小説『国境の橋 』
作者:ドリーム(ドリーム王国)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 そんなある夜の事、作業員と親交を深めようと裕輔は若い者達だけ誘い飲みに出掛けた。
 日本からは裕輔だけ、それにビオランとジオレードその他にラオスの作業員十一人とベトナム側から八人だ。
 居酒屋といいた処だが、こちらは屋台だ。日本円で一人三百円も出せば好きなだけ飲み食べられる。
 ここラオス周辺の国は熱帯地で年間でも一番気温が低くとも十五度態度で昼間は平均三十度以上ある。
 だから屋台は寒さ避けの囲いもない、せいぜい雨除けと日差し避けのシートがあるだけだ。
 二十数人でも三千円もあれば充分だ。裕輔は日本円で給料を貰っているから全員にご馳走しても安いものだ。

 気前の良い裕輔に皆は喜んでくれた。
 勿論、ビオランは通訳に回ってくれた。ジオレードはラオス、ベトナムを代表した責任者で日本語も分かる。
 ただ日本みたいに飲みながら仕事の話をするのはタブーだが、日本人の仕事に対する心構えは伝えられる。
 結局は日本の国について尋ねられた。彼等はよほど日本に興味があるらしい。
 特にラオスは東南アジアでも貧しい国である。

「それで日本という国は生涯同じ会社に勤めると言うのか?」
 ベトナムの若者が聞いた。裕輔は笑って答えた。
「確かに日本は戦前、終身雇用制度というものがあった。そして年功序列で出世し給料も勤めた年数と年齢で自動的に上がる。だが戦後から民主主義へと変わり、働く者の権利が生まれた」
 みんな興味津々で裕輔の話に聞き入る。
「で今の日本は違うと言うのか?」
「そう終身雇用制度は崩壊し働く者の権利、労働組合が出来て会社と団体交渉が出来るようになった」
「ああ、今は何処の国である」
「今の日本の経済成長があるのは、能力給というものを導入し会社に貢献した者は年が若くても出世する」
「それはそうだが、俺達が一生懸命働いても会社は認めようとせず給料が上がらないぜ」

「それはその国や会社によって違うから何とも言えないが、日本ではそれで競って個々の能力を発揮したんだ」
「しかし俺達の国は真面目にやっても、まず認められる事はない。それが働く意欲を閉ざしているよ」
「労働基準法というのは知っていると思うが、日本では一日の労働時間が八時間と定められている。それを超えると残業手当が二十五%増しで支払われる」
「確かにそうだ。だが俺達はタイムオーバーして働いても知らんふりだぜ」
「それは良くないなぁ、働く意欲を削ぎ取る行為だ」
 みんなから完成が上がった。
「そうだ谷津! 分かっているじゃないか。でもこの国には約束守らない会社や上司が多いんだよ」
「では話を戻そう。私は橋を造るのが子供の頃からの夢だった。勿論それは今も変わりはない。だから例え勤務時間がオーバーしようと納得行くまで止めない。それは私だけじゃなく一緒に働いている日本の先輩スタッフも同じなのだ。そんな気持ちがあるから君達にも同じ事を願った。しかし此処に居るビオランから聞かされた」

「彼女はなんて言ったんだ?」
 するとビオランが立って笑って応えた。
「裕輔にはね、こう言ったの。その国には習慣と言うものがあるから日本の考え方を押し付けてはいけないと応えたのよ。でもね、私は羨ましいと思った。損得なしで自分の仕事を誇りに思い時間外でも或いは休日を返上して働く裕輔を素晴らしいと思ったわ。そして日本経済が発展した原点なのだとも思ったわ」

 全員が黙った。それは納得しているかどうかは分からない。損得が全てだと思っている者も多い。
 特にならない仕事を無報酬で働くなんて理解出来ないのだろう。
 そんな中、ラオスの若者が言った。
「確か谷津のやっている事は素晴らしい。最初は当て付けかと思ったが誤解だったようだ。勘弁してくれ」
「いや誤解される行為だったかも知れないな。でもこうして皆と話し合えて国柄も分かる考え方の違いも勉強になったよ。ただラオスにもベトナムにも日本より優れているものは沢山ある。今回はそれを勉強して行こうと思う。そしてこの橋が完成し日本に帰っても皆と一緒に橋を造った事は永遠に忘れないし仲間だと思っている」
「いいぞ! 谷津。ビオランがお前に惚れるのも無理がないな」
 みんながドッ笑った。そして裕輔とビオランが恋人同士である事を誰も認める瞬間でもあった。

-10-
Copyright ©ドリーム All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える