小説『我が家のエクスカリバー』
作者:オデキ()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第二話 『選ばれし勇者様と食卓を囲む』

「世界は今日も平和だ。の筈だ。筈だったんだ」
「何をブツブツ言ってるんですか。あ、醤油取ってください」
 図々しくも我が家のリビングに置かれたテーブルにつき、モグモグと口を動かしている少女。銀色の髪にスカイブルーの瞳。如何にも普通じゃない容姿のこの方は伝説の勇者様だそうです。
「……なあ、マリなんとかよ」
「マリノルア?ヴィ?ローファニア?ユーフィガルドです。人の名前の一つも覚えられないとは……残念な頭ですね野崎さん」
「俺の名前は篠崎だ」
 食卓を囲むのは三人。俺と勇者様。
そして―――
「しかし、篠崎さんに妹がいたとは」
 そう、俺の妹。名前は篠崎希見(のぞみ)。中学二年生。俺とは三つ違いだ。
「あ、あの……」
 マリノなんとかに見つめられて気まずそうに声を出す希見。只でさえ人見知りするのに、こんな不可思議な女に睨まれては困ってしまって当然だろう。ていうかこいつの正体についてまだちゃんと説明してないしな。希見が帰宅するなり夕飯を要求し出した勇者様に仕方なく従い、色々とうやむやなままこの状況に陥っているのだ。
「あーっと、だな。希見、こいつは……」
「私の名前はマリノルア?ヴィ?ローファニア?ユーフィガルド。救世の騎士。伝説の勇者です」
「えっと……だからそんな個性的な格好をしてるんですね」
 何でしょうねこのやり取り。勇者様も妹様も色々とズレてるよね。
 しかし、格好か。色々と混乱してたせいか大して気にしてなかったが、確かに勇者様の格好は個性的だ。青いワンピースの腰の辺りを太いベルトで締め、背中にはマントを羽織っている。勇者的と言えば勇者的なのかもな。
「あ、あと……あそこにあるのはいったい……朝は無かったよね」
 希見がリビングの中央にそびえ立つ伝説の聖剣を指差す。
「ふふふ、あれこそは魔王を討ち滅ぼすと言われるただ一つの剣……伝説の聖剣、その名もエクスカリバー!」
「ほえーすごい剣なんですね」
 色々とズレてるぞ妹よ。今はあれが何故我が家のリビングに突き立っているのかが問題だ。
「なあ、マリノ。一つ聞いても良いか」
「マリノルア?ヴィ?ローファニア?ユーフィガルドです」
 うるせー。長いから略したんだよ
「お前がどうやって異世界からここに来たのかは知らないけどさ、お前ちゃんと帰れるんだろうな」
 実は帰れませんとか洒落にならんぞ。
「ご心配なく。確かに世界の移動には膨大な魔力が必要ですが……」
 またも大仰な仕草でエクスカリバーを指し示す。
「伝説の聖剣エクスカリバーには、次元を裂き世界を繋ぐ力があるのです!」
「伝説の聖剣って便利なんですね」
 希見が感心したように言う。
「ふふふ……そうなのですよ妹ちゃん。伝説の聖剣とは便利なものなのです。他にも暗闇を照らす機能や埃を吸い取る機能、肉を焼く機能など様々な機能があるのです」
 そんな便利グッズなのかよエクスカリバー……有り難みがあるのやら無いのやら。
「ところで……」
 マリノ(以下略)が急に思いついたように言う。
「他の家族の方はどうしたのですか?姿が見えませんが……今日はお帰りにならないのですか?」
「あ、えっと……」
 希見が俯く。全く無神経な勇者様だぜ。
 希見の肩を軽く叩く。
「お兄ちゃん……」
 そんな顔すんなよ。
「居ないんだよ他は。この家は俺と妹の二人暮らしだ」
「あ……」
 俺の短い言葉から何事が悟ったらしい。マリノは俯いて黙ってしまった。
「すみません。無神経でした」
 無神経なのは今までの会話で百も承知だ。と、言ってやりたいところだが。
「別に良いっての。お前まで泣きそうな顔すんな」
 なんだよ。人並みに気遣いも出来るじゃないか。
「泣きそうな顔などしていません!」
「はいはい勇者様。良いからとっとと飯食っちまえ。そんで伝説の聖剣を持って自分の世界に帰れ」
「言われなくともそうします!」
 そう言って茶碗の飯をかき込む勇者様。なんというかなぁ。
「可愛い奴め」
「む、何か言いましたか」
「いや、別に」

―――――

「……それでは、そろそろ失礼します」
「おう、とっとと帰れ」
「あなたには言っていません。妹ちゃんに言ったのです」
 最後まで生意気な奴め。
「ばいばい、勇者様。えと……ご飯一緒に食べて楽しかったです」
「……私も、楽しかったです。ご馳走さまでした」
「ご馳走さまは作った俺に言えよ」
「……最後までうるさい人ですね」
 お前には言われなく無いっての。でも、まぁ。
「俺も楽しかったよ」
「む、そうですか」
 俺もアホだな。半日も一緒に過ごしてないのに……ちょっぴり寂しいなんて思ってるよ。
「……では、もう行きます」
 そう言ってエクスカリバーに手をかける。
「色々と、お世話になりました」
 こちらを向いて笑いかけてから、剣にかかった手に力を込める。
「じゃあな、勇者様」

―――――

「……」
「……」
「……えっと」
「……」
「……抜けませんね。エクスカリバー」
 とっとと帰れ。アホ勇者。

-2-
Copyright ©オデキ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える