小説『さよなら、最愛の人』
作者:ツバメ()

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2週間ほど経ったある日のこと、僕の母から電話があった。

プルルルルル…… プルルルルル……

ガチャッ


「もしもし、お母さん?」

「そうよ。涼、元気にしてる?」

「うん、まぁ」

「急の由梨さんの容態が崩れて倒れてしまって、もちろん由梨さんのことも心配だけど、
涼が放心状態にでもなってるんじゃないかと心配になって」

「大丈夫、時々お見舞いしに行ってるし、由梨は普段通りにニコニコしていて元気そうだから」

「ちゃんとご飯食べてる?」

「うん、主夫の才もあるのか、料理の腕は由梨よりも上だから」

「あらそう。今度そっちになにか送ろうかしら。今みかんがたくさん家にあるから、そちらにいくつかおすそ分けしようかしら」

「ありがとう、時間がある時でいいよ」

「そうねぇ、今週の土曜日にクロネコヤマトさんに頼んで送ってもらうわね」

「うん、分かった」


僕の母は、夫も所有していた建物の1Fを使って小さなカフェを営んでいる。
店内に流す音楽も店内の装飾もすべて母が決めたもの。
開店時には近所の母の友人だけでなく父もだいぶ手を貸した様だ。父は母の自営業にとても協力的だった。


「この前、お花を買って由梨さんのお見舞いに行ってきたわ」

「そうなんだ、由梨どうだった?」

「元気そうね。入院しているなんて嘘みたい。
でも、由梨さんって子どものように壊れやすいイメージがあって、性格も大人しいでしょ。病院のベッドで静かに眠っている姿見てなんだか容態が心配になっちゃったわ」

「まぁ、確かにそんな感じではあるかもしれないけど、きっと新しい生活が始まって動揺してたんじゃないかな。少し休んで復帰すれば今度は免疫ができて新しい暮らしにすぐ順応できると思う。
お父さんも行ったの?」

「お父さんは体の調子があまり芳しくなくて寝ていてもらったわ」

「お父さんは大丈夫なの?」

「うん、今はすっかりよくなってよく近くの公園にポチを連れて散歩しに行ってるわよ」

「そうか。お母さんも年なんだから気をつけなよ」

「うん、そうね、でも、私はまだまだ現役だから」

それから2,3話をしてから僕は母からかかってきた電話を切った。
僕が由梨と2人で暮らしているのは、転勤で実家から勤務先の大学が遠くなってしまったからだった。
本当は母や父と一緒に同じ屋根の下に暮らしたいものだが、母は実家の近くのカフェを経営しているし、父は自分の家で老後を穏やかに暮らしたいのだそうだ。

由梨と母の相性は決して悪いとはいえないが、由梨はもともと他の女と違って口が堅い。
これは女性としては珍しいことである。

口を開けば世間離れした話ばかりするため他の女はその話についていけない、というかあまり興味を持てない。もちろんそれは母も同じことで。普通の女性がするような世間話ができなくて、きっとそのことが本人にも分かっているから自然と口が堅くなってしまうのかもしれない。母が「由梨には静かなイメージがある」といったのはそういうことである。顔つきにも他の女との違いがしっかりと現れているように思える。
顔つき通り、本当は子供の様にふざけたり面白いことを言うのが好きなのだが、だんまりが続くとその彼女の貴重な個性がたちまち死んでしまうようだ。


それに、由梨自身も、年上の女性との付き合いでちょっとしたトラウマがあるということをちょろっと言っていたことがあった。
人はみな不都合でなければ自分の感情に正直に生きていて、人にはそれぞれ居心地のいい集団と居心地の悪い集団があり、居心地のいい場所になるべくいるように行動していくものだ。

でも、社会生活において、特定の性格の人とだけ付き合うのは不可能であり、「家族」という小社会においてもそれは同じこと。だから由梨はある年上女性との付き合いでつまずいたことを「トラウマ」と言ったのだろう。また、「トラウマ」というからにはそれが1回ではないということは察しがつく。
それに、由梨は大学にいるときも孤立しっぱなしだった。
社会でそのことを乗り越えられなかった由梨はそのことを気にしていて、おそらく母がお見舞いに来たときにはとても気を遣ったことだろうと思う。





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