こほん、と勿体ぶった咳をし、ラメルは俺達と対峙する。
目の前には小洒落たカップに温かなお茶。
「アッシュとリノにお会いするのは初めてでしたわね。ワタクシ、ラメルと申します。主祭導師をやっておりますわ。今働いている導師は全てワタクシの教え子なのですよ」
という事は、結構いい年だったりする訳か。
見た目は結構若く、グラオより少し年上程度に見える。
若作り、と口を滑らしそうになる。
「何をお聞きになりたいの?」
ありがちな魔女、或いは典型的な高飛車キャラの様な口調だ。
色んな意味で不安だが、とりあえず俺が口を開く。
「悪神の分身について、知っている事を教えて欲しい」
「分身、か。古文書では影と言われているな」
グラオがどうでもいい修正を入れてくる。
さておき。
影、は勿論あの姿形は勿論、取り憑く対象の影に潜むことからそう言われているらしい。
哀れな被害者は多種多様。
極論を言えば、生き物ならば誰でも取り憑かれる可能性があるのだ。
「つまり、教会の者も例外では無いと」
「そういうことですわ」
グラオとフォリがうつむき、リノが非難混じりの視線を向ける。
「……だが、ヨリシロを持たない影も居た」
「本当ですの?」
「森で遭遇した奴は、倒した後に何も残らなかった」
「虫とかではありませんの?」
盲点だった。
が、それは納得したくない。
虫を許容してしまえばそのうちダニとか微生物にまで取り憑きそうだ。
「そうでなければ……近くに居たのではないかしら」
「近くに? 何が」
「悪神、もしくは、悪神の代理ですわ」
全員に緊張が走る。
「影は本体……悪神から離れれば離れるほど自力では姿を保てませんわ。ですので、生き物に取り憑いて活動せざるを得ないのですけれど。でも、近くに居れば、影だけでもかなりの力を持ちますわ」
だとすれば、あの森に悪神か、その代理が潜んでいたことになる。
記憶を掘り起こす。
確か、グラオが言っていた――「選ばれた代理には、悪神も直接手は出せない」と。
悪神はダメでも、代理ならば。
「忘れたのかい? どちらかが倒れては意味がないから、出会うことはまずないって言っただろう」
グラオが口を開く。
言われてみれば、そんなことを聞いた覚えもある。
「出会ったとしても代理でも手は出せませんの。場外乱闘は禁止、ちゃんと闘技場で戦いなさい……そういうルールになっているようですわ」
やんちゃな若造の決闘か、と世界レベルの危機とはいえツッコまざるを得ない。
ややもすればコメディ路線に走る思考を、頭を振ってシリアス路線に切り替える。
「相手は、俺の姿を見ているかもしれないのか」
敵状視察のつもりはなかったとしても、結果的にはそうなった。
俺達がどんな姿をしていて、どんな戦い方をしていて、どんな力を持っているのか。
手の内を知られれば圧倒的に不利だ。
「それに関しては心配なさらなくても大丈夫ですわ」
「え?」
ラメルはひらひらと手を振る。
「影は悪神の分身ですのよ? 分身から得た情報、本体に行かないとお思いで?」
つまり、最初から洗いざらい何もかも見られていた訳だ。
こちらは何も知らないというのに。
「腹立たしいことこの上ないな」
流石悪神。
まさに外道。
主祭導師というだけあって、所蔵資料は豊富だった。
俺達は滞在を許され、しばらく情報収集をすることにした。
グラオが中心となって、リノとフォリがサポートをし、俺は適当に何かをあさる――自然とそんな役割分担か出来ていた。
俺に与えられたのが役割かどうかはともかくとして。
まあ、グラオはまがりなりにも導師な訳で、そういった文献を調べることは得意だろう。
リノもフォリも教会巫女だし、術やら儀式を学ぶ過程で色々やっていたと思われる。
そして俺は近衛騎士、頭より身体という訳で、アテにされていないのも無理ない話かもしれない。
俺自身はかなりの勉強家ではあるのだが、そんなことをひけらかしたところで何の得にもならない。
素直に得意そうな彼らに任せることにして、俺は本の海の探索を楽しむことにした。
世界が違えば当然文化も違うのだが、時々共通した要素を持っていたりする。
良い例がドラゴンだ。
ドラゴンはほとんどの世界で伝説の存在だ。
絶対的な力の象徴として力を借りたり、逆に討伐の対象となったりしている。
こちらの世界では悪神の象徴がドラゴンだった。
「またドラゴンと戦うことになるのかねぇ……」
ここに来る前の世界での最終決戦、そこで死にかけたことを思い出す。
たまには味方のドラゴンにも出会いたいものだ。
「アッシュ、ここでしたの?」
声のした方を振り返ると、ラメルが手招きをしていた。
「俺に、何か?」
「お話がありますの。ここでは少し……来ていただけませんこと?」
呼ばれる時は大事なお話。
勇者の勘。
というか、お約束の展開。
面倒なことにならなければいいが、と俺はラメルの後に着いて行った。