小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene01

都心部から少し離れた場所に位置する三日月形の島――初音島。
一年中枯れない桜があると言う不思議な事のある島だ。
その桜の並ぶ桜並木を少し行った先にあるこの島の学校――風見学園。
その生徒の一人である朝倉純一は眠い目を擦りながら学園へと向かっていた。
純一「あ〜……眠ぃ……」
音夢「何だらしない事言っているんですか?兄さん」
本来、純一は学園では名の知れた遅刻魔であり、義妹である朝倉音夢に広辞苑を顔に落とされなかったらまだ布団の中にいただろう。
智也「まあ、たまにはいいんじゃねーか?」
そう言いながら純一の肩を叩いているのは、純一達のクラスメート、藤倉智也である。
音夢「おはよう、藤倉君、でも、用事ですか?藤倉君がこんなに早く登校してくるなんて」
音夢は智也を見ながら不思議そうに訊いた。
それもそのはず、智也も純一と同様の遅刻常習犯であり、今こうして歩いていることは非常に希なのである。
智也「いや、今日はたまたま早く目が覚めたからな」
こうして三人が歩いていると。
音夢「あれ?兄さん、何か聞こえない?」
純一「ああ、確かに聞こえる」
智也「……何かの楽器みたいだけど」
三人が同時に耳にしたのは、何かの楽器の音のようなもので、そのリズムは所々外れている。
そして、三人の前方には、二人の少女が歩いており、片方の少女がもう一方の少女を引っ張りながら歩くという何とも滑稽な光景があった。
さらに、さっき聞こえた楽器の音もそこから聞こえてくる。
純一「あれは……」
智也「……眞子と、萌先輩だな」
どうやら眞子が、歩きながら木琴弾いてさらに眠っている萌を引っ張っているようだ。
眞子――水越眞子は純一達のクラスメートで、友達である。
そして、眞子の姉である水越萌は風見学園本校生であり、純一達の良い先輩である。
眞子「あ、おはよう音夢」
音夢が声をかけると眞子も明るい声で返す。
純一「よう」
智也「相変わらずだな、萌先輩も」
純一と智也が声をかけると眞子は驚いた様子で。
智也「――っ!?」
いきなり智也の額に手を当てた。
純一も音夢も驚いて二人を見ている。
智也「なっ、いきなり何やってんだ、お前は!?」
眞子「いやね、こんなに早く登校してくるなんて、熱でもあるんじゃないのかなーって」
智也「ねーよ!」
多少顔を赤くしながら数歩後ずさった。
純一「大体、熱があるなら、ここにはいないはずだろ?」
眞子「それもそうね……」
眞子は納得したように手の平を叩いた。
智也「先輩も、おはようございます」
萌に挨拶した智也だったが。
萌「スー……スー……」
当の本人は両目を閉じ、木琴を叩きながら、安らかな寝息を立てていた。


教室。

一息ついている純一の席に長身の男が現れた。
杉並「どうした?お前といい、藤倉といい、今日は槍でも降ってくるのか?」
純一「どういう意味だ?」
彼の名は杉並、純一達の親友……と言うより悪友で、容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ球技全般OKだが、性格に少々どころか多大に難があり、それ故に女子からは敬遠されているようだ。
さらに、風紀委員のブラックリストに純一、智也と共に載っているほどだ。
杉並「そのまんまの意味だが?」
「もうその辺にしといてやれ、杉並」
そう言いながら近づいて来たのは、純一達の友達でクラスメートの工藤叶。
彼は杉並に負けず劣らずの美形であり、三人の歯止め的存在である。
工藤「こうして早く登校してくるのも、年に数回あるかないかだからな」
グサッ。
純一から鈍い音が聞こえた。


昼休み。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってすぐに教室の戸が開かれ、一人の少女が飛び込んで来た。
その少女、天枷美春は純一達とは一つ下の後輩である。
美春「音夢先ぱーい!お昼ご飯一緒に食べましょー!」
と、音夢に向かって大きく手を振る。
このように、過激なほど音夢に「なついている」美春は純一などの一部の生徒から「わんこ」と呼ばれている。
純一「さて、俺はどうするかな?」
美春の元へ向かう音夢を見送りながら考える。
智也「昼はどうするんだ?朝倉」
純一「今考えてたとこだ」
杉並と工藤は先に行ったのか姿がない。
そもそも、そんなに選択肢がある訳じゃない、食堂に行って学食を食べるか、購買に行ってパンを買うか、それぐらいである。
智也「今から購買に行くのは……絶望的だな」
購買のパンは非常に競争率が高く、速く行かないと買い損ねてしまう事が多い。
二人はスタートに遅れた為、行った所でもうパンは残っていないだろう。
純一「じゃあ、食堂だな」
二人が食堂に向かって歩いていると。
「おー、朝倉と、藤倉じゃないか」
三組の教室の前で二人は声をかけられた。
声のしたほうを向くと男子生徒が三人いた。
二人に声をかけたのは、純一達の友達である藍澤師走、そして、その両隣にいるのは、同じく、深見信、杉浦砌だ。
師走は見た目通りの付き合いやすい性格であり、信はどこか謎の残る男であり、杉並も「こいつは俺と同じ匂いがする……」
などと、訳の分からない事を言わせるほどだ。
砌は、杉並、工藤に負けず劣らずの容姿端麗で、剣道部に所属しており、その実力は部の主将に推選されるほどだ。
純一「お、お前らもこれから飯か?」
信「ああ」
そして、一緒に行こうと教室を出ると。
「藤倉ー」
背後から智也を呼ぶ声がした。
振り向くと眞子が走りながら純一達に近寄ってくる。
智也「何だ?眞子」
眞子「藤倉って、これからお昼?」
智也「ああ、これから食堂に行こうと」
眞子「じゃあさ、あたしとお姉ちゃんもこれから食べるけど、一緒に食べない?」
智也「お、いいのか!じゃあ、みんなも――」
智也がみんなに声をかけようとすると。
純一「あ、そういや音夢が作った弁当があるんだったな」
信「俺は用事を思い出すことにしよう」
師走「しかし、大勢で行くのも悪いだろ?……なあ、砌」
砌「……ああ、俺も遠慮しておく」
と、口々に言って何処かへ行ってしまった。
智也「お、おいおい、何だよ?」
眞子「……じゃあ、藤倉、いこっか♪」
智也「あ……ああ」
智也は、眞子の嬉しそうな表情を見て異様な気を察したが、昼飯がタダで食えると言うおいしい響きに負け、付いて行った。


放課後。
杉並「朝倉」
帰ろうと席を立った純一に杉並が話しかけた。
純一「何だ?」
杉並「これからみんなで遊びに行こう」
純一「は?」
結局、遊ぶことになった純一、工藤、杉並、智也の四人が校門を出ると。
杉並「おお、あれは」
不意に声を上げる杉並の目線に三人が目をやると。
そこには学園のトップアイドル的存在、白河ことりが男子生徒に囲まれて歩いていた。
純一「相変わらずの人気だな」
杉並「なんせ、白河ことりだからな」
工藤「……ん?藤倉、どうした?」
四人の中で唯一浮かない顔をしていた智也に気づいた工藤が訊いた。
智也「え?・・いやな、何か可哀想だなって思ってな……」
見せもんみたいでさ、と付け加える。
確かに、男子に四方を囲まれながら歩いていることりは笑ってはいるものの、それが造り笑顔だということは一目で分かった。
智也「俺、ちょっと行ってくる、待っててくれ」
工藤「えっ、藤倉?」
思い切ったように走り出す智也。
杉並「……ふ」
それを見ていた杉並は小さく微笑した。
智也は集団に近づき。
智也「はーい、注目!」
その呼び掛けに一斉に智也の方を向く男子の集団。
智也「今さっき、中庭で、桧月綾香講師がいるぞー」
桧月講師とは、今学期から主に付属一年国語担当として島外から来た美人研修生である。
その人気っぷりは新鮮さを伴っているためか、今はことりと同等……いやそれ以上だった。
「何!それは本当か!?」
集団の一人が言う。
智也「ああ!ただでさえ一年担当で会える数が少ないんだ、卒業までに写真に写って貰うなり握手して貰いたいなら早く行った方がいいぞ」
それを聞いた集団は。
「中庭だ!俺に続けー!!」
の言葉を筆頭に一瞬で走り去ってしまった。
智也「……ったく、ご苦労な奴等だな」
――そんな訳ねーっての
智也は去って行く集団を見ながら溜め息をついた。
――くっくっく……今は確か、用務員の中年おばさんが草木の世話でもしてるだろうよ
ことり「あの……」
智也「え?……ああ」
集団の行く末を想像していた智也はことりに呼ばれて彼女の方を向いた。
ことり「あの、ありがとうございました」
と、軽く頭を下げながら言うことり。
智也「なーに、気にすんな、俺が好きでやった事だし」
その時智也は、校門前で待たせている三人の事に気がついた。
――これ以上待たせると、杉並辺りにまた根も葉もないことをばらまく可能性が……
杉並は非公式新聞部という部活に所属しており、以前智也も純一も覚えの無い事を記事にされた経験がある。
智也「それじゃあ、連れが待ってるから、行くわ」
智也はことりの返事を待たずして走っていった
その一部始終を見ていた杉並は。
――来月の見出しは決まったな……
と、一人小さく笑うのだった。

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