第2章『武士道プラン異聞録編』
サブエピソード23「背中合わせの二人」
川神院―――まふゆの部屋。
月明かりが照らす夜空の下、まふゆは縁側で星々が煌めく夜空を眺めていた。
「―――――」
縁側にある柱に背を預け、考え事に耽るまふゆ。もちろん、京と華の事である。
緊急集会の途中で、京と華の間にトラブルがあったらしい。きっと屋上へ行った時に何かあったのだろう。
あの後、戻ってきた京の表情は険しく、後から来た華は元気がまるでなかった。
何があったのかは大方まふゆには察しがついていた。京と華――――彼女らの境遇が、あまりにも対象的過ぎたから。
「――――眠れないのか、まふゆ」
ふと、まふゆの後ろから声をかけられる。振り向いた先にはサーシャがいた。何時の間に部屋に入ったのだろう、そう言う所は本当にデリカシーがないなぁとまふゆは心の中で思った。
それでも、まふゆは彼を……そんなサーシャを慕っている。
「……ちょっとね」
「……座っていいか?」
「うん」
サーシャは、まふゆと背中合わせになるように柱に寄り掛かった。それから少しだけ沈黙が続く。
サーシャと二人でいると、どうもこの沈黙がもどかしく感じる。耐え切れないまふゆは、サーシャに話しかけた。
「考え事、してた」
「京の事だろう?」
「……やっぱり、サーシャには分かっちゃうんだね」
「お前の事だ、それくらい分かる。それに、京の境遇は……あまりにお前に似ているからな」
京のイジメ。集会の後、大和からその事をサーシャは聞いていた。その過去が、京の人間関係を限定的にさせている。
身内以外の人間の関わりを持たない。これ以上の人間関係は築かない。今のままでいい。そこまで京の心は依存してしまっていた。
そして、大和の存在。京にとって彼は救いであり、思い人である。
「京の依存は異常だ。いつまでも他人の行為に甘え続ければ、いつかは壊れる」
他者への依存。それは結果として絶望しか生まない。その相手がいなくなれば、一体何を糧にして生きていけばいいのだろうか。ある意味では、死ぬ事よりも苦しい人生を強いられる事になる。
しかしまふゆは、
「……でも、あたしは京ちゃんの気持ちが分かる気がする」
京の依存が、自分の面影と重なっていると感じていた。
「サーシャは知ってるでしょ?あたしが燈の叔父様に引き取られて育った事」
まふゆは語る。幼い頃飛行機の事故に巻き込まれて両親を亡くし、その後燈の父―――山辺雄大に引き取られて育った。全てを失い、絶望の淵にいたまふゆにとって彼は救いであり、命の恩人である。
他人の行為に縋り、他人を信じてきたまふゆ。だからこそ、京の気持ちが彼女には少しだけ分かる気がした。
唯一まふゆと違うのは、仲間以外の他人を信じない事。ただそれだけである。
「京ちゃんにとって、大和君は救いだったんだよ。あの時ミハイロフに転入してきた……サーシャみたいに」
「…………」
まふゆは思い出す。雄大の失踪と共に、美由梨や華に痛烈なイジメを受けている最中、サーシャがやってきた時の事を。
始めは嫌な奴だ、と思っていたまふゆ。しかし、次第にサーシャという存在に惹かれていた自分がいた。
そしてアデプトとのサルイ・スーの生神女を巡る戦いに身を投じ、様々な経験を経てアトスの生神女―――剣の生神女となり、今に至っている。
「今こうして……あたしがあたしでいられるのは、サーシャがいてくれたからだよ」
「まふゆ……」
こうして改めて感謝されると、反応に困るサーシャ。しかし逆もまた然り、サーシャもまふゆの存在がなければ、今の自分はない。もし出会わなかったなら、今頃は戦うだけの復讐鬼と成り果てていただろう。
「サーシャ、あたしは――――京ちゃんを助けてあげたい」
言って、夜空に浮かぶ満月を見上げるまふゆ。聞こえは自己満足に過ぎないかもしれないが、それでもまふゆは京に変わって欲しかった。
“信じる事から始めてみよう”
確かに世の中はいい人ばかりではない。ただ、疑うだけの人生なんて寂しすぎる。
知ってもらいたい。人の心の暖かさを。優しさを。
「人の心は、そう簡単には変わらないぞ?」
「確かにそうかもしれない。けど、いつかきっと心を開いてくれるはず。だからあたしは京ちゃんを“信じたい”」
必ず変わる。まふゆの思いは何があろうと変わらない。相変わらずだなと、サーシャは思う。
先の事を考えない。無鉄砲な性格のまふゆ。けれどもそんなまふゆという存在に、自分自身も変わったのだ。
きっとまふゆならできるだろう。サーシャは振り返り、まふゆに顔を向けた。視線が合い、まふゆの胸の鼓動が高鳴る。
「お前がそう言うなら、きっと京の心は“震える”はずだ。お前は、俺が認めたパートナーだからな」
「えっ……」
急に突拍子もない事を言われて、まふゆは戸惑いを隠せない。
それでも、サーシャのその一言はまふゆにとって何よりの支えであった。サーシャは続ける。
「だから俺は、お前を信じる」
「サーシャ……」
信頼関係。互いにパートナーとして。そして―――いや、これ以上はいいとまふゆは考えるのをやめた。そもそも考える必要はない。その答えはもう、自分の中にあるのだから。
「……なあ、まふゆ」
「ん?」
サーシャが珍しく、視線を逸らしながらまふゆに話しかける。
「――――お前の聖乳が、吸いたい」
「なっ………」
何を言い出すのかと思えば……まふゆは思わず言葉を失った。というより呆れ返る。
やっぱりサーシャは、本当にデリカシーというものがない。まふゆは溜息をついて、
「あんたって………本当にデリカシーがないんだから」
といいつつも、服をはだけさせながらサーシャに素肌になった胸を差し出すのだった。
「……サーシャ」
「……何だ?」
「……強くなってね」
「――――ああ」
まふゆの願いを聞き入れ、サーシャはまふゆの乳首にそっと口付けをする。そして、まふゆに流れる聖乳をゆっくりと吸い出した。
「あっ!?ん……!」
こうして二人の………パートナーの夜は更けて行く。