「君は、どこから来たんだ?」
「知らない人には素性を明かさないよう教育を受けています」
男は私の言葉に、ははっと笑って近くの自販機で紅茶とコーヒーを買ってきた。男は私に紅茶を差し出し、自分はコーヒーを一口飲んだ。
「これは?」
「賄賂。これで、君の事を教えてくれるか?」
私はその言葉に思わずくすりと笑い、勘を受け取り、紅茶を飲んだ。冷たい液体が、私の喉を潤す。紅茶が体内を巡っているのを感じる。
私はベンチの隅に移動して、男が座れるスペースをつくる。男は「ありがとう」と呟いて、隣に腰掛ける。
「私は、匿名希望のただの中学生です。あなたは?」
「そうだな、僕も匿名希望の怪しい男だ。好きに呼んでくれ、中学生」
男はコーヒーをぐいっと飲み干し、自分の横にそっと置いた。
「じゃあ、怪しいという漢字の『怪』を音読みして、カイさんって呼びます」
「ははっ!君は本当に変わっている」
「初対面の人に変わってるって言われたのは初めてです」
私はむっとしてカイさんに言い返した。
「さて、賄賂は渡したんだ。君の事を教えてくれ」
太陽の強過ぎる光が、古びたホームに照りつけている。私達は日陰にいるから、その太陽の光を浴びてはいないが、それでも熱は伝わってくる。額の汗が流れて、頬を濡らした。
「何のためにここに来た?」
「本を読みに」
「本?」
「電車の中で本を読んでいたら、ここまで来てました」
カイさんは失礼な事にまたもや笑いだした。
「失礼ですよ、カイさん」
「いやいや、すまない。・・・・・・でも、分かるよ。こういう日、電車の中に居たくなる気持ち。僕も、時々電車の中で小説のネタを練ったりする」
「小説?」
興味深い単語が聞こえて、カイさんの顔をガン見してしまった。カイさんは少し恥ずかしそうに微笑んで、
「そんな大層な物は書いていない。いつもの日常を気ままに文字にしているだけだよ。まだ一、二冊しか出させてもらえていないしね」
「でも、出版してるんですね。すごいです」
目をきらめかせて言う私を眩しそうにカイさんは見た。