小説『我が家のエクスカリバー』
作者:オデキ()

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「世界は今日も平和だ」
 確かめるように呟く。平和だ。平和な筈だ。
 眼前で嬉しそうに鼻歌を歌っている生き物など、この広い世界にとっては茶碗に僅かばかり残った米粒のごとき存在なのだ。平和な世界を脅かすなど有り得ない。はずだ。はずだよね。
 『そいつ』はどうやら俺の存在に気づいていないらしい。部屋が暗いせいで『そいつ』の姿ははっきりと確認出来ない。
 鍵を開け、玄関で靴を脱ぎ、鼻歌混じりに我が家へ帰宅した俺に背中を向け、『そいつ』は現在進行形で我が家のタンスを漁っている。
 表札には「篠崎」と書いてあった筈だ。そして俺の名前は篠崎勇気の筈だ。ここは俺の家の筈だ。
 ふむ。どうするべきか。鼻歌を再開して、目の前の不審者とデュエットを奏でるべきか。
「無理だから!ていうか何者だてめぇ!」
 ギャー!ついつい大声を出してしまった!ヤバいヤバいヤバい!不審者怖い!お茶碗にお米を残しちゃ駄目!おばあちゃんが言ってた!
 不審者がゆっくりとこちらに振り返り、口を開く。
「な」
 な?
「何者ですかあなたは!」
 それこっちの台詞!

――――――


「ふむふむ。まさか家主の方だったとは。非礼を詫びましょう」
「……お気になさらずに」
 なんだこの状況。なんかおかしくね?
「お茶はまだですか?私は緑茶が好きです。お茶請けはお煎餅だと嬉しいですね」
 お茶を要求された。細かい注文も入ってる。おかしいよねこれ。
 礼儀正しいようでまるで礼儀正しくない目の前の少女を観察する。
 そう。少女なのだ。何だか見たことも無いような輝きを放つ銀色の髪を有していて、スカイブルーの瞳を真っ直ぐこちらに向けるいかにも普通じゃない美少女こそが、俺が警戒していた(ビビってはいないよ)不審者の正体だったのだ。
「お茶は出ません」
「む……お煎餅だけと言うのは流石の私も……」
「煎餅も出ねぇよ」
 相手が女の子と分かってちょっぴり強気な俺である。
「何者だよお前。人の家に盗みに入っておいてお客様気取りかよ。びっくりだよ」
「盗みとは失礼な!私は正当な権利を行使したまでです」
「正当な権利?」
「その通り!」
 不審少女(仮)は突然立ち上がると控え目な胸を張りながら続けた。
「我が名はマリノルア?ヴィ?ローファニア?ユーフィガルド。救世の騎士!伝説の勇者です!この世界とは別の世界から来ました!」
「……」
「む。何だか反応が薄いですね」
「へーそうなんだーびっくりしたなー」
「なんですかそのわざとらしい反応は」
 どうせいっちゅうねん。そんなことを突然言われてまともな反応が出来るものか。
 でも、まあ。彼女の言ったことをまるで信じてないわけでもない。
 平常な状態ならばこんな絵空事は信じないだろう。だが、彼女の容姿は外国人だとかそんな程度の異質さではない気がしてならない。そして、俺の視界に入っている『とあるモノ』。それらが彼女の話に妙な信憑性を持たせているのだ。
「で、お前が伝説の勇者様であることと俺の家で盗みを働こうとしたことに何の関係があるんだ」
「は?何を言ってるんですか。勇者は人の家のタンスを自由にして良い。当たり前でしょ?」
「お前は某有名RPGの勇者かよ」
「なんですかそれ?」
 ふざけているようには見えない。どうやらそれがこいつの世界での常識らしい。
「……つまり、お前はタンスを漁るためにわざわざ異世界に来たってわけか」
「何を馬鹿なことを!」
 いちいち叫ぶな。びっくりするだろ。
「魔王を討ち滅ぼす為の伝説の聖剣。それを手にするために私はこの世界にやって来たのです」
「伝説の聖剣、ねぇ……」
「真の勇者だけが持つことを許されると言われる剣、その名は―――」
 不審少女(仮)改め伝説の勇者様は、大仰な仕草でさっきから俺の視界に映る『とあるモノ』を指し示した。
「エクスカリバー!!」
 勇者様が示したその先、我が家のリビングの中央に伝説の聖剣が突き立っていた。


第一話 『こんにちは勇者様』 終わり

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