小説『Uninstall (ダブルエイチ)』
作者:月読 灰音(灰音ノ記憶)

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最初の兆候は、一年以上続いた下痢でした
一日中堺町のアパートメントにこもって、誰とも話したくないし、会いたくもありませんでした
そして食欲の減退
170cmの身長で最初は55kgあった体重がどんどんと減っていき42kgまで減っていました
何をするにも無気力で一週間お風呂に入らないという事もありました
昼間は延々寝て、夜になると深夜放送を見て朝まで起きて、また寝るといった、昼夜逆転の生活になりました
家賃は久保田さんが払ってくれていましたし、ミユキさんにいただいたお金と貯金で400万円近くありましたから、生活には困りませんでした

弘樹さんの所にもあの告別式の一件以来顔を出していませんでした

失声症でかかっていたクリニックの先生が、神経衰弱症とパニック障害という病名をつけました

私は気が向いたり、少し気分のいい日は、たまにもっちゃんの店に行ってピアシングやタトゥの勉強をしながら店番をしたりしていました


そして事件が起きました

ある日いつものようにもっちゃんの店で店番をしていると2?3人ずれの高校生が入ってきて、壁にかけてあるピアスの小袋のコーナーを囲う様に何やらこそこそと挙動不審な行動をとっていました

万引きだ、そう思いました

レイプ事件以来肌身離さず持っていた三段警棒を振り伸ばすと、奇声を上げて3人組に飛び掛かっていました
展示コーナーのガラスのショーケースにガキの髪の毛をつかんで思い切りぶつけると、ショーケースが割れました。ガキの顔は血みどろになっていました

「あーーーーっ!!」と言葉にならない声を上げて2人目の頭を警棒で殴り倒しました
何事かと奥でタトゥを彫っていたもっちゃんが飛び出てきて、僕を背後から羽交い絞めにしましたが、僕は振りほどいて3人目の肩を警棒でぶん殴って、さらにまだ滅多打ちにしました
もっちゃんとタトゥを入れに来てたお客さんが二人がかりで僕を押さえつけると、僕は白目をむいて体中が硬直してそのままぶっ倒れたのでした

ガキたちはもっちゃんが店の外に蹴り出すと一目散に逃げかえったそうです

気が付いたら僕は精神科のベッドでヒロユキに付き添われて拘束されていました
レイプされた時の状況を思い出して
「いやああっ!いやあああっ!ヒロユキィたすけてええっ!」とまた叫びました
失声症はそのはずみで治ったのでしょうか、不思議に声がでていました

その声を聴きつけて看護士が来ると注射を打ち
「だいじょうぶですよ、ここは病院ですよ」
と何度も繰り返しました

フーッフーッと荒い息をしながら横を見るともっちゃんが泣いていました
そばにいてくれたのはヒロユキではなくもっちゃんでした
全く分からなかった状況がもっちゃんの説明で少しだけ理解できました

ずっとガタガタ震える手をもっちゃんが優しく握っていてくれました
その日即入院が決まりました
着替えをもっちゃんが持ってきてくれました
その頃はまだ「性同一性障害」という言葉も精神科医にすら浸透していなくて
初日は完全にキチガイ扱いでした

もっちゃんが持ってきてくれた着替えの中に失声症でかかっていたクリニックの薬袋があり
その先生とカルテのやり取りをしたらしく3日目には拘束は解かれて診察を受けることができました
親にもそれで連絡が取れ、診察は家族3人で受けました

「解離性障害を伴う双極性障害」

というのが僕の病名でした

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