小説『月隠-ツキゴモリ-』
作者:Kiss()

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…さて、どうしたものか。



其の日私は登楼するでもなく、真っ直ぐに帰宅した。
花魁の顔を見て帰ろうか等と出かける前には思っていた筈なのだが、忘八との話の後
どうにもそういった気分にはなれなかったのだ。


文机の上にはあの包み。
見詰め合う事、小半時。


「見るな」と言う割に簡易的にしか包まれぬ物に違和感を感じた。
懐に入れても何かのはずみで落とせば、ゆるりと解けて其れは私の前に姿を現すだろう。
何故其のような危うげな物を託した?
何故見てはいけない?
先の一月、花楼庵に此れは置いておけぬのか?
然し大事な物で、見られたくない物なのだろうか?
否。
其れならば私等に預けずとも、何処かに隠してしまえばいい。
他人に預けるというのは万が一にでも見られる可能性はあるだろう。
釘を刺せども、あの忘八の言うように“こっそり見てしまう”事は止めようがない。
見ても見ぬと言い張る事は容易なのだから。
だとするのなら…


『此れは私を試す物なのだな。』


そう…此れは秘密其の物なのだ。
つまり彼は私が一月の間、此の秘密を守れるか試しているのだろう。
理由は知れぬ。
私は只、黙って此の秘密を守れば良いのだ。
違えれば信用問題にも発展し兼ねない。
あちらにとっても私は客であるが、それは此方にも言える事。
無用な問題は避けたいというのが本音だった。


『…よし。』


私は近くに置いてある反物に手を伸ばし袋を縫い始めた。
帯を作る際に散々迷って仕入れた反物は幾つかある。此れも其の一つだ。
決して中が覗けぬよう、包みごと袋に閉じ込める。
そして全ての口を縫い付けてしまえばいい。


『此れでお前は私からも守られる。』


呟きながら、私は其の袋を懐にしまい込んだ。




(続)

-9-
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