さて、死にかけたがそれはさておき。ヴァーリと美猴をイッセーが通るであろう道に案内した後、『禍の団』の英雄派の本拠に顔を出していた。
「ゲオルグー。例の物はできたかー」
「こっちだ」
そう言いながらどこぞの学校の様な場所を歩いていると、教室の一室から声をかけられた。
「ここにいたか……出迎えくらい寄こせ」
広くて探すのが面倒だ。
「生憎、うちにはお前を出迎えられそうな人材はいないのでな」
「神器所有者もいいが、もうちょっとまともな人間も入れとけよ」
「この組織にまともな人間が入ると思うのか?」
それは言外に『禍の団』に真人間はいないと言っていた。
「よし、表に出ろ」
「それで、例の物は?」
「ああ、出来ている」
ゲオルグが手元の魔方陣をいくつか操作すると、霧と共にいくつかの宝珠がはまった円形の装置が現れた。その装置の中央には、誰かを拘束できるように枷が幾つも付けられていた。
「機能は?」
「注文通り何らかの合図と共に枷に繋がれた者の神器の能力を増幅して反転することにしてある。注意するべきは一度しか使えない事と、一度枷を付けたらまともな方法では外せない事だ」
「素晴らしい。さすがは上級神滅具である結界系神器最強の『絶霧』の禁手、いかなる結界装置をも創り出す『霧の中の理想郷』だ」
「これで例の件は呑んでくれるのだろうな」
「ああ。特殊な『蛇』の事だろう? 面倒だが引き受けた」
ゲオルグの問いに、渋々とだが頷く。
「それで、これはどうする? もう渡しておくか?」
「おや? 頼めば設置してくれるのかな?」
「アフターサービスとしてそれくらいは引き受けよう」
「へぇ、羽振りがいいねぇ。でも遠慮して、自分でやらせてもらうよ」
(仕掛けたい事もあるしな)
内心で今後の算段を付けながら、結界装置を魔力で製作した影の中の異空間へと仕舞い込む。
「取引は完了した。これにて失礼する」
そう言って転移し、この場を後にした。
「……この場には転移妨害の結界を張っているのにも拘わらず、いとも簡単に転移を行うのか」
「クスクスクスクス……」
場所は変わって『禍の団』の研究フロアの一室。そこで朧は先ほどゲオルグから貰った装置を弄っていた。
なお、周りに人はいない。悪魔も堕天使もいない。今の朧の半径百メートル以内に近づける生命体はオーフィスだけである。それ以外は皆実験材料にされる可能性がある。
何故そんな事になったかというと、『禍の団』の研究フロアの管理者にされた時、堕天使の神器研究データを始めとする、様々な各種情報を読み込み、色々思いついてそれを実現させていく内に、いつの間にやら狂気の科学者が出来上がっていた訳だ。
そもそも朧は戦闘職よりも研究職の方が向いており、RPGの適性職業はラスボスを影で操る真・ラスボスであり、彼がその気になれば三大勢力は今頃戦争になっていたかもしれないほど悪知恵が働く。腹黒いと言ってもいい。今やっている事も、他者が聞いたら誰もが指を指して非難するであろうほどに酷い事である。
「これで旧魔王派は……クスクスクスクス」
それに加え、何かに没頭している朧は何をしている訳ではないのに、周囲の雰囲気が暗くなる。部屋の明かりの一段目と二段目くらいの違いだ。その雰囲気に当てられると、誰もがまるでお通夜の様に静かになる。
故に、研究室に閉じこもった朧に近づく者はオーフィスを除いて存在しないのである。
「クスクスクス……霧の中の理想郷で作られた結界装置。ディオドラ・アスタロトの稚拙な策略。それを組み合わせての今回の作戦。それを全て飲み込んでの計略。失敗する可能性は皆無に等しく、成功すれば全てを屠れる」
そこで朧はクククと不気味に嗤う。
「全く、誰かは知らんがいい作戦を考えたものだ。わざわざ反転での実験を若手悪魔にやらせるというのがまた皮肉が聞いている。何せ、俺に全て上書きされるのだからなぁ!」
朧がそれを聞いて考えたのは些細な事。ほんの少しだけの要素の追加。
「発動の際に光力と対の存在である俺の神器の因子の混入。そして起動後の結界強化。誰一人として逃がさない様に。旧魔王派の悪魔も含めて」
朧はこの作戦で、旧魔王派を壊滅させようとしていた。周りの被害などは一切考えずに。
「さあ、もうすぐで終わりだ。待っててオーフィス。すぐに、元通りにするから」
朧は進んでいく。元通りには決して繋がらない道を。