小説『国境の橋 』
作者:ドリーム(ドリーム王国)

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 祐輔は双眼鏡を取り出して懐中電灯を照らした。川岸にあるクレーン車がグラッと傾いた。
 そんな筈はない! 祐輔は呆然した。他の車両やクレーン車は作業が終わったら川岸のコンクリートのある硬い所まで移動させロープで固定させて終了する事になっている。
 それなのに砂地の上に置いたままだ。その砂が削り取られクレーン車が傾き水に押し流されようとしている。
 まだ橋は完成していない。クレーン車一台だって高価なものだ。ぜったいに壊してはいけない。
 祐輔はクレーン車を目がけて走った。流される前にクレーン車に飛び乗りエンジンを掛けて安全な場所に移動させるしかない。
 祐輔はクレーンに向ってロープを投げた。ロープの先端に鉄の棒を括り着け三度目でなんとかクレーンの一部に絡まった。
 裕輔はロープを体に巻きつけ、腰まで水に漬かりながらクレーン車に近づいて行った。
 すると平井監督が裕輔に大声で怒鳴った。
「おい谷津、何をやっているんだ。危ないぞ!」
「分かってます。クレーン車のエンジンを掛け安全な場所まで移動させます」
「馬鹿! 何言ってんだ。クレーンが傾いている早く引き返せ」
「でも此のままではクレーン車が横倒しになり使えなくなります」

 祐輔はどしゃぶりの雨が降る中をクレーン車の運転席に飛び乗った。
 必死になってエンジンを掛けようとしている。数分後エンジンが始動した。ライトを点けクレーンの先端を岸に向ける。
 こうすれば最悪の場合でも川に流される事を防ぐ事が出来ると考えた。 
 その頃ビオランはベトナム側の作業員の責任者とラオス側の責任者ジオレードへ電話を掛け必死に説得していた。
「ねぇジオレードどうして分かってくれないの。日本人がこの雨の中を必死で橋を守ろうとしているのよ。それも私達の橋の為によ」
「だってそれが奴等の仕事だろう。俺達は約束通りの仕事をして時間通り帰って何が不満なんだ。俺達の橋というけど、時間外まで働く必要はないだろう」

「あの夜、裕輔の話は聞いてなかったの? 今は非常事態なのよ。せっかく完成しかけた橋がどうなってもいいの。とにかく橋を見に来て。それから判断してよ。お願いだから」
「……分かったよ。ビオラン。個人的には谷津はいい奴だと思っている。とにかく様子を見に行くだけだからな」
 それから十五分ほどして作業員達二十人が橋の周辺に渋々と集まってきた。
 その見た光景はズブ濡れになりながら七人の日本人が慌しく働いていた。
 自分達に気づく余裕さえないほどに。仕事とは何か、あの夜、谷津が熱く語った事が蘇る。
 これまでに親睦を深める為に、作業員達を含めたパーティーを数回開いている。平井監督もこう語っている。
『仕事とは損得の問題だけで動くものじゃない。俺達は仕事に誇りを持ってやっているだから就業時間が過ぎようと時には働かなくてはならない、それが責任であり仕事だ。金は要らないとは言わないが自分の仕事が認められれば、それ相応の対価としていずれ給料に反映される。それが日本企業を繁栄させているんだ』

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