読み終わった時、自然と涙がこぼれた。
あの少女も、あの小さな出来事で、自分を見つける事が出来ていて、僕と同じように、同じ思いを抱いていたことに。
周りの人が、いきなり涙をこぼした僕を心配して声をかけてくれているけれど、今はその言葉が耳に入ってこない。
できれば、あの子にもう一度会えれば、と思っていた。だけど、それが不可能だろうという事も分かっていた。
彼女も、それが分かっていて、たまたま見つけた運命の糸口に願いを込めて、この手紙を書いてくれたのだろう。
ああ、僕は幸せ者だ。
たとえ、四十代になってまで一人身でも。
たとえ、本のネタに困っていても。
この手紙を読んで、一瞬でも、あの時に戻れたから。
君は、僕があの時の事を忘れられるとでも思っているのだろうか?
そんなはずはないよ。
君がそうであるように、僕の中でも、あの日の出来事は大きな意味をなしているのだから。
僕は、心の底で、彼女には届かないけれど、彼女に向けて、もう何度言ったかも分からない言葉を響かせた。
『ありがとう』
しばらくして、コンクールの結果が出た。
彼女の作品は入賞していなかった。だけどあの手紙は、僕の部屋の本棚に、ファイルに入れて大切に保管してある。
数年後、僕がもしあの時の事を忘れていたら、この手紙を読むようにと、願いながら。
END