小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene50

 人々の身を震わせていた寒さは、ピークこそ過ぎたものの、時折来る寒波にまだ春の到来は遠いと感じさせられる時期。
初音島にある風見学園の生徒たちは、間近に迫った卒業式及び、その後開かれる卒業パーティの準備の佳境を迎えていた。
卒業を迎える三年生は最後の苦行、もとい期末試験を乗り切り、残りの授業も終えて、自由登校期間に入っていた。
卒業パーティで催し物に参加する者は連日その準備に専念し、島外の学校に進学するものはその準備、そして、それ以外は卒業式までの束の間の休日を過ごすことになる。
眞子「はぁ……」
 水越眞子もそんな卒業組の一人であるが、彼女は学園へと向かう道中を、らしくもなく溜息を吐きながら歩いていた。
萌「眞子ちゃん、大丈夫?」
 そんないつもとは違う彼女の様子に一緒にいた萌も心配そうな顔を向ける。
眞子「え?あ、うん。大丈夫」
 眞子はそう言うが、その冴えない表情ではまったく説得力が無い。
彼女が憂鬱そうにしている原因は言うまでも無く、藤倉智也にある。
放課後の帰り道、思わず自分の気持ちを吐露したあの日から、もう幾日か経っているのだが、驚くことにこれといった進展はないままだった。
というのも、お互いあれからどこか気まずいのか、運が悪いのか、話す機会もなく、それからそれほど日を置かずして期末試験、自由登校期間へと入ってしまい、完全にタイミングを失ってしまった。最悪でも卒業式には顔を合わせることになるのだが、彼女としては気が気でなく、かと言ってこちらから電話を掛けるのも答えを催促するようでなんだか気が引けた。
それに、今まで返答がないのは、智也にも何か言い出しづらい理由があるんじゃないのか。そんなことを思うと余計こちらから連絡を取るのは躊躇われた。
それでも、時間が過ぎる分だけ不安は大きくなっていく。それは、無意識に吐く溜息の回数が増えていくことが表していた。
萌「そう言えば、眞子ちゃん」
眞子「ん?何、お姉ちゃん」
萌「眞子ちゃんは、どうして学校に行くのかしら?」
眞子「へ?ああ……」
 普段なら、なんとも素っ頓狂な質問だが、萌の今の質問は至極まともなものだった。
 眞子は三年生で、今は自由登校期間に入っている。何か用事でもないと、朝から学校に行く必要がないのだ。
眞子「えーっと……」
 姉の素朴な疑問に眞子は答えに詰まった。何故なら彼女には学園に行くような用事などないからだ。
萌「音楽部の練習……は放課後だから、別の用事かしら?」
眞子「そ、そう!ちょっと用事。すぐ終わるんだけどね」
 別に隠し立てするようなことでもないのだが、とっさにそう口から出た。
 本当は、このまま家にいても気が滅入るだけのような気がしたし、もしかしたら智也にばったり会うのかもしれない。という、気分転換と淡い期待のためだ。
だが、智也に会える確証があるわけでもない。彼がバンドの手伝いをしているのは知っているが、いつ練習するかまではさすがに知らない。
しかし、さっきの萌の言っていたことからすると、智也たちの練習は午前中の可能性が高い。音楽室が交代で使われているためで、音楽部の練習は午後からだからだ。
萌「あら?眞子ちゃん、今度は表情が明るくなったような……?」
眞子「え?そんなことないって、いつもこんな顔だよ」
萌「……そう?でも、今日は変な眞子ちゃん」
眞子「そ、そうかな……」
 そう言葉を濁しつつ、眞子は内心ドキッとした。
いや、このことは萌に隠し立てするようなことじゃないのだけど、いきなりではさすがに驚く。まあ実際はただの偶然で、萌本人も深く考えてはないんだろうけど。
本当にそうなのか萌はこれ以上深くは触れず、時折他愛のない話を交えながら、学園へ続く道を進んだ。


軽快な音楽が流れる朝の音楽室の中で、藤倉智也はボーっとしていた。
いや、本人は呆けているわけではない。ちゃんと、という表現はどこかおかしい気もするが、頭は働かせている。
何についてといえば、やはり数日前の放課後のことについてだ。というか、あの日から今までのほとんどを、彼はそのことに頭を使っていた。
なにしろ誰かから告白をされるなど人生で初めてのことだ。しかも、その相手は自分もよく知っている。まあ、誰かもよく知らない人からいきなりそういうことを言われるのはあまりないのだろうが。
返事はまだしていない。というより、彼女とはあれから数日間まともに話せてすらいなかった。避けていたとかは全くなかったのだが、いろいろタイミングが悪かったのだ。
だからといって、いつまでもこのままでというわけにもいかない。そもそも、その気になれば電話の一つでも掛けるべきなのだったのだろうが、答えを口から出してしまうことで、この現状が変わってしまうことを、彼は無意識の内に恐れていた。
ことり「藤倉君、どうでしたか?」
智也「……」
 いつしか演奏は終わり、歌い終わったことりが目の前のマネージャーに感想を求めるが、彼からの返答はない。
ことり「えっと、藤倉くーん?」
智也「……え?あ……」
 二度目の呼びかけでようやく気づく。
 改めてことりの顔を見て、智也は昨日の眞子の言葉を思い出された。
 果たして自分はどうして彼女のことをこれほど気に掛けているのだろうか。
 こうやって、一人の友人としてバンドの手伝いをしているから?
ことり「……?」
 それだけ?あの時の眞子もそう言っていた。
 これまでこんなことを考えたこともなかったが、いざ考えてみても漠然とした答えしか出てこない。
ことり「あの……藤倉、君?」
 ただ、何でもいいから彼女のために助けになりたい。
 そう思っているのは確かだ。
ことり「え、えっと……そんなに見られると、その、照れちゃい、ます」
智也「……ん、えっ」
 智也がハッと気づくと、目の前のことりは恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
 どうやら、知らず知らずのうちに見つめていた格好になっていた。
智也「え、えっと……ハハ、ごめん、ちょっとボーっとしてた」
 途端に気恥ずかしくなりつつも、目の前の三人にできる限り明るい表情でそう答えた。
智也の様子が普段とは違うからか、彼女らの表情は驚きと自分を案じているものと感じたからだ。
ことり「ううん。それより大丈夫、ですか?気分が悪いんだったら――」
智也「いや、大丈夫。そういうわけじゃないから」
 心配そうに声をかけることりを制して、智也はわざとらしく体を伸ばして、今まで座っていた椅子から腰を上げた。
智也「ちょっと外で頭冷やしてくる。練習は構わず続けてて」
 ことりを含め、何か言いたそうなメンバーの言葉を待たず、智也は音楽室の扉を開けた。
みっくん「どうしたのかな?」
 みっくんがこの場の全員が思っていることを口にした。そのくらい、この日の智也の様子は分かりやすいほど違っていた。
ともちゃん「まさに心ここに在らずって感じだったよね。工藤君、何か知らない?」
 訊かれた工藤は少し考える素振りをみせたが、すぐに首を横に振った。
工藤「俺は……気付かなかったよ。あいつの言うとおり、ただボーっとしてただけじゃないかな」
ことり「……」
 言い終わって、工藤は自分に向けられた強い視線に気付いた。
工藤「なんだい?ことり」
ことり「……う、ううん。なんでもないよ」
 ことりはそう言葉を濁すと、その視線も逸らした。
工藤「?」
 工藤はそんな彼女の様子に内心で首を傾げた。
ことり「それじゃ、もう一回合わせよ」
ともちゃん「ことり、そろそろ休憩しなくて大丈夫?」
ことり「私は大丈夫だよ。もう全然平気だし、むしろ絶好調ってくらいだから」
みっくん「でも、ことりは病み上がりなんだし、あまり無理しない方がいいと思うよ」
 ことりの体調を案じた親友二人だったが、彼女は首を横に振った。
みっくん「……まあ、ことりがそこまで言うなら」
ともちゃん「でも、辛そうだったら無理にでも止めるからね」
工藤「無理して主役に倒れられたらどうしようもないからね」


 勢いのままに音楽室から出てきたが、当然行く当てがあるわけでもなく、廊下をぶらぶらと歩いていた。
――何やってんだ俺は
歩きながらに後悔する。
裏方である自分がみんなに心配をかけさせるわけにはいかない。
来るのをやめようかとも考えたが、それはそれで心配をかけてしまうので来たが一緒だった。
それもこれも全部自分がはっきりしないのがいけないということは分かっている。
 昨日、眞子に聞かれて、考えて、考えて、はっきりしたことがある。
 そして、それが分かっている以上、こうやって先延ばしをつづけるのは眞子に対しても失礼だ。
眞子のことを嫌いなわけがあるはずがない。
だけど、きっちりしなければいけない。うやむやのままにできるならどんなに楽だろう。しかし、そうしてはいけないことは分かっている。
どちらにしろ、このことで後悔は絶対にしたくない。
智也「……ふう」
 深く息を吐く。考えすぎたのか頭が熱く感じた。
――やっぱり、少し頭冷やすか


水越眞子は一人、屋上にいた。
 もともと学園にこれと言った用事はなかった。そもそも来た理由はここに足を運べば智也に偶然会えるかもしれないといったものだ。
 しかし、そうそう都合よく遭遇できるわけも無い。
 だいたい智也が来ているとすれば、音楽室にいるはずなので、こんな所にいても会えるわけがないのだ。
 なら音楽室に行けばいいのだが、それができれば苦労しない。
 眞子は数日前に勢いに任せて智也に告白をしている。
 それから今まで些細な擦れ違い(智也が意図的に自分を避けている、とは考えたくない)が続いて答えはまだ聞いていない。
 そんな状況で音楽室の前に行けば、答えを急かしているみたいではないか。
 あんな形であれ、自分の思いを伝えた以上、それに対する答えを聞きたいという思いは当然ある。
その一方で、その正反対の気持ちもある。答えを聞くのが怖い。それを聞いてしまうことで、それから先、今まで通りじゃなくなってしまうだろう。それがたまらなく怖い。
そうした相反する思いが、彼女の足を一層重くしていた。
眞子「……はあ」
 溜息をつく。自分は何を同じことでいつまでもうじうじと考えているのか。
 もう後戻りすることはできない。いい加減覚悟を決めよう。
――よし!
 眞子は自分にそう言い聞かせる。
 そして、歩き出そうとした時、屋上の扉が開かれた。


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