グラオの先導で、言っていた先生とやらの教会へと向かう。
フォリは自分が魔物に変えられていた事が余程ショックだったのか、一言も口を利かない。
リノはリノで慣れない術を使ったせいで疲れが隠せない。
元気なのはグラオくらいなものだ。
そういう時こそ気遣ってやるのが男ってものだろう、と俺は呆れ返っていた。
「大丈夫か、リノ」
「え?」
「いや、相当お疲れっぽいからさ」
「え……だ、大丈夫ですよ」
「そう?」
俺は少しだけ身を屈め、リノと目を合わせる。
驚いた様に揺れる瞳。
「リノが居なければ、多分フォリを元に戻す事は出来なかった。これからも世話になる事も、リノの力を頼る事も多くなると思う。だけどな、あんまり無茶ばっかして心配させるなよ。辛くなったらすぐに言えよな」
リノの頬が赤くなる。
俺はその頭をぽんと撫で、グラオの後に付いて歩く。
この台詞と行動がどういう意味を持つか、リノがどう思うか、それくらい解らない俺では無い。
けれども、言ってやらなければならない。
これも実は、仕事人の務めの一つなのだ。
残酷だとは思う。
だが、その世界で役目を果たす事は、そういった恋心にも対峙しなければならないって事なのだ。
仕事と私情の板挟みだ。
個人的には、そういった関係になる事は極力避けたい。
決して叶わぬ思いを抱かせる事が良いとは思えないし、期待させて応えて貰えないなんてどんなプレイだとも思う。
けれども、仕事として擬似的な恋愛関係にならざるを得ない事が多々ある。
いや、俺にとっては擬似的でも、相手にとっては本物ではあるのだが。
森の一件を思い出す。
あの時俺はわざと「甘い雰囲気」を壊した。
仕事人の務めに逆らって、だ。
何度経験しても慣れない。
俺自身の経験のせいだ。
自分の感情に溺れかけ、死にたくなる程に焦がれ、何もかも――務めを放棄しかけたあの経験が、仕事であっても恋愛関係を避けてしまう。
どうしても割り切れないのだ。
相手に想われ、相手を想う事に。
だから本当ならば、リノに対してもそうしたくはない。
「難儀だな……」
「? アッシュ、何か言いましたか?」
思わず口をついた本音にグラオが振り返る。
「いえ、何も」
気が付けば、教会はすぐ近くだった。
「この教会には主祭導師のラメル先生が居るんだ。書庫も併設されている」
中に、とドアの前に立ったグラオが弾き飛ばされる。
「ああぁぁもうじれったい!」
そう叫ぶ女性は、グラオを弾き飛ばした事に気が付いていない。
「ばーんといってずばーんとやってどきゅーんって……って……あ、あれ?」
唖然としている俺達に気が付いたのか、女性は驚いた顔をしている。
そして、みるみるうちに恥ずかしさに染まっていく。
「ああ、ええ、その、何でしたっけどちらさまでしたっけ」
「お、お久しぶりです、先生」
弾かれたダメージから復活したグラオが、幾分よろけながら挨拶をする。
「じゃあ、この人が」
「そう、ラメル先生だ」
先生と呼ばれるだけに、もうちょっとしっかりした人だと思っていたのだが。
よろしくお願いします、と言う俺の声は、少しだけ引きつっていた。