小説『月隠-ツキゴモリ-』
作者:Kiss()

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時は明治。
舞台は吉原。

江戸の時代が終わり、時の名を明治と改め、
日の本も大日本帝国と名を変えた。

徳川は敗れたかに見えた。

然し、新政府軍は旧幕府軍を追及はしなかった。
蝦夷まで追いやられた旧幕府軍が新たに作った蝦夷共和国は、新政府軍に認められたのである。

そして夢のように思われた事が実現した。
新政府軍と旧幕府軍が協定を結んだのだ。

此れにより、日本は本来の歩むべき道を大きく外れた。

そう…。此れは、私達の知る此の国とは異なる。
また別の世界の話…。


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―大日本帝国(ダイニホンテイコク)―

其れは、独自の軍事国家として君臨する此の島国の名である。

廃刀令は出されず、国民なら誰でも帯刀を許される。
然し、時代の流れと共に帯刀する者は減り、銃の携帯は元武士をはじめとする軍人のみ。
未だ和装の者は多いが、髷を結う者は最早いない。
軍人は仏式軍服が主立ち、国民も和服が主流だが洋装も流行の兆しを見せる。

キリストの教えが広まる事はなく、未だ仏教が根強いせいか男色も批難を受ける事はない。
女性同士の恋愛も同じだ。
此の国には同性愛に対する偏見は殆どないと言っていいだろう。

だからと言って同性婚が認められた訳ではなく、子を授かれない事もあり、
偏見の目はないものの同性愛者の親は幾ばくかの難色は示すだろう。

大日本帝国の首都、帝都(テイト)。
元の名を江戸という。

其処に国中の視線を集める強大な花街がある。

吉原遊郭(ヨシワラユウカク)。
通称吉原。

帝都では官許唯一の色街。
官許の遊里では他に、西に島原がある。
女の園と思われがちだが、衆道の流れの多さにより男の廓も数多。

時勢が遷ろうとも、姿形を変えず存在し続ける不変の遊里。
大門もお歯黒溝も健在。
宵の口ともなれば、艶やかに賑わう。

其の花街には吉原の顔とも言える双璧の遊郭が存在する。

一に雪戯楼(セツギロウ)。
役職や内情は他の遊郭と変わりはないが、中は女人を禁制とした男の廓。
吉原一の最高級娼館。

中でもお職を争う四人の太夫達は花鳥風月と呼ばれ、
『大日本帝国に雅有り』と謳われる程の美妓。
花代(揚げ代)も高額故に庶民からは高嶺の花とされている。

二に花牢庵(カロウアン)。
最高級とまではいかぬが、『一見さんお断り』を掲げた遊郭で此れまた美技揃いの廓である。
其れだけなら他の見世とも変わらぬが、花牢庵が双璧とまで名を馳せる理由は他にある。


―花牢庵、月隠(ツキゴモリ)―

其処は女の魅せ場。
吉原でも知る人ぞ知る隠れた廓。

表の廓と違い、此処では客と遊女が触れ合う事はない。
女達は只、観せるだけ。

そう…魅せる。只、其れだけ。

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