60
俺たちはサクヤたちと別れたあと再びアルンを目指して歩みを進めた。
途中で原作ならヨツンヘイムへと落ちるところだが、そこは俺の助言により回避することができた。
俺たちの眼に飛び込んできたのは、あまりにも美しく荘重な、積層都市の夜景だった。
古代遺跡のような石造りの建築物が、縦横にどこまでも連なっており、黄色い篝火や、青い魔法光、桃色の鉱物燈が列をなして瞬く様は、まるで星屑を撒いたようだ。
その明かりの下を行き交うプレイヤーのシルエットは大小厚薄と統一感がない。
妖精9種族が均等に入り混じっているようだ。
しばし煌びやかな夜景を見ていると、ふと視界に何かが入った。
濃紺の夜空を枝葉の形にくっきりと切り取る影が確かに見える。
『………世界樹………』
俺の呟きに、リーファが頷いた。
「……うん。間違いないね。
サイト君の言った通り、ここがだよ。
アルブヘイムの中心。世界最大の都市。」
「ああ。……ようやく、着いたな。」
キリトがいつの間にか俺の隣に立ち、呟く。
そしてキリトの肩に舞い降りたユイとレイが輝くような笑みを浮かべた。
「わあ……!
わたし、こんなにたくさんの人がいる場所、初めてです!」
「うん!人がいっぱいだー!」
無邪気な子どもらしい反応についこちらも顔がほころんでしまう。
「ようやく、だな。」
「ああ。俺たちの目的の場所。」
俺のつぶやきにキリトが答えた。
すると、パイプオルガンのような重厚なサウンドが大音量で響き渡り、続けてソフトな女性の声が空から降り注ぐ。
“午前4時から週1度の定期メンテナンスが行われる為、サーバーがクローズされます。”
という運営アナウンスだった。
先に立ち上がったリーファが口を開いた。
「今日はここまで、だね。
一応宿屋でログアウトしよ。」
キリトが一度頷いてから訪ねる。
「メンテってのは、何時まで?」
「確か、今日の午後3時までだったよね?」
『ああ。』
軽く眼を伏せてから、上空を見上げた。
その先、遥か高みには世界樹の枝が四方に広がっている。
キリトも同じように空を見上げている。
見ているんだ、アスナを。
そして、雰囲気を変えるように、満面の笑みを浮かべて2人に告げる。
『さて、宿屋を探さないとな。』
「ああ。でも俺、素寒貧だから、あんま豪華じゃないとこがいいな。」
「……イイカッコして、サクヤたちに全財産渡したりするからよ。」
『宿屋くらいは残しておかないと後々苦労するぞ、キリト。』
苦笑すると、肩に座っているレイに訪ねた。
『ああ言ってるんだが、近くに安い宿屋はあるかい?』
小さな眉を寄せて世界樹を凝視していたレイだったが、直ぐに笑顔を浮かべて答える。
「はい、あっちに降りたところに激安のがあるみたいです!」
「げ、激安かぁ……」
『ありがとう、レイ……』
引きつるリーファに小さく笑みをこぼししつつも俺たちは宿屋に向けて歩きはじめた。
宿屋に到着した俺たちはそれぞれ部屋を借り、俺はキリトの部屋に向かった。
「いよいよ、だな……」
『ああ……失敗は……許されない……』
俺たちは、自分たちに課せられた責務と誓いの重さを改めて確認しあった。
俺もそれだけを済まし自分の宿部屋までもどった。
「パパ……」
レイが不意に話しかけてきた。
「どうした?」
「明日は、うまくいきますよね?ユイのお母さんはたすかりますよね?」
レイはその小さな目に涙をためながら俺に抱きついてきた。
今は本来の少年の姿に戻っている。
「ああ。大丈夫だ。絶対に助けてまたみんなで仲良くくらせるさ!」
俺は今できる精一杯のことをした。
レイもコクリと頷いてくれた。
「今日はいっしょに寝ような。俺も寝落ちにするから。」
そう言い、俺はベットの傍らにレイを寝かせ自らも眠りについた。