい〜〜〜〜〜ッ!)
血が足りないところにこんな事に付き合わされて超不機嫌で、今すぐこの気の滅入る白い部屋(実験用。水爆が爆発しても理論上は耐えられる)から出て行きたかった。
「さっさと始めろ」
なので朧はが部屋の中央端で壁にもたれながらそう言うと、普通なら片方ずつしか開かない対爆扉が同時に開き、十代後半ほど男と三歳ほどの少女(と、表現するのが適切か分からないが)が入ってきた。その片方――男の方に、朧は見覚えがあった。
「フリード? 堕天使側からリストラされたと思ったらこんな所にいたのか」
朧が思わずそう口に出すと、フリードも朧に気づいて口を開いた。
「おやおや。そこにいるのは俺の殺したい奴ランク――」
「黙らせろ」
「ギャァ!」
フリードと会話したくなかった朧は、対面にあるガラス張りの管理室に命じる。するとフリードにつけられた猛獣用の首輪に電流が流れ、フリードは苦鳴をあげて口を閉ざした。
「それじゃ、とっとと始めろ」
やる気の全く感じられない朧の号令と共に、フリードの体が醜く膨れ上がった。
(造作くらい整えろよ……)
美的センスを欠片も感じられない姿になったフリードを見て、朧は眉を顰める。
変貌を遂げたフリードは体からいくつもの生物的な刃を飛び出させ、少女に一切の躊躇いなく飛びかかった。
一瞬後に起こる出来事に、朧と少女を除く皆が口を三日月の形に引き伸ばす。
「ぃやッ!」
少女が短い悲鳴を上げ、フリードに来るなというように両手を突き出す。
「ギャァァァーーー!!」
「あらら」
今度の悲鳴を上げたのはフリード。それを見た朧は意外とばかりに目を丸くした。
何が起こったのかと言うと、フリードの刃が届く前に、少女が放った幾つもの光がフリードの体に無数の穴を開けたのだ。
しかし驚くべき所はそこではなく、少女の背中だった。
「白と黒の翼――天使と堕天使の合成獣?」
朧の疑問に、管理室から返答があった。
『そうだ。天使と堕天使の合成獣! 実際できるかどうかも分からず、試しに作ったものだが、これが思った以上の成果をあげた。素材に使用した天使と堕天使のDNAの持ち主は中級程度だったにも関わらず、上級に匹敵する光力を持っている』
(生まれたのは聖魔剣ができたのと同じく、神と魔王が死んだからか? ――いや、この場合は神だけか……?)
「もう一つ質問。何故こんな幼い容姿をしている?」
『本来なら成長速度を早めて十代半ば頃にしたかったのだが、天使と堕天使を掛け合わせたせいか、急速な成長を望めなかった。もしかすると成長する事がないか、成長するのにとても時間がかかるかだ』
「ふむふむ……それでは最後の質問。――さっきから光の……鏃かな? それがこっちを向いてるんだけど、一体どんな教育をした?」
その言葉と共に朧が飛びのくと光の鏃が一斉に放たれ、朧が一瞬前まで立っていた所にいくつもの穴が開いた。あのまま立っていたら恐らくは蜂の巣になっていただろう。
「おい、さっさと止めろ。このままだと死ぬぞ」
それを聞いた管理室の研究者たちが慌てて首輪に電流を流そうとした時、光の鏃が研究者たちのいる管理室を貫いた。
「……わぉ。大抵の事では壊れないようにできてるんだが……光の体積を小さくして密度が上がってるから威力が高いのかね?」
ちょっと現実逃避気味に考察する朧に、光の鏃が襲いかかってきた。
「ぬぉぉぉ! ルフェイに激しい運動は禁じられているのに!」
朧はそう言うが、回避動作の途中にバク転とか入ってるのでいまいち真剣味に欠ける。
「さて、形状的に追尾とかされそうだから、その前に倒しますかねっ」
朧は神器を発動させると、煙幕を創り出して視界を封じた。
視界を封じられた少女は、広範囲にバラまく様に光の散弾を放つ。しかし、細かくなりすぎた光は朧が創り出した盾に阻まれた。
「このまま体当たり――できない!」
そのまま激突すれば体格差で押し倒せた(変な意味では無い)ものの、朧は持病の不治の病があるために、寸前で踏みとどまった。
「ならば――秘技! 猫だまし!」
猫だましとは、顔の前で手を叩く事で相手を驚かせる技である。ただし朧のそれは特別で、衝撃波と音で相手を気絶させることが可能な超非殺技である。スタングレネードもビックリである。
「難点は手が痛くなること。――って、右手が砕けたの忘れてたぁー!」
朧は右手首をつかんで痛みに震える。右手を掴まないのは更に痛い思いをするからだ。
「さて……これどうしよ?」
痛みが落ち着いた朧が周りを見渡すと、そこには気絶して倒れている少女、全身から血を流しているフリード、ボロボロになった管理室とその中にあるいくつもの死体があった。
「まずフリードは……?」
フリードに近寄って覗き込むと、まだかすかに息があった。
「聞こえてる? 聞こえてなくてもいいけど。どうなっても生きたかったら、一つ頷いてくれる?」
これは朧の最後通牒であり、頷かなければ即座に殺すつもりであった。
ほとんど意識もないであろうフリードは、意識的であるかどうかも微妙だったが、それにしっかりと頷いた。
「残念。けど、これで実験体一つ確保かな。しぶとそうだし丁度いいかもね」
朧はさほど残念そうではない表情でそう言うと、フリードをどこかへと転送した。
「さて、問題は……」
朧は気絶した少女を見下ろす。見た目年齢は三歳ほどの少女を(ココ重要)。
「せめて十代後半以降だったら容赦なく戦わせたんだけどなぁ……」
この少女の扱いを決めかねた朧は、しばらく悩んだ結果、レイナーレに押し付けることに決めた。
「書類上では暴走したので処理って事にしておくか」
朧は少女を担ぎ上げて、自宅への転移を行った。