小説『最後の運転』
作者:STAYFREE()

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「では……、発車いたします」
 私は涙で靄がかかった視界を拭い、バス発車させた。
 バスは日が暮れて暗くなってきた山の中を走る。終点まであと少し。でも、心の中はさびしさよりもすがすがしさに包まれていた。
“ご乗車ありがとうございました。まもなく終点、前陣峠、前陣峠です。”
 前陣峠のバス停の奥に赤い提灯の明かりがたくさん見える。やぐらの白い照明と屋台の電球の明かりも見える。お祭り会場にはすでにたくさんの人が集まっていた。
 バスはとうとう終点に到着した。
「ご乗車……、ありがとうございました。終点の前陣峠です」
 運転手としての最後のアナウンスをすると、最後のお客さんとなった同僚たちが私の横の降車口にやってきた。
「高橋さん、本当に今までお疲れさまでした」
 同僚の一人一人がこの言葉と一緒に花束を私に差し出してくれた。
 車のエンジンを止めて、キーを抜き、運転席を降りる。そして四十七年間、パートナーとして頑張ってくれたバスにお礼の意味を込めてお辞儀をし、バスを降りた。
 外ではお祭り会場に来ていた町の人々が私の方をみて、拍手をしてくれた。
「親父、最後の仕事、お疲れ様」最初に声をかけてきたのは息子だった。横には息子の嫁さんと孫もいる。
「今度は親父がバスのお客さんになる番だね」
「でも、すぐに東京に建てた家に引っ越すことになるんだろう?」
「なんで東京に引っ越すんだよ。新しく山道入口に建てた家で一緒に暮らすんだから。言ってなかったけど俺、隣町の支社に転勤になったんだ。都会での暮らしにちょっと疲れてしまってさ。転勤願いを出したんだ。親父がよく話してくれたあの場所に家を建てたらいいだろうなあって前から思っていたんだよ」
「あの家はお前が建てていたものだったのか……。なんだよ、みんなして俺をだましやがって。こういうのをサプライズって言うんだな」
 やぐらの上から、屋台の中から、会場全体から再び、暖かい拍手が響いてきた。
 私の最後の運転の終着のバス停は家族と同僚と町の人々のみんなの心の中にもあった。

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