僕が由梨のいるベッドの隣りのイスに座って、スーパーで買ってきたリンゴの皮を量販店で買ったナイフで剥いていると、
由梨がちょっと上半身を僕に近づけて、
「今私が死ぬんじゃないかと思ったでしょ?」
と尋ねてきた。
当たっていた。あまりに不吉なため、僕がなにも答えないでいると、
「最近へんな空耳みたいなのが聴こえるんだよね。ひょっとして私、人の心の声が聴こえるんじゃないかと思って。」
今ちょうどそんな最悪なことを考えていた僕は、なにも言わないでいた。
そんなことを声に出して言ったら、本当になってしまいそうだったから。
「悪い方に悪い方に考えるから、そんな空耳が聴こえるんだよ。」
とりあえずのフォローとしてそんなことを言っておいた。
由梨は前にもこんなことを言っていた。僕の心の中でつぶやいたことを聞いているかのような、つっこみを時々してくるのだ。もしかしたら、なにかおかしな超能力でもいつの間に身に着けてしまったのかもしれない。由梨が天に近づいて行っているようで怖くなった。
「私さ、ひょっとしたら、本当はもっと不幸に耐えなきゃいけなかったんじゃないかと思うんだよね。
人が一生の間に与えられる幸せの量が決まっていて、私は必要な分の苦労なしにそれをさっさと手に入れてしまったから、こんなよく分からない病気にかかっちゃったんじゃないかって思うんだ。」
相変わらずなんでもかんでも頭で考える女だと思った。
「由梨は退院してその後もずっと幸せになる人だよ。」
それで僕も幸せになるのだ。
「豊さんは神様じゃないんだから。」
「由梨は人よりも幸せだったと思うのか?」
「う?ん、やっぱり大変なことはあったけど、そうだった時でもそうじゃなかった時でも常に楽しいことはあったと思う。苦しんだ時期もあったけど、やっぱり私は人よりも恵まれていたかもしれないって思う。それなのに、もっと幸せなことが一気に舞い込んできたから、そろそろ終わりが来るんじゃないかと・・・。」
「そんな不吉なこと言うんじゃありません!!僕という旦那がありながら・・・。」
僕は変なことを由梨が言い出すもんだから、リンゴの皮を剥く手をとめて、そういって由梨を咎めた。
まさか、由梨の病状が悪化していくことになるなんて、夢にも思わなかった。