小説『月隠-ツキゴモリ-』
作者:Kiss()

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『此れを一月の間、肌身離さず持ち歩いて下さい。
 決して人目に触れさせてはなりませぬ。』


そう言って手渡された包みは手のひらに納まる程の物だった。
淡い紅の風呂敷はまるで梅の花のようでいて、可憐ではあるが
此の花牢庵からの預かり物には少々幼くも見えた。

一体中には何があるのだろうと包みを開けようとすると、
若き忘八(店主)は其れを抑止した。


『“人目に”というのは勿論の事、貴方様も含まれますれば。』

『私も、ですか…?』

『はい。』

『…中身の解らぬ物を一月もの間持ち歩けと?』

『左様に。』


私の名前は古谷惣一郎(フルヤソウイチロウ)。
先祖代々続く呉服屋の当主だ。
とは言っても私が家督を継いでから、未だ五年程の若輩者である。
先代である父に連れられて花牢庵へ来たのが三年前。
吉原には数多くの見世が存在するが、此処へは着物を仕立てたりという仕事もあり
客として贔屓にしてもらってる他、自身も客として世話になる事も多い。

然し私は男としてはまだまだ未熟で…遊女と床を共にした事はない。
情けない話ではあるが、此の体は“女”を知らぬのだ。
どうにもこうにも、そういった状況になると緊張が先んじてしまい【使いモノ】にならなくなってしまう。
三十路を目前に控えた男が一人身でいるのは世間様から見ても男色としか映らぬだろう。
おかげで縁談は幾つもあるのだが、こんな男が相手では女房となる女性が不憫に思えて断ってしまう。

そんな私に憤慨してか父は此処に連れてきたのだ。
免疫をつけておけ、という事なのだろうと思う。

残念ながら、免疫は一切つかぬままだが。

父の手前、幾度か通うようになり
其のうちに馴染みになり
私自身も花牢庵を気に入り
酒を呑むだけではあるが自らの意思で足を運ぶようになった。

本来ならば【馴染み】と言えば、遊女と床を共にする事のできる客の事を言う。
然し私は形だけのものであり、一晩を明かすもそういった行為に及ぶ事はない。
其の所為か、遊女からしてみれば無理に体を売る必要はないが金だけはしっかりと落とす客として
信頼されているらしいというのを聞いた事がある。

嘘か真かは定かではないが。




嘘か真か解らぬ事といえば、此の花牢庵には【とっておきの秘密】があるらしい。

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